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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第48話 若草特別

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…元樹氷会の調教師(仁級)、謹慎中

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長、逮捕

 三月の岡部厩舎の成績は岡部の内なる怒りに呼応するかのように熾烈(しれつ)なものだった。


 二週目、『ヨツバ』『ヨウカン』『スズシロ』が出走。

『ヨツバ』は能力戦四に勝利し重賞挑戦資格を得た。

『ヨウカン』『スズシロ』も能力戦三に勝利。

三週目、『カミシモ』『ギュウヒ』が出走。

『カミシモ』は能力戦四に勝利し重賞挑戦資格を得た。

『ギュウヒ』も能力戦三に勝利。

四週目、『スイヘイ』『センテイ』が能力戦三に出走

どちらも勝利した。


 七戦七勝、それも全て能力戦の上位戦という結果は久留米の多くの調教師を驚愕させた。




 四月に月が替わった。

岡部は月初の定例会議を開催する為、荒木、国司、服部を召集。


「今月から重賞に出せる竜は全部出していく。手始めにどこまでやれるのか、今月『若草特別』に出してみる」


 岡部から発表された計画は、この月の『若草特別』の『ジャコウ』の出走を皮切りに、毎月有力竜を重賞挑戦させるというものだった。

来月の『伏月(ふくげつ)盃』に『ドングリ』と『ススキ』。

六月『流星特別』に『ヨツバ』。

七月『星雲特別』に『ジャコウ』。

八月『銀河特別』に『カミシモ』。

九月『長月盃』に『ドングリ』と『ススキ』。

十月『白鳥特別』に『ジャコウ』。



「ところで先生、今年の新竜の受け入れはどうなっとるんですか?」


 そろそろ時期的に新竜受け入れの話が来る時期と国司は言った。


「まだ何頭とかも言ってきてないからどうにもできないよ。だけど正直、今は切る竜がいないんだよね」


「なんちゅう贅沢な事を!」


 国司は岡部の言葉に笑いが止まらない。


「元々良い竜ばかりなんだよ。頭数がわかったら先輩たちに相談してみるよ」




 『ジャコウ』は、予選一、予選二を危なげなく勝ち上がった。

仁級は競走に出走できる最大頭数が八頭と少ない。

その為、重賞の予選は三回に分けて行われる。

一週目に二日丸々かけて予選一が行われる。

予選一で二着以内だった竜が予選二に進出。

さらに予選二で二着以内だった竜が三週目の最終予選に進出する。

最終予選は四競走しかなく、二着以内に入った竜が決勝に進出する。




 最終予選を前に京香が厩舎に現れた。


「先生、凄いじゃない! 絶好調って感じね!」


「元々凄い良い竜ばかりなんですよ。中でも『ヨツバ』と『カミシモ』は抜けてますね」


 京香は満面の笑みで無邪気に大喜びしている。

岡部は珈琲を淹れると京香に差し出した。


「先生は、来年の新竜って受け入れる余裕あるの?」


「正直、引退させる竜がいないんですよね」


 先生もかと言って京香は困り顔で珈琲を啜った。


「杉先生といい、先生といい、困っちゃうなあ。こっちにも都合ってものがあるのに」


「え? 杉さんもなんですか?」


「あの三人から来た竜が良すぎて空きが作れないんですって」


 三厩舎合わせて三十頭の良い竜がいたのだ。

それを七人に振り分ける事にした。

単純計算で一人四頭か五頭が振り分けられた事になる。

当然その分どの厩舎もその頭数分引退手続きを取った。

さらに二頭の新竜を受け入れるとなれば二頭分余計に引退させないといけない。

元々それなりにやれる竜がいれば、岡部や杉のように引退させる竜がおらず受け入れの余裕が無くなってしまう事になる。


「昇格できればそれで良いんですけど、昇格できなかった事を考えると、竜の年齢が偏る事になっちゃうんですよね。古竜を二頭、他の競竜場の先生に転厩させる事ってできるんですかね?」


「先生がそれで良いなら聞いてみるけど?」


 能力戦三や四級の竜であれば手を挙げてくれる調教師はかなりいるんじゃないかと岡部は考えている。

もし新竜を受け入れるならその方法しかないのではないかと思っている。


「じゃあ、秋になったら転厩させる竜を選ぶので、それまで新竜は別の先生のところに預けておいてもらえますか?」


「わかった。じゃあそうする。杉先生にもその線で話してみるね」




 翌週、『ジャコウ』は最終予選も一着で突破し決勝に進出した。

さらに『ギュウヒ』が能力戦四を突破し重賞挑戦資格を得たのだった。




 『若草特別』は紀三井寺で開催される。

競竜場には主開催と副開催というものが設定されており、例えば呂級であれば皇都が主で幕府が副となっている。

仁級は小田原と紀三井寺が主で、郡山と久留米は副となっている。

主開催で行う重賞の方が相対的に賞金と格が高く設定されていたり、優駿競走や大賞典競走が開催される。



 岡部は輸送手続きの仕方を荒木と国司に説明し、事務の菊池にも支援をお願いすると、国司と共に紀三井寺に乗り込む事になった。

月曜日にも出走予定があり、服部はそれが終わってから紀三井寺に向かう事になり、火曜日に出走する竜には臼杵(うすき)に乗ってもらう事にした。



 在来線特急で大分へ向かい、そこで南海道高速鉄道に乗り換え紀三井寺駅へ向かった。

紀三井寺競竜場は紀ノ川のほとり、駅から比較的近い歩いて行ける程度の場所にある。


 国司を引きつれ厩舎棟の守衛で受付をすると、真っ直ぐ武田厩舎へ向かった。


「や、久しぶり。元気にしてた?」


 武田は岡部の姿を見ると、事務作業を放り出し、駆け寄ろうとして事務机に躓き転んだ。

国司は顔を背け目を覆っている。


 机の後ろの壁には『黒地に黄の稲光が交差』という雷鳴会の旗が誇らしげに張られている。


「大丈夫かよ。怪我しなかっただろうね?」


 武田は満面の笑みで岡部の手を取って立ち上がり、接客椅子に座るように促した。


「『若草特別』出るんやね。最終予選見たよ」


「今回は出るだけだよ。本命は来月から」


 『来月』と岡部はさらっと言うが、来月は春の競竜の祭典優駿の月である。


「景気良えなあ。うちのは『若草特別』最終予選で敗退してもうたよ」


「でも西国で順位七位でしょ? 昇格狙える位置じゃない」


 それまでニコニコしていた武田の表情が急に不機嫌なものに変わる。


「それを六位の君が言うたら、嫌味になるて思わへんのか?」


「武田くんだからだよ。発破をかけてるつもりなの」


 武田が憮然とした顔をしていると、事務室に板垣が戻ってきた。


「うわ! 岡部先生やないですか! お久しぶりです!」


「久しぶりだね。板垣も元気そうじゃない!」


 板垣はそこまで言うと、どうやら服部は一緒じゃないという事に気が付いたらしい。


「服部はいつこっちに来るんです?」


「火曜日だよ。臼杵に任せて月曜日から来いって言ったんだけどね。主戦取られるから嫌だって拗ねちゃってさ」


 どんだけ信用無いんだよと言って板垣は爆笑した。



 板垣は冷たいお茶を岡部と国司に差し出すと、応接椅子の武田の隣に腰かけた。


「岡部くん、その……松井くんの事なんやけど、何があったん?」


 岡部は、ここまで久留米で起きた事を岡部厩舎襲撃前から順に説明していった。

武田はある程度は会派の耳聡(みみざと)い先輩から漏れ聞いていたが、板垣は初めて聞いたようであまりの衝撃で涙目になっている。


「蓮華会は、稲妻牧場系でもちょっと過激派なんや。真田会長は普通の人なんやけどな。その下が必要以上に気張ってて」


「本社からしてそれなの?」


「本社はそれなりにちゃんとしてるよ。そやけどそこから外に派遣される事務員は左遷扱いされとって、かなりクズ揃いなんや」


 当然社内がそういう雰囲気であれば人事もそういうものになりがちである。

中でもマシな人材は竜主会に行くので、執行会に行く社員は本当に掃きだめのような人事になりがちなのだそうだ。


「今もずっと松井くんの処分を撤回させようと伝手を使って働きかけてるんだけどね。執行会のみじゃなく労組とも全面戦争になりそうだっていうんで、肝心の竜主会が二の足踏んでるんだよ」


「そやけど執行会の調査には不手際があるんやろ? 例のなんとかいう逮捕された事務長の件で」


 岡部は冷たいお茶を口にすると小さくため息をつく。


「労組が武田調教師会長を調査の名代にしちゃってるんだよ」


「大物の名前借りた手前、引くに引けへんようになっとるいう事か……」


 岡部が露骨に落胆した顔で首を縦に振った。


「おとんに言うて、うちの会長にも動いてもらおうか?」


「冤罪を認めたら執行会の沽券(こけん)にも関わるからね。そう簡単には……」


 腐りきってると言って武田は大きくため息をついた。


 その後武田は、産まれたばかりの長男の写真を何枚も見せデレデレした。

武田一門だから大変だねと岡部が言うと、もう七五三の話で揉めていると頭を抱えた。




 火曜日の夜八時が迫っている。

下見所では国司が『サケジャコウ』を曳いて歩いている。

現在八歳で今が成長の山である『サケジャコウ』は、そこまでの人気にはならず六番人気に甘んじた。

最終予選は二場合わせて四競走しかなく、一着と二着の竜しか決勝に残れない。

普通であれば最終予選で勝った竜が四番人気までを占めるのだが、『ジャコウ』は勝ったにも関わらず六番人気である。

その時点でかなり前評判が悪いのがうかがえる。


 係員の合図で服部が騎乗し競技場に向かって行った。

発走場所の横で発走者が白黒市松模様の大きな発走旗を振ると場内に発走曲が流れる。

観客席に向いていた照明の一部が競技場に注ぎ込まれる。



――

春の古竜長距離戦『若草特別』。

ここで勝って真夏の祭典『夏空三冠』へはずみをつけたいところです。

現在、各竜が順調に発走機に体を収めています。


全竜体制完了、発走!

体制争いが熾烈です!

五枠ジョウハッパが先頭で収まったようです。

その後ろに一枠タケノコマイヌ、三枠オカエリナサイ、八枠マツカサヨイドレ。

六枠サケジャコウ、七枠モモハナエ、四枠クレナイサツマ。

最後方が二枠ヤナギカスリという体制で行くようです。

一番人気、昨年の大栄冠勝ち竜ヤナギカスリは今回も最後方。

各竜ゆったりと向正面を流し曲線に入ろうとしています。

昨年の長月盃勝ち竜タケノコマイヌは現在二番手。

今回タケノコマイヌは二番人気に甘んじています。

現在二周目に入っています。

隊列は変わらず、先頭ジョウハッパ、最後方にヤナギカスリ。

先頭のジョウハッパは、これまで重賞で勝ちこそありませんが、かなり安定した成績の実力竜です。

直線の粘り腰に定評のある紀三井寺の人気の一頭です。

現在、二周目の向正面にこれから入ろうという所。

先頭から後方まで綺麗に一列。

現在三番手のオカエリナサイ、その名前でも人気を得ていますが実力も折り紙付きです。

その後ろマツカサヨイドレは久留米の刺客。

これまで中長距離でかなり安定した成績を収めています。

二周目も半分を越えました。

現在五番手のサケジャコウは今回最も不気味な存在です。

久留米の新星が鍛えた竜はどこまで食い込めるでしょうか。

鞍上も重賞初挑戦です。

ここまでの走破時計が出ています。

流れはほぼ平均。

九九十間の長丁場、各竜これから三周目へと突入します。

現在六番手のモモハナエは三番人気。

久留米の大将格の竜です。

七番手クレナイサツマ、最低人気に甘んじてはいますが差し脚は健在です。

現在向正面を各竜はひた走っています。

いまだ隊列に変更無し。

先頭はジョウハッパのままです。

ジョウハッパ、ここで徐々に速度を上げてきました。

後続が徐々に間隔を空け初めています。

曲線を抜け最終周を知らせる鐘が高らかに鳴り響きました!

先頭はジョウハッパ、タケノコマイヌがすぐ横に上がってきました。

オカエリナサイ、マツカサヨイドレとは少し差が開いている。

向正面に入りサケジャコウが徐々に位置を上げて行く。

先頭はタケノコマイヌ。

最終周大回りの周回、最後の曲線に入りました!

ここで一気にヤナギカスリが加速!

先頭タケノコマイヌは既に曲線中盤!

そのすぐ後ろにサケジャコウが上がってきている!

タケノコマイヌ最後の直線に入る!

サケジャコウとタケノコマイヌ熾烈な争い!

後ろから一気にヤナギカスリ!

ヤナギカスリ並びかけた!

タケノコマイヌもう一伸び!

タケノコマイヌ、ヤナギカスリ、ほぼ並んで終着!

――



 検量所に戻った服部は、国司から鞍を受け取ると少し納得のいかない表情で検量に向かって行った。

一着に『タケノコマイヌ』が表示され、『サケジャコウ』は三着の所に記載されている。


 岡部は関係者観覧席から検量室に場所を移している。

検量を終えた服部はすぐに岡部に文句を言った。


「先生! 何でここに出したんですか!」


「どうして? 重賞初挑戦で三着だぞ? もっと喜べよ!」


 国司も競争内容を観ていて正直納得がいっていないらしく、少し不満顔をしている。


「あの仔、どう考えても最後バテてましたよ! 直線長いですわ」


「だろうね」


「だろうねって……」


 何かを訴えるように服部が国司を見る。

国司はこめかみをぽりぽりと掻いて苦笑いしている。


「だから、どこまでやれるか見たいって言っただろ? 今回は距離が合わない重賞でどこまで通用するか見たかったんだよ」


「えっ? それじゃあ……」


「だ、か、ら! 今後の予定を全部言ってあるだろ?」


 服部はそれを聞くと国司の顔を見て信じられないという顔をした。


「ほな『夏空三冠』全部取るつもりですか?」


「だけじゃないよ。来月から全部貰いにいく!」


 服部は国司の手を取り合って小躍りした。

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