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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第46話 決意

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)、謹慎中

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長

 月が替わり二月となった。


 松井厩舎を閉めた翌日、臼杵(うすき)雑賀(さいか)、高森の三人が訪ねてきた。

三人は岡部の姿を見ると頭を下げ、昨日のお礼を述べた。


 岡部は作業中の服部に珈琲を淹れるように指示。

服部は臼杵を見て指で突くと、珈琲を五杯分淹れ四人に配ってから仕事に戻った。


 あの後呑み屋で今後どうするかを話し合ったと三人を代表して雑賀が話し始めた。

さすがにそこまで岡部先生の手を煩わせるわけにはいかないので、今後については各自判断するということになったのだそうだ。

それを踏まえて雑賀と高森が岡部厩舎で厩務員として雇ってもらう事はできないかと聞いてきた。

二人程度なら雇うことは可能だが役職手当は出せないと言うと、それで構わないと二人は頷いた。


 臼杵を岡部厩舎の預かりにしてやって欲しいと雑賀が頭を下げた。

昨晩、厩務員たちが松井の次に気にしていたのが臼杵だったらしい。

臼杵については松井からもお願いされているので、紅花会の各厩舎に自由騎手として使って欲しいとお願いするつもりである。

もしかすると何鞍かは騎乗も貰えるかもしれない。


 この日、朝から岡部の顔に感情というものが見えず、松井厩舎の三名のみならず服部たち岡部厩舎の面々もそこはかとない不安を感じていた。



 岡部は雑賀に、あの日何が起ったのか情報はまとまっているかとたずねた。

警察から解放されてからというもの厩務員たちは時間を持て余しており、情報収取が仕事のようになっていたらしい。


 ――事件発生時、松井厩舎の厩務員二人も西棟の異変を知り、すぐに厩舎に向かった。

だがその時点では産卵はしていなかったらしい。

経験の無い事な為、夜勤の二人はどう対処したらいいかわからずおろおろしていた。

すると隣の田丸厩舎の厩務員が、窓を開けて換気をしろと言ってきた。

その通りにし、厩舎を放置し樹氷会の先輩厩舎の厩務員に対応を相談しに行くと、すぐに戸締りをし幕を張って音を遮れと言われた。

真逆の助言に慌てて竜房に戻ると、全ての竜の尾が千切れていて『ミズホアカネ』の竜房に割れた卵の殻が置かれていたのだった。

『ミズホアカネ』は()()()()


 目の前の絶望的な状況に呆然としていると、早朝にも関わらず突然蒲池(かばち)事務長が現れて、厩務員二人を事務棟へ連れて行き扉に鍵をかけ閉じ込めてしまった。

その後、警察によって出勤した者から次々に事務棟に拘禁されていった。

翌日解放され、知り合いの厩務員から事件の詳しいその後を聞いた――



「だから警察は執拗に、どの竜が産んだか松井くんを尋問し続けたのか……」


「どげな事と?」


「松井くんは知らないわからないで押し通したそうだけど、もしどれかの牝竜の名を挙げたら、それを自供証言として報告書に追記するつもりだったんだよ」


 高森は岡部の発言に酷く驚き、応接椅子から勢いよく立ち上がった。


「え? ちゅう事は今は、どん竜が産んだんか不明になっとうちゅうことと?」


「恐らくは」


 雑賀と臼杵もやっと岡部と高森が言っている意味がわかったらしく、そんな馬鹿なと言い合っている。


「それなんに先生ん謹慎処分は裁定されてしもうたん? それじゃ調査ん意味が無かやんか!」


「だから言ったでしょ。執行会の監査には問題があるって」


 高森は力無く椅子にへたりこんでしまった。



 岡部は三人を一旦家に帰すと、戸川へ連絡を入れた。


 当日何が起ったのか、これまで自分が聞いた事を戸川に全て報告した。

疑惑は今日確信に変わった、蒲池が何かを企んで田丸と組んで松井をはめたのだと説明した。


「なんやそれ! なんなんや! どんだけ腐った奴なんや、その蒲池言うんは!」


 戸川は電話先で何度も何なんだと言って怒りを露わにしている。


「今度は会派じゃなく執行会内部、それも監査部が絡む事なんですけど、どうやって手を入れたものか……」


 戸川は少し電話先で押し黙り、ふむうと唸り声をあげた。


「執行会や竜主会の監査部は、うちらが絶対に手を出したらアカンところやで。伊級でも危うい」


「実はこの件を調査したのは武田調教師会長なんですよ。労組から調査依頼を受けたんだそうで」


「最悪やな。うちらが手出しできひんとこを巧みに使うてやがる」


 何か問題が発生した際、竜主会と執行会が揉めてそれぞれ別の見解を出す事がある。

だが大抵の場合竜主会の調査の方が的を射ており、そのせいで執行会の立場は弱い。

ただし今回はその執行会が労働組合の調査結果を盾にしている。

竜主会は労働組合まで敵に回したくはないであろうから、例え違う結論が出ても口出しをしない可能性が高い。


「竜主会経由で告発ってできないんですかね?」


「したところで勝ち目は無いよ。相手は調教師会長の名声を盾にしとるんやで? 一方の君はしがない仁級調教師や」


 百人が百人、調教師会長の見解を信じるだろう。

それが名声というものである。


「じゃあ手詰まりなんでしょうか?」


「一つ、できる事はあるんやけども……僕はその手はお薦めはしない」


「……会長と竜主会ですか」


 岡部も恐らくそれしか手段は無いだろうとは感じている。

会長は恐らく自分の見解を信じてくれるだろうし、武田会長も加賀美さんや武田先生から報告を受けて自分の見解を信じてくれるだろう。


「竜主会の会議でこの事を問題視したら、さすがの執行会も無視はできへんやろ。そやけどもやなあ……」


「別会派の、それも仁級の調教師の問題に、うちの会長に動いていただくというのもねえ……」


 間違いなく樹氷会の小寺会長は干渉だと感じ良い気分はしないであろう。

最悪の場合、会議で余計な口出しをするなと言われて揉める事になってしまうかもしれない。


「多分言えば動いてくれるよ。君の頼みやもん。武田会長も一緒に動いてくれるやろうな。そやけども……先日の件で、紅花会自体評判が地に落ちてもうてるからな」


「何か他の手を考えるしかないですね……」


 電話の先で戸川は何か考え込んでいる。

少しして、うんと声を発した。


「やはり会長にこの件報告しとくわ。櫛橋の披露宴の時の付属情報やいうてな。樹氷会を説得してもろて、雷雲会、うちの三会派で再調査を訴えれば、その顔ぶれで裏に何かあると察する人も出るやろ」


 会長と武田会長なら、うまく示し合わせて小寺会長を説得してくれるだろうと戸川は言った。


「じゃあ、僕の調査結果をまとめて電子郵便で送ります。見方わかります?」


「機械音痴やからって馬鹿にすんな! こういうんはな、花房が詳しいんや」


 岡部は戸川が自信満々に変な事を言うので、電話先ですっころびそうになった。


「戸川さんが見れるわけじゃないんですね」


「僕が見れるわけないやろ! 紙の出し方も知らへんわ!」




 二月の二週目に『スイヘイ』と『センテイ』を能力戦三に出走させたが、残念ながら、二着、三着に終わった。

三週目、『ヨツバ』『ヨウカン』『スズシロ』が能力戦三に出走。

『ヨツバ』は一着だったが、『ヨウカン』と『スズシロ』は三着に終わった。

四週目、『ジャコウ』『カミシモ』『ギュウヒ』を出走。

『ジャコウ』と『カミシモ』は、能力戦四を勝ち翌月からの重賞挑戦の権利を得た。

『ギュウヒ』も能力戦三に勝利。




 岡部は松井の様子を伺いに家に向かった。

そろそろ松井も落ち着いた頃であり、何が起っているかを冷静に聞ける頃だろうと感じたからである。


 平岩から最近聞いた芋焼酎と、小夜へ髪飾りを購入して松井宅を訪れた。

顔を見せた麻紀は明らかに表情が暗く、松井に何かあった事がすぐに察せられた。

小夜も顔を見せはしたものの、指をしゃぶり不安そうな顔ですがるような目でじっと岡部を見ただけだった。

とにかく家に上がって松井に会って欲しいと麻紀は岡部に言った。


「正直心が折れたよ。もう」


「何があったんだよ?」


 松井は一通の封筒を岡部の前に突き出した。

差出人は樹氷会競竜部管理課となっている。

それだけで何となく中身を察する事はできたが、一応中身の書面を読んだ。

察した通り書面は樹氷会除名の通告であった。


「これ、いつ来たの?」


 答えない松井の代わりに麻紀が今日だと答えた。


「俺が何をしたら、こんな目に遭わなきゃいけないんだよな、ほんとにさ」


 松井は頭を抱えてしまった。


 そんな松井に岡部はこれまで調査をしてきた内容を話した。

さらに、今回来た蒲池という事務長がかなり問題のある人物で、恐らく松井は蒲池にはめられたであろう事も説明した。

武田調教師会長にもやんわりと示唆したのだが、全く通じず、裁定を発表してからその事を悟り悔しがったという事も話した。


「僕は君の無罪を信じてもらう為に、まだ八方手を尽くしてる。だから君も最後まで諦めるなよ!」


 岡部はかなりの熱量を持って松井に訴えかけたのだが、当の松井とはかなり温度差があった。


「最後までも何も、もう終着しちまってるじゃないか。これ以上何があるっていうんだよ?」


「判定を覆す!」


 岡部は得意気な顔で言うのだが、それを松井は困り顔で受け取った。


「もう会派にも見捨てられたんだよ。来月からは給与も出ない。判定を覆しても、もう俺には戻る場所が無いんだよ」


「きっと樹氷会の中にだって、その決定に反対している人はいる! 判定が覆れば決定も覆るよ!」


 そう熱く語る岡部なのだが、松井は全く響いていないという表情である。

松井は岡部がこれ以上無理をして立場が悪くなる事を恐れているのだった。


「岡部くん。もう良いんだ。その気持ちだけで十分だよ。俺はもう受け入れることにするよ。だから君も受け入れるんだ」


「嫌だ!!」


「子供じゃないんだから、駄々をこねるんじゃないよ」


 松井は諭すように優しく岡部に言った。

だが、岡部は机をパンと叩いて立ち上がった。


「ふざけんなよ! 僕は絶対に諦めない! 何があってもだ!」


 岡部は持って来た手土産を麻紀に手渡し、無言で松井宅を飛び出して行った。


「おい、待てよ! おい!」


 松井の声だけが虚しく外に響いた。




 翌日、岡部は松井厩舎へ向かった。

誰がやったのか、既に松井厩舎の看板が取り除かれ、事務室の樹氷会の会旗も剥ぎ取られていた。


 岡部は執務机横に貼られた『昇竜』と書かれた書初めを剥がした。

自分の厩舎に戻り自分の書初めの横にその書初めを貼った。


「やってやる! 仁級でも発言力を持てるほどの成績をあげてやる!」

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