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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第45話 閉鎖

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長

 武田調教師会長が帰った日、焼酎を一本購入し松井宅へ向かった。


 松井は数時間前に警察から解放されていた。

数日ぶりに自宅に帰った松井は、麻紀に促されるままに風呂に入り、伸び切った髭を剃った。

岡部が来た時には既に寝間着で、こたつに入ってくつろいでいた。



「元気そうでほっとしたよ」


 そう言うと岡部は松井に焼酎を差し出した。


「あれから毎晩うちに様子見に来てくれたんだってな。すまなかったな」


「当たり前じゃん! 同期の危機なんだもん」


 松井の興味は岡部の言葉よりも、岡部のもたらした焼酎の方に注がれている。

そんな松井に岡部も思わず笑みが漏れる。


「小夜もさっきまで、お前が来るから起きてるって頑張ってたんだがな。ついさっき寝ちまったよ」


「小夜ちゃんさ、来るたびに泣いててさ。ほんとどうしたものかと」


 それを聞いた松井はにやりと口元を歪め、悪戯っ子のような顔をする。


「間男だと思ったんじゃないのか?」


「ああ! そういう事言うんだ! 心配してたのになあ」


「あはは。すまんすまん」


 松井は家族に会えた事で冗談を言えるくらいには心に余裕ができている、そう感じた岡部は少しほっとした。

水割りの道具と簡単な肴をいくつか用意してくれた麻紀も、昨日までの絶望した表情では無くなっていた。


「俺がぶち込まれてた間、何があったのか教えてくれないかな?」


 水割りの氷をカラカラと音をさせて松井が要望してきた。


「今日は辞めときなよ。冷静に聞ける類の話じゃないと思うからさ」


「じゃあ、あらましだけでも聞かせてくれよ」


 それすらも岡部は渋った。

岡部は麻紀の顔を何度も見て、やはり今日は辞めておこうと言った。


「わかった。じゃあ聞き方を変えるよ。俺はどうなったんだ? それくらいなら良いだろう?」


 岡部はそれすらも渋った。

麻紀が水割りを片手に仕方がないという顔をしたため、少しだけ話す事にした。


「そもそもどの程度知ってるの?」


「うちの竜が産卵したんだろ? それで周囲の厩舎の竜が尾を切った」


「それだけ?」


 少なくとも松井が警察の取り調べで得た情報はそれだけである。

まだ何かあるのかと、松井は訝しんだ顔をする。


「出勤していきなり拘束されたからなあ。その後はずっと警察署だし。しかもさっき解放されて帰ってきたばかりだし」


「じゃあ、一体こんなに長期間何をそんなに聞かれてたの?」


「それがさ、よくわからないんだよ。うちの竜のどれが産卵したんだってずっと聞いてくるんだ。こっちが聞きたいってんだよ」


 岡部はうつむくと、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

そこまで言いづらい話なのかと松井は少し不安を覚えた。


「わかったよ。どうなったかだけは言うよ。そのために今日は来たんだし」


 そう言うと岡部は、事務棟から預かってきた封筒を鞄から出した。

松井は封筒に入れられた一枚の紙を取り出した。

中身を読むとすぐに紙を持つ手が震えた。


「どういうことだ、これ! 俺が何をしたっていうんだよ!」


 松井は大声で叫び、こたつをバンと叩き岡部の顔を睨みつけた。


「落ち着きなさい! 岡部さんが悪いわけやないでしょ!」


 麻紀はすぐに松井の肩を掴みそう言って叱責した。

松井はすがるような目で麻紀の顔を見ると、だってこれと言って何かを訴えかけようとした。


「わかってる。私も岡部さんもわかってるから」


 麻紀は優しく松井を抱きしめ、松井の背中を叩きポロポロと涙を流した。



 松井の怒声に驚き、小夜が大泣きして起きてきてしまった。

小夜は岡部を見ると、泣きながら岡部の膝に乗ってしがみ付いた。

岡部も小夜を優しく抱きしめて背中をポンポンと叩いた。


「僕も調査に来た武田調教師会長に談判したんだよ。だけど別の証言者の証言を重要視されちまって……」


「そこまでしてもダメだったのか! 一体何があったんだ?」


 今この状況で蒲地の話をしたら話がこじれてしまうと岡部は感じた。

自分のせいで悲惨な目に遭ったと感じられてしまうのが怖くもあった。


「それは日を置いておいおい説明していくよ。今日は無理だ。僕もこれ以上説明する勇気がない」


「にしても……これから十か月って……ほぼ一年じゃないか」


 松井は通知の紙を机に置き頭を抱えてしまった。



「実は、今日はこの通知を渡す以外にも、これからの事を相談しようと思って来たんだよ」


「これからって?」


「明日からの十か月間の話だよ」


 松井も少し落ち着きを取り戻したし、小夜も泣き止んで岡部にしがみ付いて甘えているだけになった。

岡部は小夜の頭を優しく撫で、麻紀に小夜を渡した。


「そんな事をいきなり言われてもなあ。俺はそれを今聞かされたんだぞ?」


「厩務員も竜も、いきなりじゃないんだよ。ここまでずっと君を待っていたんだよ」


 そうだったなと言って松井はうなだれてしまった。

溶けた氷が松井のグラス中でカラリと音を立てる。


「うちの竜たちはどうなったんだ?」


「ここに来る前に雑賀(さいか)さんに代理で全部放牧するように指示した。菊池さんに無理言って残ってもらって」


 十か月間の謹慎という処分を考えれば一日でも早く竜は放牧した方が良いのは間違いない。

それを済ませて来てくれた事に、松井はさすがは岡部だと感心した。


「で、この間の調教ってどうなってたんだ?」


「今日の午後までずっと警察が封鎖してたんだよ。厩舎は立ち入り禁止だったんだ。餌はおろか、水すらもあげれなかった。どの竜も飢えて衰弱してたよ」


 あまりの空腹にどの竜も自分の尾を齧って空腹をしのいでいた。

そんな状況だから、恐らくは放牧しても二月近くは体調は戻らない。

もっとも、尻尾が生え変わるまでにどの竜もそれくらいかかるのだが。


「そんな……あんまりだ……何でそんな酷い仕打ちができるんだよ……」


蒲地(かばち)っていう今度の事務長、僕の事酷く嫌ってて。抗議も聞いてもらえなくて。申し訳ない……」


 岡部は苦渋の顔で頭を下げたのだが、松井はそれを見て、君は俺の為に尽力してくれたのだから謝る必要なんてないと言って微笑んだ。


「厩務員たちはどうなったんだ?」


「あの日、全員自宅謹慎を言い渡されたんだけど、武田先生が久留米に来る前にその話を聞いて、撤回を指示してくれたって雑賀さんが言ってた」


 蒲地は渋ったようだが、厩務員を犯罪者扱いしていると労働組合に報告すると言われて渋々従ったらしい。


「彼ら明日からどうするんだ? もう竜は一頭もいないんだろ?」


「だからそれを相談に来たんだよ」


 そう言えばそうだったと言った後、松井は頭を抱えて考え込んだ。

説明が一区切りついたところで岡部は水割りに口を付け喉の渇きを潤した。



「全員解雇するよ。彼らにも生活がある。十か月もの間俺を待ってもらう事はできない」


 松井の決断に、岡部だけじゃなく麻紀も悲痛な表情をした。


「本当にそれで良いの?」


「やむを得んよ。会派の支援金だけじゃ全員を雇い続けられないし、数人残したらそれはそれでかどが立つしな」


 ここで臼杵以外全員を解雇という事になれば、十か月後松井厩舎は一からの始動になってしまう。

厩務員も募集しなおしになるし、研修も受け直しになってしまう。

そうなれば始動はさらに先と言う事になる。

謹慎期間は十か月だが、実質一年と変わらない事になってしまうだろう。


「ごめん……無力で……」


「謝るって事は、何かしら俺に対し後ろめたい事があるって事なのか?」


 どうにも蒲地との事を隠しておくのが心苦しかった。

どうしても松井を騙しているように感じてしまうのだった。


「去年の事件がまだ終わってないらしいんだよ。もしかしたらそれに巻き込まれたんじゃないかって……」


「そんなの君が俺に謝る事じゃないじゃないか!」


 松井はそう慰めたが岡部は気落ちしたままだった。


「厩務員の解雇手続きはどうするの?」


「口座やその為の資料の場所なんかは教えるし、一通り鍵も渡すから、申し訳ないけど給料を計算してやってくれないかな?」


 松井厩舎は閉鎖になる。

共に開業の準備をした日々を思い出し、岡部は寂寥(せきりょう)感に涙しそうになった。


「わかった……明日やるよ……」


「それと臼杵の事だけど、君に任せるよ。好きにしてくれ」


 岡部は静かに頷いた。


 小夜が麻紀の胸で寝息を立てて寝ている。

岡部はそれを見ると、そろそろ夜も更けたからお(いとま)すると言いだした。


「すまなかったな。しんどい役を引き受けてもらって」


「立場が逆だったら、君だってこうしてくれただろ。当然の事をしてるだけだよ」


 二人のやりとりを聞いた麻紀が、感極まって涙を零した。

袖で涙をぬぐうと、小夜を抱いて寝室へと向かって行った。


「何でこんなことになっちまったんだろうな……」


「それは、まだ深く考えない方が良いよ。どうせ良い結論なんて出やしないんだから」


 松井は違いないと呟き、ふっと笑って水割りを口にした。


「明日からどうすれば良いんだか……」


「のんびり家族と過ごしたら良いじゃん。ここまでろくな休みも取ってないんだしさ。会派から最低限の金は出るんだし。絶対に自暴自棄にだけはならないでよ」


 それを聞いた松井は少しだけ笑顔を作り鼻を鳴らした。


「君と違って俺には家族がいるからな。どんな事があっても自暴自棄になんてなれないよ。君も早く家族を作れよ。家族で支え合うって良いものだぞ?」


「……こんな時にまでそれかよ」




 翌日、岡部は松井厩舎に出勤した。

松井厩舎の面々は一応出勤してきて、恐る恐るといった感じで事務室を覗き込んだ。

そこに出勤者が集まっているのを見て、一人、また一人と集まってきた。


 雑賀が岡部に全員出勤しましたと報告した。

岡部はそこで全員を解雇する事を通達した。


 厩務員は全員、何となくそうなるだろうと話し合っていたようで、誰も驚いてはいなかった。

二月一杯は松井厩舎の所属という事で一月分の給料を出すので、その間に次を考えて欲しいと伝えた。

紅花会の先輩たちにも、十か月間引き受けて欲しいという話をしておくので、その気があれば相談して欲しい旨も話した。


 わずか半年ではあったが、ここまで苦楽をともにした同僚との時が終わる。

幾人かの厩務員が涙を流した。


「松井くんからの言葉をそのまま伝えます。『みんな、今日までありがとう。楽しかった。君たちがいてくれたから、新人賞が取れたと思っている』」


 その言葉が厩務員たちの胸を引き裂いてしまったようで、堰を切ったように声をあげ泣き始めてしまった。

その光景を見るに耐えられず岡部は静かに目を閉じた。


 岡部はその場で電脳を使って給料の計算をし、封筒に明細を入れ一人一人に手渡した。

全員に行きわたったのを確認すると事務室から全員出てもらい、事務室と竜房に鍵をかけた。

その光景が厩務員たちにとっては松井厩舎終焉を実感させたようで、またも涙を流し泣き始めてしまった。


 岡部は封筒に自分の財布からいくらか入れて雑賀に手渡した。


「お酒で思いを流してやってほしい」


 雑賀は震えた手で封筒を受け取ると深々と頭を下げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。  今はまだ脚を溜めている時間帯―――しかし現実は厩舎スタッフの生活や竜達の今後という形で迫ってくる…。 [一言]  ホントお願いしますやっとこ閻魔サマ(二礼二拍一礼)
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