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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第43話 大事件

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

・蒲池…松浦の代わりの久留米競竜場事務長

 翌週の金曜日、『ドングリ』と『ススキ』の調教を終え厩舎に戻ってきた。

その後、早々と岡部は事務棟に出走を登録しに行った。


 菊池が申請を受け取る際、何かを訴えるような目で岡部を見ている事に気が付いた。

だが、その後ろで蒲池がニヤニヤしながらこちらを見ているのが目に入った。

先日の件があるので特に会話等かわす事はしなかった。

ただ菊池に優しく微笑みかけて無言で事務棟を後にした。




 翌日出勤すると厩舎棟が尋常ではない騒がしさとなっていた。

確実に何か大きな問題が発生している。

岡部は周囲をキョロキョロとしながら厩舎へと向かった。


 厩舎に近づくと夜勤担当だった成松が厩舎前の通路でうろうろしており、岡部を見ると駆け寄ってきた。

とんでもないことが起ったと成松は焦り切った顔をする。

通路を挿んだ反対側の西棟の厩舎群で、大量の竜の尻尾が千切れるという事件が発生したと報告したのだった。


 岡部はそれだけ聞くと鞄を成松に預け、急いで西棟にある松井厩舎に向かった。

とこが報道と警察と厩務員でとんでもない人だかりとなっており近寄る事ができない。

そこで現在地から比較的近い場所にある平岩厩舎へと向かった。



 平岩は執務机に座って頭を抱えていた。

平岩の話によると、松井厩舎で昨晩初卵を産んだ竜がいたらしい。


 競竜は卵を出産する際、人間には聞こえない超音波のような鳴き声を発する。

その鳴き声は竜にとっては極めて不快な音らしく、それが長時間聞こえると心的苦痛となる。

仁級の竜はその独特の生体で、心的苦痛がある程度を越えると尻尾を切り離してしまう。

これは外敵に襲われた時に逃げようとする本能がそうさせるらしい。


 通常はどこの厩舎も産卵の兆候が見られた時点で放牧する。

牧場で産卵する際も、それを考慮してわざわざ離れた防音された産卵室に隔離して産卵させている。

何かしら事情があって放牧が間に合わない場合に備え厩舎棟にも離れた場所に防音された産卵室があり、そこに連れて行って産卵させることになっている。

そうした事情がある為、競竜学校でも研修用の竜は牡竜に限定しているほどである。

またその関係で仁級で競争に出る竜は圧倒的に牡竜が多い。


 尻尾の切れた竜は前後の均衡が崩れ競走にならない。

その為、生え変わるまで約三か月程度は出走ができなくなってしまう。



「うちも一頭いかれたよ。この後緊急で放牧だ。かなり期待してたのに、くそっ」


 事故とは言え期待していた一頭が突如放牧になるのだ。

その悔しさはわからないでもない。


「でもここ、松井くんの厩舎からはそこそこ離れてますよね? それでも影響があったんですね」


「だな。恐らく松井厩舎の近辺は全滅だろうな」


 もしそうだとしたら松井は周辺の厩舎から相当な恨みを買う事になるだろう。

最悪の場合損害賠償請求という話が出てきてしまうかもしれない。


「ちなみになんですけど、何で松井厩舎が原因ってわかったんですか?」


「生んだ卵の殻が松井厩舎から見つかったんだそうだ。そう厩務員から報告を聞いたんだよ」


 ではその厩務員はどこから聞いたのだという話になるのだが、恐らくは野次馬に行ってそこの群衆から漏れ聞いたのだろう。


「それって何時くらいの話なんですか?」


「厩務員たちからの報告だと、夜休憩明けちょっと前くらいの話らしいな」


 竜が一番産卵する時刻は空が白み始めた頃から日の出までと聞くから、確かに時刻的には話の筋は通っているように感じる。


「松井くん、大丈夫かな……」


「おい岡部よ、同期の心配もそうだが、ここより現地に近い高木さんの心配もしてやれよ!」


「そうですね! ちょっと高木さんのとこに行ってきます!」



 岡部は平岩厩舎を後にし、高木厩舎へ向かう事になった。

松井厩舎の周辺の通路は完全に閉鎖されてしまっていて、かなり遠回りで向かう事になった。


「岡部よ、お前のとこの同期、大変な事をやらかしてくれたな! あいつ研修で何を学んできたんや!」


 高木は岡部の姿を見ると、すぐに怒りをぶつけてきた。


「被害はどんな感じだったんですか?」


「四頭や! これから半数近くが三か月放牧とか、どうすりゃええんや!」


「申し訳ありません……」


 高木だって岡部が悪くない事は重々承知している。

やり場のない怒りを誰かにぶつけたかっただけである。

岡部もそれは重々承知している。

岡部が突然謝罪してきたので、高木も大人げなかったと少し恥ずかしさを覚えた。


「お前を責めとるわけ違うよ。もしかしたら松井を責めとるわけでも無いかもしれへん。実はな、変な話をうちの厩務員から聞いとんねん」


「変な話?」


 高木は岡部が事務室の入口で立ち続けている事にやっと気が回り、応接椅子に腰かけるように促した。

自身も少し気分を落ち着けようと珈琲を淹れて岡部に差し出した。


 高木が聞いた『変な話』とは松井厩舎の隣、蓮華会の田丸(たまる)直太郎(なおたろう)という調教師の竜の事であった。

三日ほど前から高木の厩務員が、田丸厩舎の竜が産卵しそうなのに放牧しないと報告してきていたのだった。


 もしそれが本当だとしたら、その竜が産卵した可能性は極めて高い。

ただ昨日の日中に緊急で放牧した可能性も残ってはいる。

できればその竜の話をその厩務員に詳しく聞きたいところである。


「その厩務員さんは今日は?」


「残念やけど今日は非番や。次出るんは明日やな」


 高木は珈琲をひと啜りすると棚から事務棟への申請の用紙を複数枚取り出した。

かなりイライラしながら放牧の申請を書き始めた。


「その竜の名前ってわかります?」


「覚えとるわけないやろ! お前ほど俺はおつむの出来が良う無いんや!」


 高木はああもうと憤懣(ふんまん)やるかたないといった声を発し、万年筆で申請書をトンと突いた。

そんな高木を横目に、岡部は優雅に珈琲を堪能しながらじっと外を眺めた。


「今日は竜運車の行列ができそうですね」


「そうやろうなあ。松井厩舎の面々が全員拘束されとって、事務棟はほんまに申請なん受付できるんかいな」


 高木の発言に驚いた岡部は、がたんと応接椅子から立ち上がった。

高木はそんな岡部に驚いて少し身を引いた。


「松井くんたち、もう拘束されてるんですか?」


「そうや。新しい事務長、手際が良うてな。事件のすぐ後に駆けつけて来て松井厩舎を閉鎖したんやって」


 高木は自分の発言におかしい点があるという事に気付いていないようだが、岡部はその違和感に怒りすら覚えている。


「閉鎖って一人でどうやって? そんな厩務員たちが大混乱の中、どう考えても一人で厩舎閉鎖なんてできっこありませんよね?」


「いや、詳しくは知らんけども、俺が来た時にはもう警察が来とったで?」


 その高木の発言で、岡部の中で松井厩舎に何が起こったのか、ある程度の事が見えてきた。


 間違いない。

松井は蒲地(かばち)にはめられたのだ。

だが現状では証言が足らない。


「すみませんが、夜勤明けの人と話させていただく事はできませんか?」


「他ならぬお前の頼みやからな。好きにしたら良えよ」



 岡部は高木厩舎の厩務員に話を聞く為に竜房へ向かった。


 夜の厩務は七時の夜飼(よがい)で終了し、朝の三時までは休憩時間となる。

夜勤の厩務員は二時頃に他の厩舎の厩務員から、妙に西棟の竜房が騒がしいと聞いて様子を見に戻った。

暴れる竜を宥めたのだが、一頭、また一頭と尻尾を切る竜が現れる状態。


 すると隣の厩舎の大河平(おこびら)という老練の厩務員が、どこかで産卵している竜がいるから戸と窓を全部締め、音をなるべく遮る為に竜房内をありったけの布で囲えと叫んで周った。

夜勤者二人で言われた通りにすると竜は少し落ち着きを取り戻した。


 近隣の厩舎では、産卵の兆候を無視して入厩させ続けていた田丸厩舎の『ロクモンコザネ』だろうと言い合っていた。


 誰が連絡したのか三時頃には早くも事務長が緊急出勤し松井厩舎を封鎖したという情報が流れてきた。

状況を見に行くと既に警察が来ており、黄と黒の紐で立ち入りができないようにされ、監視の警察が立っていた。

それを見て周辺の厩舎の厩務員たちと、今度の事務長は随分と手際が良いと言い合った。


「卵が松井厩舎で見つかったって聞いたんですけど……」


「そうらしいですね。松井厩舎の厩務員は、そげんはずはなか、良う調べてくれって叫んでましたけどね」




 その日の午後、久留米競竜場に竜運車が大量に押し寄せた。


 松井厩舎の状況を見に行ってみたのだが、厩舎内から竜の寂しい鳴き声が聞こえるものの、厩務員がおらず厩務ができない状態となっている。

噂になっている田丸厩舎は、既に全ての竜が放牧に出されたようだった。


 周辺の厩舎の調教師が口ぐちに松井の悪口を言い合っている。


 その後、蒲池が報道を呼び集め、昨晩一頭の竜が産卵した事で大量の竜が尾切れを起こし、かなりの竜が放牧になるという前代未聞の事件が発生したと報告をした。

その事件を引き起こしたのは樹氷会の松井宗一だと公表したのだった。




 岡部は自分の厩舎に戻り、服部と荒木と今後どうするかを検討していた。

できれば国司にも状況を知ってもらい助言を受けたいところだが、生憎と長期休暇を取っている。


 そこに日競の卜部(うらべ)が訪ねてきた。

記事を書くにあたって少し解説をお願いできないかと言ってきた。


「その手があったか……」


 卜部を見た岡部はそう呟いた。

岡部は卜部に、解説をするのはやぶさかでないのだが、それ以上のものを書く気はないかとたずねた。

卜部は、あまりの岡部の険しい表情に二の足を踏んだ。


「聞く前から諦めるなんて吉田さんはしなかったのになあ」


 そう煽るように言うと、卜部は、聞いてから社で判断しますと回答。


 一通り話を聞いた卜部は、これどこまで書いていいんですかと逆に岡部にたずねた。

情報の提供元さえボカしてくれれば竜の名前も書いて良いと許可したのだった。




 その日の夜、岡部は松井宅へと向かった。


 松井が帰って来ず連絡も付かない。

報道は松井をまるで犯罪者であるかのような扱いで事件を報じている。

私たち親子はこれからいったいどうなってしまうんだろう。

不安感に押しつぶされて麻紀が小夜を抱きかかえて震えていた。

そんな麻紀に岡部は、競竜場で何が起ったのかを包み隠さず話した。

麻紀が泣き出すと小夜も泣き出してしまった。


 岡部は小夜を抱きかかえると、小さく揺すって背中をさすってあやした。

暫くあやし続けると小夜は泣き止み、そのまま疲れて寝てしまった。


「きっと松井くんは絶望して帰ってくると思います。だから軽率な事にならないように、麻紀さんがしっかりと支えてあげてください」


 岡部は泣き崩れている麻紀の肩にそっと手を置きそうお願いした。


「岡部さんも……岡部さんもうちら親子を見捨てずに支えてくださいね」


「当たり前ですよ。大事な同期なんですから。大事な親友の家族なんですから。不安ならいつでも連絡してきてくれてかまいませんから」


 麻紀は震える声でありがとうとお礼を言って、また泣き出した。

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