表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
163/491

第41話 蒲池

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

 書初め事件の只中、年始の定例会議が開かれた。


 会議が始まる早々、国司たちは何かを必死に我慢しているような苦しそうな顔をしだした。


「先生、大変申し訳ないんやけども、その……先生の作品、別のとこに貼り直しても良えでしょうか?」


「なんで? それじゃあ薫陶(くんとう)にならないじゃない」


「これやと会議の内容が入ってこへんのです!」


 既に岡部以外の書初めは各自持ち帰ってもらい岡部の作品だけが貼られている。

国司は、なるべく視界に入らないように岡部の作品を剥がすと別の場所に貼りなおした。



 十二月に走った竜はその時点で放牧されており、今月下旬に帰ってくる事になっている。

その為、今月の出走は入厩中の世代戦の二頭のみとなっている。

『ドングリ』も『ススキ』も昨年のうちに初勝利は挙げており、もう一勝すれば重賞に挑戦できる事になる。

世代戦の三冠は『弥生盃(やよいはい)』『伏月盃(ふくげつはい)』『長月盃(ながつきはい)』。

一冠目の『弥生盃』は三月なので、できれば一月に能力戦を勝っておきたいと思っている。


 三週目の日曜日に、岡部と荒木は櫛橋の結婚披露宴に出席する為に、日帰りで豊川に向かう事になっている。

一週目は古竜戦の『白銀(しろがね)特別』の予選一で埋まり、二週目も予選二のせいで能力戦は数が少なく良い竜が集まり質が高いので、四週目が望ましいのでは無いかという事で話はまとまった。




 会議が終わると事務棟から険しい表情をした菊池がやってきた。

岡部は菊池に案内されるままに事務棟の受付の横の小会議室に向かった。


 扉を開けると一人の男性が立っていた。

全体的に体が大きく、かなり威圧感を感じる。

髪を後ろにかき上げており整髪剤で固めている。

その整髪剤の匂いがかなり離れていても匂ってくる。

さらに香水も付けているようで、整髪剤の香りと混ざってかなり不快な匂いに感じる。

目つきは極めて悪く、細い眼鏡と相まって、チンピラのようにすら見える。


 男性は『蓮華会』の蒲池(かばち)と名乗ると、岡部を向かいの椅子に座るように促した。


「竜主会の浅利さんから先生の話を伺っていましてね。就任の挨拶をと思いまして」


「それはまたご丁寧に」


「先生の事は勝手ながら色々と調べさせていただきましたよ。新人ながら中々に好調なようで」


 岡部が、ありがとうございますと言うと、蒲池は下衆くニヤリと笑った。


「あんな大事件を起こしてまで先輩の竜を強奪して、それで勝って嬉しいですか?」


「どういう意味ですか?」


「紅花会の内ゲバで散々久留米競竜場に迷惑をかけて、しらばくれないでいただきたいですなあ」


 岡部は大きくため息をついた。


「犯罪者を突き出しただけだと思っていますけど?」


「では、紅花会による組織犯罪という報道は嘘なのですかな? 先生はその紅花会の調教師でしょ。つまりは内ゲバって事じゃないですか。何が違うんです?」


 岡部が聞きたいのはその部分ではなく、まるで岡部が及川たちの竜を強奪する為にあんな事件を起こしたという言い方をした方である。

だが、ここでそれを言っても不愉快な返しをされるだけと感じ、あえて指摘するのを止めた。


「で、それを私に言いたくて、わざわざ呼び出したんですか?」


「先生は随分とうちの事務の者たちと仲良くされてるようですねえ。どんな意図があってそのような事を?」


 まるで尋問だと岡部は感じた。

蒲地はこちらを見て口元を下衆くニヤつかせ続けている。

その表情に岡部は苛々を募らせた。


「意図も何も、単に事務をお願いしているだけですが?」


「つまり、逮捕された先輩調教師を見習って、登録法違反を事務にお願いするための下準備をしていると」


 下衆の勘ぐりだと言ってしまえばそれまでだが、以前岡部が及川たちの本心を引き出したように、恐らく蒲地はこちらの本心を引き出そうとしているのだろう。

岡部は極めて冷静に受け答えするように努めた。


「そんなつもりは毛頭ありませんよ」


「昨年どさくさに紛れて、警察の目を盗んで、先輩の竜を超法規的処置で所属変更やら放牧やらしておいてどの口が?」


「竜を餓死させるわけにいかなかったんです。それに許可ならちゃんと得ました」


 許可を得た、その言葉に蒲地は反応した。

くくくと喉を鳴らすように笑うと、さらに下衆い顔をする。


「口は重宝ですねえ。自身の不法行為をいくらでも正当化できるんですからねえ」


「残念ながら全て合法行為ですよ。で? 結局、私に何が言いたいんです?」


 散々煽ったのに、全く乗って来ない岡部に蒲地は苛立ち、目を細めて舌打ちをした。

その態度を岡部は顔色一つ変えずに観察している。


「だから就任の挨拶ですよ。紅花会ごとき小身(しょうしん)が、いつまでも粋がってるじゃないって言いたいだけですよ」


「そんなくだらない戯言を聞き続けるほど、こちらは暇じゃないんですよね。もう失礼させていただいてよろしいですか?」


「用件は終わりましたから構いませんよ。先ほども言ったように、ちゃんと小身は小身らしく、しおらしくしていてくださいよ!」


 岡部は冷静さを保ったまま会議室を後にした。

その全く動じない態度に蒲地は再度舌打ちをした。




 数日後、厩舎に電話がかかってきた。

その電話先の人物は、久留米に来ているので会いたいと言ってきた。


 岡部はその人物に会う為、久留米駅前の喫茶店に向かった。

電話先の人物――浅利は岡部を見ると、無言で椅子に座るように促した。


「先生、私の後任の人物には会いましたか?」


 岡部は少しの間浅利の顔をじっと見て、ええまあと回答。


「やはりな。しつこいように事件の詳細を聞いてくるから、まともな奴じゃないとは思ったんですよね」


 注文した珈琲が届くと、岡部はすぐに珈琲に口を付けた。


「『紅花会ごとき小身が粋がっているんじゃない』」


「何ですかそれ?」


「新事務長様のご挨拶ですけど?」


 浅利は両目を右手で覆い、執行会はなんでそんな奴を平気でよこしてこれるんだろうと呟いた。


「稲妻さんの威光を、自分の実力と完全に勘違いしちゃってる感じでしたね」


「加賀美さんに交代するように進言しましょうか? 先ほどの発言だけでも加賀美さんは動いてくれると思いますよ?」


「嫌な奴だから替えてくれなんて、そんな幼稚な事言えるわけないでしょ?」


 そう言った岡部であったが、浅利の反応が思っていた反応でなく眉をひそめた。

浅利の反応はそんな小さな了見でそんな事を言うわけでは無いという反応だったのだ。


「先生。私が何の話も無くここまで来るわけないでしょ」


「……ということは、あの人がここに来たのには裏があると?」



 新年早々現れた蒲池だが、元々は『潮騒(しおさい)会』に所属する、可児(かに)という人物が来る予定だったらしい。

本来であれば年明けなどという話ではなく、事件の翌月から可児が着任するはずだったのだ。

ところが蒲池が自薦してきた。

蒲池の上司は、既に決まった人事なので簡単には覆せないと説明したらしい。

ところが可児の方から辞退したいと申し出てきた。

そんなに久留米に行きたいのであればということで、上司は代わりに蒲池を後任に据える事にした。


 その数日後、予想だにしない出来事が発生した。

可児が自殺してしまったのである。

上司は何かおかしいと感じ監査部に調査を依頼した。

ところが依頼を受けた監査部は調査をわずか二日で切り上げ、単なる自殺だと断定した。


「その上司というが雷雲会の者でして。私にも調査を依頼してきたんです」


 執行会の監査部を竜主会の監査部が調査するという前代未聞の事が起きた。


 蒲池の赴任は、浅利がある程度事件を片付けた後という事で保留にされた。

その間、浅利は幾人かの人物を使って執行会監査部の調査内容を手に入れた。

そこに記載されていたのは自殺した可児の収賄(しゅうわい)の痕跡であった。

収賄元は紅花会の競竜部となっている。


 ところが本当にそのような事実があるのかどうかを調査していたところで、執行会に気づかれてしまった。

浅利はここまでの事を加賀美に相談。

すると加賀美は、いったん蒲池を泳がしてみて尻尾をつかむしかないのではと助言してくれた。



「先生はここまで聞いてどう感じますか?」


「紅花会からその可児という人物に収賄行為が行われていたかについては、うちで調べれば時間はかかっても判明する事ではありますけど……」


 だが恐らく問題はそこでは無いだろう。

浅利の表情もそう言っている。


「先生はその可児という人物、自殺だと思いますか?」


「話の筋は通っている気がしますね。収賄が明るみになると危惧して自殺したという」


「なるほど確かに。では、ここまでを総合して先生ならどんな事を想定しますか?」


 岡部は押し黙って首を右に左に傾け考え事をした。



 岡部の珈琲が無くなったのを見て、浅利は珈琲のおかわりを注文した。

珈琲が来ると岡部は珈琲を一口口に含んだ。


「かなり空白が多くて、ほぼ妄想だなあ……」


「今は手詰まりですから、どんな事でもお聞かせ願えれば」


 岡部は鞄からペンを取りだすと、紙布巾を一枚取り出し説明を始めた。


「実は、蒲池がうちから収賄を受けていたというのはどうでしょうか?」


 岡部は紙布巾に『紅』『蒲』と書き、『紅』から『蒲』へ矢印を引いた。

浅利はふむふむと小さく頷く。


「調査資料では、収賄は可児の行為となっていましたが?」


「蒲地が可児の名前で受け取っていたとしたら?」


 『蒲』の前に四角に『かに』と記載。

すると明らかに浅利の顔色が変わった。


「じゃあ先生()可児は自殺じゃないと!」


「紅花会の漏洩先が塞がれ可児の口座が無駄になった。それで口座を空にし可児に押し付け、隠蔽を謀った」


 四角に『かに』の上に、もう一つ『かに』と書き、その両方と『紅』の三カ所に罰印をいれる。


「じゃあやはり蒲池が可児を?」


「あくまで妄想です。だとすると久留米に来た目的は金の泉を潰した僕への報復か、あるいは……」


 浅利は手を顔の前で組み聞き入っている。

岡部は四角に『かに』と書いた部分に蟹のハサミを悪戯書きした。


「松浦の隠し財産を受け取りに来たか、それとも実は久留米にまだ泉が残ってるのか……」


「隠し財産ですか!」


「長い期間貯めこんだものがまだどこかにあるか、あるいは久留米の資産から掠めているものがあるとか」


 空白の場所に『久』と書き、すぐ横に丸に『宝』と記載。

その『宝』の周囲に小さな十字を三つ記載した。


「失敗したな……代理やってる間に経理もちゃんと調べておけば良かった」


 そう言うと浅利は渋い顔をして頭をポリポリと掻いた。



「僕なら可児の身辺を調べるのと同時に蒲池と松浦の関係を調べます。それと久留米競竜場の会計も」


 岡部の指摘に浅利はなるほどと唸って頷いた。


「執行会の監査の方も怪しくないですか? わずか二日って……」


「確かに怪しいのは怪しいですね。ですが、執行会もあの件で、竜主会に痛くない腹を探られたでしょうからね。ただ単に臭いものに蓋しただけな可能性も」


 全ては妄想と可能性にすぎないと言って岡部は珈琲を優雅に口に運んだ。


「可能性のあるものを手あたり次第調べるしかありませんね。ただ、内部の事は私たちにはわかりませんので……」


「何かあったらお知らせしますよ。僕の時に力になってくれたお礼です」


 浅利は伝票を持つと、ここは私がと言って立ち上がった。

これ参考に貰って行きますと言って、岡部の落書きした紙布巾を鞄に閉まった。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ