表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
156/491

第34話 再始動

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、五島、千々石、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師、逮捕

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・浅利…竜主会監査部

・松浦…久留米競竜場元事務長、逮捕

 十月に入り定例会議が開催された。


 開口一番、岡部は全ての問題が概ね解決したと宣言した。


「そしたら、これからは、やっと、やっと、やっと競走に専念できるんですね!」


 服部が殊更恨がましい言い方をしてきた。


「お前はずっと竜乗って落ちてしとっただけやんけ。その間先生がどんだけ手を尽くしてた思うてんねん」


 すぐに荒木が服部の揚げ足を取り二人は牽制しあっている。


「先生は、もうどっか呼ばれて行く事は無いんですか?」


 国司がまだ心配そうな顔で岡部に尋ねた。


「さあねえ。浅利さんに困ったら事が発生したら呼ばれるんじゃないかな?」


「随分と高うつきましたね、あの人の雇用料」


「ほんとだよ! こっちは原状復帰だけど、向こうはこれが終わったら昇進なんだって。なんか納得いかないよね」


 岡部が不貞腐れると国司は笑い出した。

やっと日常と呼べる状況になったんだと四人はしみじみと実感したのだった。


「先生、先月来た新竜以外の五頭、どれもこれも良え竜ですね。何でどれも未勝利しか勝てへんかったんでしょうね」


「嫌がらせする事しか能が無かったんだろ。もう少し骨のあるやつらだと思ったんだけどな。存外あっけなかったもんな」


「何でそない残念そうなんですか! 僕には喧嘩はあかんとか言うときながら、自分はこれやもんなあ」


 服部がにやけながら岡部をチクリと言葉で刺した。

荒木と国司は、ここぞとばかりにと服部を指で突きながら笑っている。


「実際さ、もっと色々と対策練ってたんだよ。それがさ、一番あっけない展開で終わっちゃうんだもんなあ」


「そやから何でそないにつまらなそうに言うんですか!」


 服部と全く同じ指摘を荒木もした。

服部もうんうんと頷いている。

 

「だってさあ、勝つために綿密に対策練ったんだよ? それがさ、こっちが鞭みせた時には、向こうはもう一杯になって垂れてくるとかさあ」


「いやいや、あっさり勝ったんやからそれに越した事は無いやないですか!」


 ついには国司にまで窘められてしまった。

この人が一番血の気が多いと言って三人は呆れ果てた顔で岡部を見ている。

それでもなお岡部は何か釈然としない顔をしている。



 逮捕された三人は調教計画が極めて下手くそで、新竜の『ドングリ』『ススキ』すら、まともに調教できていなかった。

『ヨツバ』にしても、およそ世代戦を戦っているとは思えない貧弱な有様で、数か月鍛えた『スイヘイ』の方がまだ肉が付いている。

二勝を挙げている『カミシモ』に至っては、最初からちゃんと鍛えていたら今頃どれだけ強くなっていた事だろう。


 転厩してきた七頭の竜の状態を岡部は真っ先に確認し、その日のうちに調教計画を練った。


「服部。初回調教してみてどうだった?」


「そうですねえ。新竜の二頭はさすがですね。できれば来月『新雪特別』に出したいくらいですね」


 あの時及川厩舎に強奪されていなかったら、絶対に『新雪特別』で良い結果が出せたはずと服部は悔しがっている。

過ぎた事を言ってもしょうがないと国司が服部を窘めた。

それを一番悔しがっているのは先生なんだからと。


「今月の三週か四週に出して勝てるようなら登録だけはしてみるけどね。でも、本番は来年かなあ。順調にいけば来年になったらきっと二頭とも凄い竜になると思うよ」


「変に土付けるくらいやったら、そう割り切った方が良えかもしれませんね。あと、古竜ですけど、どれも重賞挑戦できるくらいまではいけるんやないですかね」


「お前がそう言うなら、来年の夏くらいには上位に食い込めるようにやっていこうかなあ」


 それをさらっと言える先生が久留米に何人いることかと言って国司は笑い出した。




 二週目、『スイヘイ』『センテイ』『ジャコウ』の三頭が出走。

『センテイ』は二着だったが、『スイヘイ』と『ジャコウ』は見事勝利した。



 翌週、岡部厩舎に来客があった。


「忙しいところをお邪魔してしまって申し訳ないな」


 岡部は珈琲を淹れ客人――大宝寺に差し出した。

大宝寺は珈琲をすすると、寒かったから温かい珈琲が沁みると言って微笑んだ。


「大宝寺さんだけですよ。うちに来るのにちゃんと前もって連絡してくれるの。京香さんだって『明日行きます』ですからねえ」


 それを聞くと大宝寺は大笑いした。


「例の件、一通り納得のいく調査ができてな。先日、正式に辞職したよ」


 珈琲を楽しみながら大宝寺は静かに言った。


「長い間おつかれさまでした。後任はどんな方になるんですか?」


「会長から諮問があってな、駒の一人を推しておいた。監査部の課長で小野寺(おのでら)という人物だ。監査部に行く前は競竜部で課長をしておったから十分職責を全うする事ができるだろうよ」


「監査部ですか。よくもまあそういうおあつらえ向きな人がいたものですね」


 そのような人物が監査部に異動になっているという事は、恐らく大宝寺も以前から何かしら不穏なものを感じていたという事なのであろう。


「良い人事だろ。まだこの件の細々とした調査は続くだろうからな。それと管理課長は、これも駒の一人の呂級係長の六郷(ろくごう)を推しておいた。だから今後の業務は今まで以上にしっかり行われるはずだ」


 六郷は大宝寺がいづれ管理課長に据えようと目をかけ続けてきた人材らしい。

少し金に厳しい面があるが、今の競竜部には逆にその方が適任だろうと言って大宝寺は笑い出した。


「残念ながら名前だけ聞いてもどんな方か……恐らく豊川で見ているとは思うのですけど」


「なんなら挨拶に来るように言おうか?」


「いえ、喧嘩になると厄介なので遠慮しておきます」


 岡部が即答すると、大宝寺はそうかそうかと言って笑い出した。



「これでやっと全ての仕事が終わったと胸を撫で下ろしたんだがなあ。会長から更なる仕事を押し付けられてしまってな」


「強引な方ですからねえ、会長は」


 岡部がしらばっくれて珈琲を飲むと、大宝寺は冷ややかな目でじっと見つめた。


「君だろ? こういう事したのは? 全く余計な事をしおってからに!」


「僕はこれと言って何も。ただ義悦さんに、大宝寺さんが辞任しそうで良い人なのに勿体ないなって言っただけですよ」


「それを万年人手不足の所のやつに言うところが何とも狡猾だな!」


 大宝寺は目を細めて岡部をじっと見た。

岡部は大宝寺からずっと目を反らしたままである。

二人は目が合うと同時に笑い出した。


「義悦さんの所は、およそ会社とは思えない呑気な雰囲気なんですよね。上に立った事のある人がいないのが原因だと思うんです」


「あそこがやってるのは、おままごとだと言いたいのか」


 少なくとも会派の将来を担う大きな事業を担っているとはとてもではないが言えない。

これまで部長という肩書の人に会って岡部はそう感じている。


「会社ってのはこういうもんだというのを、びしっと!」


「そんな事をしたら若いもんだらけだから、煙たがられたりはせんかな?」


 大宝寺が少し気後れしているのを感じ、岡部は笑い出した。

本社の部長だった人が何を言ってるんだろうと。


「そこはほら大宝寺さんの老獪(ろうかい)さで。孫みたいなの相手だからって、好々爺(こうこうや)にならないでくださいよ!」


「こいつめ! 人を老人扱いしおってからに!」


「楽隠居なんて言ってた人が何を今さら!」


 二人は珈琲を飲んで笑い出した。

二人のやり取りはまるで何年も一緒に仕事をしてきた僚友のそれであった。


「会長から詳しい説明は受けたよ。あそこの話は噂で聞いて知ってはいたが、まさかそんな事をやっていたなんてな」


「止級に革命を起こす代物だそうですよ。出来上がれば紅花会の名声は後世にまで残るでしょうね」


 大宝寺は岡部の発言に眉をひそめ目を細めた。

竜運船の話ならもうかなり前に秘匿事業ではなくなり、経営会議で大宝寺も部長として詳細を聞いている。


「そこの話じゃないよ。三宅島開発計画の話だよ」


「ああ! というか三宅島に決まったんですね」


「おや? 知らなかったのか? 牧場建設を中心に、定期便運行、大宿建設、観光、商業施設、実に楽しそうじゃないか!」


 大宝寺は新入社員の若者のように目を輝かせて嬉しそうな顔をする。

岡部も微笑んで珈琲を口にした。


「何かと大変でしょうが」


「そりゃあそれだけの大事業だ、一筋縄じゃいかんさ。それを何とかするのが楽しいんじゃないか! それと俺が行くからには、今まで以上に君にも知恵を貸してもらうから、そのつもりでな!」


「やれやれ、義悦さんと大崎さんだけでも面倒なのに……」


 大宝寺は岡部の肩をパンパン叩いて笑った。

帰り際、大宝寺はお礼を言うと深々と頭を下げた。




 四週目、『ドングリ』と『ススキ』が新竜戦に出走。

どちらも危なげなく勝利したのだった。

新竜戦後の二頭の体調を見て、あまり芳しい状況では無いと判断した岡部は、翌月の『新雪特別』への登録を辞め、放牧に出すことにした。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ