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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第31話 罠

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師(仁級)

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・松浦…久留米競竜場事務長

 大宝寺と会談した翌日、岡部は緊急で休みをもらった。

荒木と服部には自分が休みの日にどれだけやれるか見せて欲しいと伝えてあり、二人ともかなり気合が入っていた。

国司にだけは何か起こるかもしれないからその時は頼むと伝えてある。



 久留米の駅前の喫茶店で岡部はとある人物と待ち合わせをした。

昨晩遅くにその人物は到着し、大宿で一泊し二人で軽く朝食をとると雑談をして時間を潰した。

まだ外は薄っすらと暗い。


「岡部先生、あらましは加賀美さんから聞いていますけど、本当に今日そんな事が起るのでしょうか?」


「もし何も起きなかったら、浅利(あさり)さんは徒労という事になってしまいますね」


 浅利としては何とも複雑な心境であった。

立場を考えれば何も起きて欲しくないと思うし、久留米までやってきた事を考えると徒労は嫌だとも思う。


「もしそうなったら、仕方ない、太宰府観光を満喫して帰りますよ」


 そこから一時間ほど雑談して時間を潰していた。

すると岡部は時計を見て、そろそろかなと呟いた。

そう呟いて数分も経たないうちに岡部の携帯電話に荒木から着信が入った。


「じゃあ、行きましょうか」



 二人は久留米競竜場に向かい、守衛に浅利の入棟手続きを取ってもらった。


 自分の厩舎に行くと、事務室はめちゃくちゃに荒らされており扉も壊されていた。

看板もへし折られている。

荒木と成松、服部は岡部の姿を見ると、口惜しさを露わにして起きた事を報告した。


 その後、吉良と佐藤と松井が近寄ってきた。

厩務員たちはうちで珈琲飲んでくつろいでるから心配するなと松井は言った。

佐藤は、言われた通り連絡したからそろそろ来るはずと耳打ちした。

吉良は、さっき嬉しそうな顔で急いで向かってったと耳打ちした。



「岡部先生。これはどういうことですか? ここはあなたの厩舎や言うても借り物やで? こんなんされたら困るやないですか」


 どこからともなく事務長の松浦(まつら)がやってきて岡部の後ろから囃し立てて来た。


「何故それを僕に言うんです?」


「あなたの厩舎だからや」


 松浦は非常に目つきの悪い顔で岡部を責めるように睨んでいる。


「暴れたやつに言ったら良いじゃないですか」


「その暴れたやついうんは、どこのどいつですか?」


 目は睨め付けたまま、口だけニヤつかせて松浦は岡部に尋ねた。


「田村厩舎の連中だとたった今報告を受けましたけど?」


「私は聞いてませんね。あなたの厩務員が暴れてるいう報告やったら受けましたがね」


 松浦の発言に集まった近隣の厩舎の厩務員たちがざわつき出した。

あれは間違いなく田村厩舎の連中だったのに、この人は何を言っているのだと小声で言い合っている。


「その与太話はどこの誰から受けたんです?」


「複数の調教師からですよ! 紅花会さんの調教師からもそういう報告を受けましたよ?」


 これで言い逃れできまい、松浦はどうだと言わんばかりの態度で岡部を責めた。


「うちの厩務員が暴れる意味がわかりませんが?」


「そら、自分とこの調教師が『会派をクビに()()()』て聞いたら、給料払われへんくなって暴れたくもなるんやないですか?」


 松浦はたたみかけるつもりで言ったのだろう。

だが岡部はそれを聞き逃さなかった。


「おかしいですね。僕が『会派をクビに()()()()』なんて、うちの会派のごく一部しか知らないと思っていたんですが、一体誰から聞いたんですか?」


「あなたは知らへんかもしれませんけどね、厩舎棟中ではかなり噂になっとるんですよ? あなたが『クビに()()()』いう事は」


 勝ち誇ったような顔で言う松浦に対して岡部は高笑いした。

松浦は何がおかしいと思いながらも再度岡部を睨んだ。


「だから! それは今審議が終わったばかりで、まだ公表になっていないって言ってるんですよ。だから! 誰から聞いたんだって聞いてるんですよ!」


「そ、それは……」


「及川、中山、田村、武藤」


 岡部が順番に挙げた名前の中で武藤の名が出ると松浦は眉を動かした。


「ほう、そうですか。武藤がわざわざねえ」


 松浦は露骨に動揺した態度をとったが、すぐに気を取り直して岡部を睨んだ。


「と、とにかく! 先生を器物破損で起訴させてもらうんで、そのつもりで」


「わざわざ起訴なんてしなくても、すぐに警察がやって来ますよ。そこで色々と弁明なさってくださいよ」


 既に警察を呼んでいるという岡部に松浦は激昂した。


「きさま! 誰に断って勝手に警察を呼んだんや!」


「おやおや? このような事があったのに警察を呼ばれては困る事でもあるんですか?」


 岡部が煽るような表情で言うと松浦は岡部を指差した。

その指は怒りでぷるぷると震えている。


「その身勝手な振る舞い、断じて許されるもんやないぞ! この事は執行会にしっかりと報告させてもらうから覚悟せいよ!」


「ほう、どのような内容で?」


「お前の厩舎の厩務員が暴れて厩舎を破損させた。事実をそのまま報告するだけや!」


 岡部は鼻で笑い飛ばし、浅利の方に顔を向けた。


「という事だそうですよ」



 浅利は観衆の輪から三歩ほど進み出て松浦に自分の名刺を手渡した。

その名刺には浅利の名の前に『竜主会監査部』という肩書が書かれていた。


「さあ、ゆっくりと報告を伺いましょうか」


 松浦は名刺を持つ手を震わせて、歯をカチカチと鳴らし、はめられたと言って膝から崩れ落ちた。




 浅利は事務棟の大会議室を借り、臨時の対策室を設置。

奥の机の真ん中に浅利が座り、その隣に筑紫(ちくし)郡警の管理官が座った。

横の机には岡部と証人として吉良調教師が座っている。

向かいの机には百武(ひゃくたけ)と菊池が座っている。


 中央の椅子に松浦が座らされた。

両脇には筑紫郡警が侍っている。


 浅利は、もう一度どういう事か説明してくださいと松浦に促した。

松浦は震える声で先ほどと同じ事を述べた。

吉良が田村たちがやってるのを見たぞと言ったのだが、松浦は証拠でもあるのかとすごんだ。


 するとそこに日競の卜部(うらべ)が写真の現像が終わりましたと言ってやってきた。

それを聞くと松浦はガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。

一通り写真を見ると、そこには田村とその厩務員が暴れている場面がしっかりと映っていたのだった。


「ご所望の証拠が届きましたよ」


 岡部はそう言って松浦を挑発すると、その写真をそのまま吉良に渡した。

吉良は一枚一枚じっくりと写真を見て、良く撮れてるじゃないかと松浦を見て大笑いした。

写真はそのまま浅利に渡された。

浅利は一番上の写真だけを見て鼻で笑うと、全ての写真を管理官に渡した。

管理官は急いでいずこかに連絡をとった。


 松浦は力無く椅子にへたりこんでしまった。


「俺は何の罪になるいうんや。俺が何の罪を犯した言うんや」


「登録法違反を告発させていただきます。公文書偽造も」


 菊池は震える声で浅利に訴えた。


「では、警察の人にその証拠を提示してもらえますか?」


 浅利は菊池に、入口に立っている警察を連れて行くように指示した。

その姿を松浦は腹立たしいという表情で睨め続けた。


「この方の口座情報も調べた方が良いと思いますよ。どうやら不正な金を田村たちから受けているように見受けられますから」


 そう岡部に指摘されると、松浦は信じられないという感じで目を丸くし口をぱくぱくさせて岡部を見た。

それも調べるように指示しますと言って、管理官はまたどこかへ連絡を入れた。


 菊池と一緒に帰ってきた警察が管理官に報告した。

すると管理官はさらにどこかに連絡を入れた。


 浅利は対策室に来てから、時計を見ながら何かを新品の帳面に小まめに書き残し続けている。

恐らくこの後報告書をまとめないといけないのだろう。



 事務棟には、次々と人が引き立てて来られ、取り調べで全ての会議室が満杯となった。

最初に田村厩舎の厩務員が連れてこられ、その供述から、中山厩舎、及川厩舎の面々が簡易の取調室に入れられた。

郡警から応援が次々に現れ、容疑の確定した者から警察に連れて行かれた。


 また厩舎棟各所でも警察が聞き取りを行っており、岡部やその厩務員たちも調査の対象となった。

次から次へと三厩舎の悪事の証言が集まり、警察はその裏取りで大忙しとなった。

その全てが『公正競争法の違反』案件であった。

これだけの罪が全て実証されてしまえば、恐らくは三人の調教師は良くて無期懲役、悪ければ極刑だろう。



 調査は真夜中にまで及んだ。

田村、中山、及川の三人は、あまりの犯罪行為の件数の多さに、手錠をかけられたまま最後まで会議室で取り調べを受け続けた。

多くの参考人が解放になり家路についたが、岡部と浅利はずっと残り続けた。



 浅利は珈琲を岡部に手渡し自分も珈琲を飲んだ。


「先生、先ほど竜主会から連絡がありましたよ。執行会から代わりが来るまで事務長代理をしてくれだそうです」


「何だか大変ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございませんでした」


 すまなそうにする岡部を浅利は豪快に笑い飛ばした。


「全然構いませんよ。これだけ大きな事件ですからね、帰ったら昇進だそうですから」


「そ、それは、おめでとうございます」


 本部で事務作業していたって、こんなに早く昇進はできないと浅利は笑い出した。


「それと今月行われる予定だった先生の査問会ですけど、ここで私が調査する事になりました」


「お一人でですか?」


「まさか。さすがにそこは客観性の観点から上司へ応援を要請しましたよ」


 相手はもはや逮捕されてしまったのだから、調査も何も結果は明白なのだが、だからと言って申請された以上はちゃんと処理しないといけない。

そう浅利は説明した。


「ここの資料室に競走映像があります。僕の厩舎に所属している竜の怪我の記録を辿っていただければ、あの件が故意であったと言う事がわかると思いますよ」


「十分参考にさせていただきましょう」


 浅利は帳面に色々と書き込みながら、他に何かあったかなと呟いた。


「そうだ、先生の代わりの厩舎ですけど、どうしましょうね?」


「あまり竜を大きく動かしたくはないので、空いている隣の厩舎を使わせていただけると嬉しいのですが」


「じゃあ事務長代理の最初の仕事としてそう計らいましょう」


 

「今回の件ですけど報道への報告はいつにしますか?」


 岡部は珈琲を飲み終えると、思い出したように浅利に尋ねた。


「今日が金曜日なので週明けでしょうね」


「じゃあ先ほどの日競にはそう言い含めておきますね」


「ああそうだ、写真は記事に使わないように言い含めてくださいよ。捜査資料ですから」


 岡部は頷くと携帯電話で卜部に連絡し、情報解禁は月曜日会見後、写真の使用は厳禁だと伝えた。



 夜遅くに郡警の管理官が浅利と岡部にここまでの状況を報告しにきた。

逮捕者は、松浦、及川、田村、中山の他に、各厩舎の厩務員、及び専属騎手となった。

『岡部厩舎襲撃事件』は合計で三四名の逮捕者を出すと言う久留米競竜場開場以来の大事件となってしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 ついに始まった全面反攻。 引き付けるだけ引き付けて、一気呵成に久留米を大掃除。 見ていて十数話分の鬱憤が吹っ飛びました。 [気になる点]  しかし、これで本部の部長さん…
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