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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第27話 競争妨害

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師(仁級)

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

・松浦…久留米競竜場事務長

 翌週、『サケジャコウ』を古馬能力戦二に出走させる事になった。


 仁級は重賞の予選が多く、毎月一週目は全て重賞の予選に費やされる。

能力戦は二週目からとなり四週目が一番多くなっている。

開業初月は能力戦一だった為、『ジャコウ』は二週目に使ったのだが、能力戦二でもそこまで通用するかがわからず三週目に登録した。


 岡部としては『ジャコウ』は長距離の方が合っているように感じているが、服部が中距離の方が向くと思うと言うので今回も中距離での登録である。

『ジャコウ』は体が大きく比較的四肢が長い。

戸川からも、基本的に仁級の竜は後脚を駆動にした方が結果が出ると教えられているので『ジャコウ』も後脚を中心に鍛えている。


 現状岡部厩舎には四頭しか竜がおらず、内訳は、『スイヘイ』が未勝利、『ハンテン』『ナズナ』『ジャコウ』が能力戦一級。

『ジャコウ』以外では『スイヘイ』が期待できそうではある。

残りの『ハンテン』『ナズナ』は、恐らく能力戦一を突破するのは極めて困難だろう。


 『スイヘイ』も、いまだ世代戦で勝利を挙げられずにいる。

世代戦は前年の九月から翌年の八月で終了である。

そこまでに勝利を挙げられなければ強制で未勝利引退となってしまう。


「先生、『スイヘイ』なんやけど、今回も出すんは中距離なんですか?」


 調教を終えた服部が調教感触を電脳に記載しながら尋ねた。


「見た目は短距離なんだけどね。ちょっと肉付きが悪そうだからね」


「そっか、先生も短距離が良えと思うてるんや」


 服部はまだ見た目で竜を判断できないので、恐らくは前走騎乗した感じで持久力不足に感じたのだろう。


「一回、試しに短距離使ってみよっか」


「使うてみて、最終月どっちか決めたら良えと思うんです」


「そうだね。素質はそれなりにありそうだもんね。じゃあ残りそういう調教に修正するか」


 そう言うと岡部はさっそく調教計画を修正した。

荒木は服部に、簡単にやってるけどそこそこ面倒な事やってるんだぞと言ったのだが、服部は全く信じなかった。




 事務棟に出走登録を提出に行くと菊池が岡部の腕を引いた。

受付隣の休憩所に行き、菊池は珈琲を淹れ岡部に渡した。


「先生。先日、先生ん『ジャコウ』ん履歴見たら、転厩履歴、消されとりました」


「誰が操作したかわかりました?」


 菊池は少し言いづらそうにしている。

その時点でお察しではある。


「先生んご指摘の通りでした……」


「やはり事務長か……」


 岡部は珈琲を飲みながら受付の方を睨み見た。


「先生。どげんしたら……」


「何もしなくていいです。菊池さんは何も知らない、何も見なかった。今後も何食わぬ顔で事務長の指示に従ってください。良いですね」


「……わかりました」


 事実を知ってしまって菊池がかなり不安そうな顔をするので、岡部は、もう少しの辛抱ですと言って微笑んでみせた。




 火曜日、『サケジャコウ』の能力戦二の発走時刻が近づいてきた。


 『サケジャコウ』は四枠で、すぐ外の五枠は中山厩舎の『サケウイキョウ』であった。

全頭が発走機に収まると発走者の合図で発走機の前柵が一斉に前に倒れる。

『サケジャコウ』は今回も三番手に付け周回を始める。

先頭は『サケウイキョウ』。

普段は後方からの差し竜なのに今回は無理やり押し上げて先頭に位置取った。

特に問題無く三周の周回を終えた。

最終周の鐘が鳴ると各竜は徐々に加速を始める。

『サケジャコウ』は二角を膨らみながら回り、向正面で二番手に躍り出る。

三角では『サケジャコウ』は『サケウイキョウ』のすぐ後ろに位置取った。


 四角に差し掛かった時、観客席から歓声ではなく悲鳴が巻き起こった。


 四角を回っている最中に『サケウイキョウ』に騎乗している西尾(にしお)昌忠(まさただ)騎手が突然体勢を崩したのだった。

『サケジャコウ』は焦って外に持ち出したが、尻尾の先が服部の顔に当たり防護眼鏡が吹き飛んだ。

服部は思わず落竜しそうになったが、必死に竜にしがみついた。

後続も次々に『サケウイキョウ』に巻き込まれた。

服部は両脚共に鐙から外れ落竜寸前の状態であったが、『サケジャコウ』はなんとか一着で終着。


 八頭中半分の四頭が競走中止という大惨事となってしまったのだった。


 服部は左目からの出血が酷く、終着後すぐに病院に運ばれた。

精密検査の結果、目の周辺を眼鏡の破片で深く切っただけで、眼球や骨、脳には影響は無く、翌日には左目に綿紗を当てた状態で出勤してきた。




 午後、岡部と服部は事務棟から呼び出しを受けた。


 非常に暗い顔をした菊池の案内で、岡部と服部は別々の面談部屋に通される事になった。

部屋に入ると、二人の人物が既に椅子に座っていた。

一人はその制服から筑紫郡警とおぼしき人物。

もう一人は自分から執行会の監査部だと名乗った。

執行会の担当は、まずはこれを見て欲しいと言って前日の競走の録画映像を流した。


「我々執行会は、この競走内容を非常に問題があると考えています」


 そう言うと監査部の担当は両手を胸の前で組んだ。


「単刀直入にお聞きます。同会派で示し合わせて勝ちを演出してもらったのではありませんか?」


「根拠はあるんでしょうか?」


「同じ会派の竜が不自然に落竜し、あなたの厩舎の竜が勝った。証拠云々の前に結果から見たらそう見られても仕方がないでしょう」


 『同じ会派の竜が不自然に落竜し』と『あなたの厩舎の竜が勝った』の間に『あなたの厩舎の竜も巻き込まれてあわや大事故になるところであった』が欠落している。

そう指摘しても良いのだが、残念ながらこの人には理解されないであろう。


「残念ながらあの厩舎とはそんなに良好な仲じゃないんですよ。むしろ敵対していると言っていい。それは厩舎棟で聞いていただければ、すぐにわかる事と思いますけど?」


「じゃあ否定なさるのですね?」


「無論です。むしろあの厩舎が僕たちの竜を潰しにきたと僕には感じましたけど? 今見ていただいた通り、現にうちの竜も落竜寸前でしたよ」


 監査部の担当は映像を巻き戻し、再度問題の場面を確認した。


「たまたま、何かに失敗してそういう事になった、もしくは、それも疑われない為の演技だったという事では?」


「本気で言ってるんですか? 一歩間違えば失明だったんですよ? そうなったら騎手生命は終わりなんですよ? そんな危険な事をさせる意味がどこにあるんです」


 部屋に入ってきた警官が筑紫郡警に耳打ちした。

警官が部屋を出ると筑紫郡警は、あの竜は元々先生の竜ではないという情報が入ったのだが本当かと確認を取ってきた。


「ええ。僕が赴任する前に勝手に転厩処理されて押し付けられた竜ですね」


 それを聞いた監査部の担当者が厳しい顔をする。


「先生! 発言には十分ご注意くださいよ! 今の先生の発言は登録法違反を告発するものになるんですよ!」


 岡部は静かに目を閉じ暫く黙って考え込んだ。

このままでは全てを話さなければならなくなり、今後の計画に支障が出る恐れがある。

だがこのままでは岡部厩舎は良くて活動休止、下手をすれば免許執行で解散となってしまう。


「担当官、一つ相談があるのですけど、よろしいでしょうか?」


 内容による、そう監査部の担当者はぶっきらぼうに短く答えた。


「この件、審議を中止してはいただけませんか?」


 理由による、監査部の担当者はまたも短く答えた。


「私の方から、この件を正式に『公正競争違反』として中山厩舎を訴えたいんです」


「そうなると我々の管轄では無く、竜主会に審議を移す事になりますが。そうなると会派の名声に大きく傷が付く事になりますよ?」


 やむをえない、そう岡部は短く答えた。

皇都まで出頭してもらう事になると監査部の担当者は言ったが、それにも構わないと回答した。


「わかりました。では我々の方で書類をまとめて竜主会に送付しておきます。本当によろしいのですね? 会派に確認を取ってから決断された方がよろしいのではありませんか?」


「お手数おかけいたしますが」


「わかりました。おそらく再来月あたりに正式に竜主会から呼ばれる事になると思います」


 岡部は静かに頷いた。

監査部の担当者は資料を重ねると机の上でトントンと音を立ててまとめあげた。



 岡部が解放されると岡部の担当者が服部のところに行き服部も解放された。

奥では大声で中山が喚き散らしていたが、無視して自分の厩舎に戻った。



 厩舎に戻ると、荒木と国司が非常に不安そうな顔で岡部の顔を見つめた。


「大変な事になったよ」


 そう岡部は荒木と国司に報告した。

服部はじっと俯いている。


「荒木さんには、暫く厩舎運営を任せる事になるかも」


「暫くってどの程度ですか?」


「ひと月はかからないと思うけどね」


 ひと月……

荒木と国司は二人同時にそう呟いた。


「いつぐらいからですか?」


「九月に入ってすぐじゃないかな?」


 荒木は国司と顔を見合わせた。



「先生。この先どうするつもりなんですか?」


 服部が不安そうな顔で岡部に尋ねた。


「伝手を全開で使うしかないだろうね」


「それで公正競争違反を回避できるんですか?」


「お前のとこの担当はそう言って脅したんだ」


 服部は黙って首を縦に振った。


「……緊急会議を開こう」



「昨日までの現状は、ここにいる三名は全員知っている事だと思う」


 三名はこくりと頷いた。


「そこに先日の競走で公正競争違反疑惑が追加になった」


「中山厩舎とグルになってアレを演出したと?」


 荒木の問いかけに、岡部と服部が同時に頷いた。

そんな馬鹿なと荒木と国司は言い合った。


「落竜せず一着になったのが良い証拠だとさ」


「そんなんありえへんでしょ! 説明したらわかる話やないですか!」


 荒木は机をバンと叩いて憤った。


「説明するには今後やろうとしている全ての対策を明るみにしなければならなくなるよ。執行会の監査部の前で、そんな事できるわけないでしょ」


「そしたらどないするんですか!」


「だから! 伝手を最大限に生かすしかないと思ってる」


 荒木が呆れ顔をした。

何かを諦めたような荒木に代わりに国司が口を開いた。


「先生が何をしようとしてるんか、もうとっくにうちらの頭では付いていかれへんのです。そやけども、みんな先生の事は信じてますし案じてます」


「君たちに説明できる範囲の事は全て説明してきてると思ってはいるんだけどね……」


 岡部は財布を持ち出し一枚の名刺を取りだした。


「まずはこの方を味方につける。その為に全てを打ち明け相談しようと思う」

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