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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第22話 推測

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、大村、内田、成松…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師(仁級)

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

 翌日の朝、『ハンテン』の調教を行った。


 あの観察台の一件以降、及川たちは岡部には目も合わさず接触を避けているようである。

千葉たちはそれを見て徐々に岡部に接触を取り始めている。

さらには別の会派の調教師たちも岡部に興味を持ち始めたようで、観察台で話しかけてくる調教師が増え始めた。



「岡部先生さ、服部君あのままやらせるつもりなの?」


 そう言って吉良(きら)義哲(よしてつ)調教師が話しかけてきてくれた。

吉良厩舎は岡部厩舎の通路を挿んで正面の厩舎。

雪柳(せつりゅう)会の若き調教師で成績は非常に好調、今年昇格するだろうと目されている。


「力づくを直せって言うんですけどね。佐藤先生のとこの水谷騎手に指導もしてもらってるんですけど、どうにも駄目みたいで」


 それを聞くと吉良は眉をひそめて気の毒がった顔をする。


「あの子さ、学校でかなり素行悪かったんじゃないの?」


「ええ。かなり教官と衝突してたみたいです」


 やっぱりなと呟くように言うと、吉良は憤ったような表情をした。

稲妻系以外の子によくある症状。

そう吉良は言った。


 土肥の競竜学校は最初の数か月以外は、代わる代わるではあるが一人の騎手候補に対し一人の教官が付き、みっちりと指導を行う。

その際、素行の悪い子は教官がわざと肝心な部分をほんの少し指導から漏らす。

そうする事で早急に頭打ちにさせて引退させるように仕向ける。

開業後にその騎手が成績不振に陥ると、教官たちはざまあみろとほくそ笑むのだ。

学校が出来た頃から脈々と行われている嫌がらせである。


「性格悪っ!」


 岡部の反応に吉良は素直に大笑いした。


「同感だよ。だけどね、本人それで型が付いちゃってるから、競竜場来ちゃうと自分じゃ中々直せないんだよね」



 一緒に厩舎に戻る帰り道、吉良は突然パチンと指を鳴らした。


「あの感じ、うちの安芸(あき)と似た感じだから、あいつにやったのが使えるかもな。試しにさ、両手縛って竜に跨らせてみなよ」


「それでどうするんですか?」


「それで乗り運動させるんだよ。たぶん何度も落ちるだろうけど、毎日やらせればそのうち上手く乗れるようになるよ」


 岡部は大袈裟に頭を下げて、明日から試してみてもらうと吉良に言った。


「もしダメなら他の先生にも聞いてみるんだね。こういうのは誰かしら対処知ってるからさ」


「本当に困っていたので光明が見えた気がします」


 吉良は立ち止まって周囲を確認すると、真剣な顔で岡部を見た。


「俺も君の会派にはあまり良い印象を持ってないけどさ、君がそれをどうにかしようとしてるのはわかったから応援してるよ」


 吉良は岡部の背中をポンと叩いて去っていった。




 翌日、松井が岡部厩舎を訪ねてきた。

松井はあたかも自分の厩舎かのように、勝手に珈琲を淹れて飲みはじめた。

良い香り、深みのある味わい、良い豆を仕入れていると評論家のような事を言って珈琲を楽しんでいる。


「で、あれからそっちの状況はどうなったんだ?」


「一か月で色々と見えてきたよ。思った以上に会派が腐っててがっかりしてる」


 岡部は応接椅子に座ると、先日の武藤との出来事を話した。


「じゃあ、会派があいつらを支援してたってのかよ。さすがにそれはちょっと……」


 想定の遥か上をいく悪い内情に、松井も開いた口が塞がらないといった感じである。


「だけどさ、まだ一つ引っかかってる事があるんだよ」


「それは何? まだこの一連の問題の全体像が見えて無いって事?」


 岡部は険しい顔でこくりと頷いた。


「普通に考えてさ、あいつらが暴れたとしてだよ、で、それを会派が支援したとしてだよ、あそこまでここで我が物顔できると思う?」


「なるほど。確かに普通なら警察なり呼ばれて終りだろうな。ん? とすると事務棟が協力してる?」


 恐らくは。

岡部はそう短く相槌を打った。


「何かそう思えるような出来事でもあったの?」


「以前、事務棟であいつらの一人に会った時の話なんだけどさ、その時そいつ何も申請せずに帰ったんだよね」


「君が煽ったりして、怒りで用事忘れたとかじゃないの?」


 あまりにも図星すぎて、岡部はバツの悪そうな顔をして黙ってしまった。


「おい! まさかホントに煽ったのかよ。あのなあ……」


「いきなり現れて煽ってきたから煽り返しただけだよ」


 松井は呆れ果てた顔で岡部を見て、ため息を付いた。

何でこう好戦的かねと呟くようにチクリと言った。


「しかしだ、その話だけではちょっと根拠が薄くないか?」


 単に申請内容を岡部に知られたくなかっただけかもしれない。

そう松井は指摘した。


「あいつら二言目には証拠を出せって言うらしいじゃない。実際僕も聞いたし」


「ああ、俺が先輩から聞いた話のやつだな。そうか! つまり裏を返せば証拠を消せる自信があるって事か!」


 松井は右手を左手にポンと乗せ、なるほどと唸った。


「だけどさ、あいつらにそんな芸当ができるはずないじゃない。どう考えてもあのおっさんたちに電脳なんて操れるように思えないし」


「だからといって、証拠を消す事はおろか君の竜を盗むような登録を、あの菊池さんがやるようにも思えんなあ。百武さんもやらんだろうし、だとすると……」


 二人の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。

事務長の松浦(まつら)である。


「もしあいつらが事務長を抱き込んでるんだとしたら、ぽっかりと空いたマスが埋まる気がするんだよね」


「事務長ってどこの会派の人なんだろうな……紅花会だったりして」


「うちじゃなくても色々と籠絡(ろうらく)の仕方はあるよ……金とか」


「万年貧乏の仁級でそんな金をどっから出すんだよ」


 松井の指摘に、岡部は指で顔を近づけるように促した。


「あいつら、会派と協力して僕らの支援金を毎月くすねてるらしいんだよ。今伝手(つて)を使って証拠を掴んでもらってる」


「じゃあ、それを使って事務長をって事か……」


「かもしれない。今君も言ったじゃない、万年貧乏だって。それは事務棟も一緒でしょ。なら金の威力は絶大だろうね」


 松井は椅子にもたれ掛かり珈琲を口にした。


「で、どうするつもりなんだよ。まさか事務長も煽り倒すのか?」


「うちの会派の馬鹿どもほど、血の気が多いようには見えなかったなあ」


「じゃあどうする?」


 岡部は目を閉じ腕を組み、無言で考え込んだ。

その間、松井は岡部をじっと見守りながら珈琲を堪能した。


「最近、事務棟から何か言ってこなかった?」


「言ってきた。労組に怒られる前に休みを取れって」


 開業からここまで、岡部も松井も休み無しで来月の出走登録解禁目指して厩舎運営に勤しんで来た。

それを事務棟から怒られてしまっているのだ。


「じゃあさ、来月に入ったら一緒に休み取ろうか」


「罠をはるのか」


「追い切りのある土曜あたりに取れば何か起こるかも」


 岡部は悪戯坊主のような顔で口をニヤつかせると、それを受けて松井も同様の顔をする。


「じゃあうちにでも来るか? 嫁に飯作るように頼んでおくよ」


「え? 良いの! 松井くんの胃袋をがっちり掴んだという噂の手料理を!」


 おどけていう岡部に、松井は実に嫌そうな顔をする。


「おい! それどこから聞いたんだよ! 臼杵か?」


「え? 当てずっぽうで言ったんだけど。本当だったの?」


 岡部がおどけて言うと松井は痛恨の表情をした。


「しまった……いらん事言った」




 数日後、出勤すると止級研究所から一通の封筒が届いていた。

執務机の袖からハサミを取り出し封を切ると、何枚かの印刷した紙が三つ折りにされて入っていた。


 一番上の紙には、仁級の支援金の各厩舎への振り込み額が一覧で記載されていた。

愛子、小田原、紀三井寺の三場と同様に、久留米も一覧上では全調教師に同じ金額が振込まれている事になっている。

その下に同じような一覧があり、久留米の実際に振込みされた金額の一覧が記載されている。

内容をじっくり見ると及川、中山、田村の三名にかなり高額な支援金が振り込まれている。

千葉、高木、神代、平井には通常より少ない額が、杉、坂にはかなり少ない額が振り込まれている。

日付は今年の四月分となっており、岡部は赴任する前で一覧に名が無かった。


 ふと気になり、電卓を取り出して二種類の一覧の総額をそれぞれ計算してみた。

ため息をつき、封筒を自分の鞄にしまい南京錠をかけた。



 その後、電脳で調教の評価の線表を見て今後の調教方針を修正していた。

その修正がちょうど終わった時であった。

厩舎に一本の電話が入った。


「先生、例の()()は届きましたか?」


「届きましたよ。お手数をおかけしました。大崎さんは内容見ました?」


「もちろん。手元に同じ物がありますよ」


 電話先の大崎の声は明らかに先日と異なり、どこか気落ちしたような声である。


「で、どう思いました?」


「ありえないでしょ、こんなの! 調教師によって振込み金額変えてるだなんて」


「じゃあ、総額をそれぞれ計算してみてくださいよ」


 大崎は岡部に指摘され、かなり驚いた声を発した。

電話の向こうで急いで電卓を叩く音がする。

さすが元経理部、聞こえてくる打鍵(だけん)の音が異常に早い。


「え? 合わない! この差額は一体どこに?」


「そういう事なんですよ、僕が聞いた事ってのは。仁級の支援総額調べたら、さらに計算が合わないかもしれませんね」


 こんな馬鹿な話は無い。

大崎はそう言って憤っている。


「この証拠をどう使うつもりなんです?。告発でもするんですか? それとも、直接砂越課長に突き付けるんですか?」


 刑事事件としての決定的な証拠が目の前にあるのだ。

大崎からしたら、さっさと表沙汰にして関係者を逮捕してもらえば良いと感じているのだろう。


「まずは向こうの出方を見ない事には。奴の本性は引き出してやろうとは思いますけどね」


「そんな悠長な事して会派追放になったらどうするんです?」


 砂越たちが逮捕されても、岡部が会派追放になったら元も子もない。

岡部はそれでも良いかもしれないが、義悦たち止級研究所の面々はそれでは困るのだ。


「それなら、いっそ追放される方向でいってみようかと」


「ちょっと先生!」


「相手を最大限に油断させるためには、それくらいの状況に持って行かないと」


 勝負師だなあ。

大崎は呆れ口調で呟くように言った。


「だけど、もしこれが(おおやけ)になったら大宝寺部長の立場は相当悪くなるでしょうね」


「早期退職でしょうかね……」


「……でしょうね」


 責任者である以上はやむを得ない事と大崎は冷酷に言うのだが、未だに岡部はそこが引っかかっているのだった。



「ちなみにこの振込み金額ですけど、来月くらいから普通に戻るかもしれません。まともに支払ってるという証拠提出のために数か月分の履歴を作ると思うんですよ」


「ううわ……やりそうだなあ。じゃあちょっと監視させてみましょうか?」


「あまり回数やるとバレますよ。手元のこれだけで十分です」



 ここまでのやり取りで大崎は、かなり紅花会の現状に失望していた。

最初に会派追放という話をした時に、岡部は嬉しそうな声でどこの会長に連絡しようなどと言っていたが、こうなるとそうなっても仕方がないと思い始めてしまっている。


「先生。これは俺からのお願いです。どうか紅花会を見捨てないでやってください」


「見捨てるつもりなら、こんな調査なんて頼まずにさっさと会派移ってますよ」


 岡部の指摘に大崎はほっと胸を撫で下ろした。

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