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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第18話 入厩

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、大村、内田…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師(仁級)

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

 翌週、竜が南国牧場から輸送されてきた。


 岡部は牧場に竜の到着を報告。

今後、牧場に連絡無く所属変更されたものは、しっかりと調教師と竜主に確認をとって欲しいと釘を刺したのだった。


 入厩予定の新竜の名前がもし判れば教えて欲しいとお願いすると、電話の向こうで何やら紙の資料をめくる音が聞こえてきた。

一頭は『サケドングリ』、もう一頭は『サケススキ』。

どちらも競竜会の今年の期待の竜で、京香からぜひ岡部厩舎にと希望があったらしい。




 仁級の竜は瑞穂競竜協会が開催する前は『伏竜(ふくりゅう)』とか『臥竜(がりゅう)』と呼ばれていた。

元々瑞穂にはいない竜で、ブリタニスとゴールで練習の級として開催していた競竜である。


 見た目は巨大なトカゲで、長い尻尾があり、四つ脚をくの字に折げて体を支えており、まるで伏せているように見える。

思いのほか愛くるしい顔をしており、目が丸く大きい。

口を開けると尖った歯が並んでおり、奥には竜牙が上下左右に三本づつ計十二本生えている。

八級以上と異なり毛は生えておらず、虹の色に例えられる鱗色(りんしょく)が個体を特徴づけている。


 走り方にかなり癖があり胴の前半分はあまり動かさず、後ろ半分を左右に揺らしながら走る。

通常トカゲは前半分が後ろ半分とは逆の動きをする為、そういう意味では仁級はトカゲに似ていてもトカゲではなく恐竜である。

その独特な走り方の為、鞍は胴の中央やや前目に取り付けられる。

走る際一緒に尻尾も左右に揺らすので、後ろから抜く際は尻尾に叩かれないように十分間隔を空ける必要がある。


 呂級に比べると成長は早く新竜は三歳。

四歳で世代戦、五歳から古竜戦となる。



 仁級の重賞は毎月あるのだが、ほとんどが平特(ひらとく)である。

五月の『伏月盃(ふくげつはい)』と十二月の『大栄冠(だいえいかん)』の二つだけが特三となっている。

東西別々に同一名称の重賞が行われる。

昇級も東西別々で、賞金上位五名と三冠調教師が昇級する。

三冠は『弥生盃(やよいはい)』『伏月盃』『長月盃(ながつきはい)』の世代三冠の他に、『夏空三冠』という古竜三冠が存在する。

六月の『流星特別』、七月の『星雲特別』、八月の『銀河特別』の三重賞で、報道に取り上げられる事の少ない仁級が最も脚光を浴びる時期となっている。


 仁級の競走は、はっきり言って速度が遅い。

しかも競技場も単なる楕円で面白味がない。

だが女性人気がかなり高く、観客も女性の比率が非常に高い。

競竜場側もその辺りはかなり意識しており、便所の数を増やしたり、食事場を綺麗に飾ったり、夜間競走に映えるように反射素材で飾り付けをしたりしている。

逆に年齢の高い男性は避ける傾向があり、その辺りが努力に反して売上が伸び悩んでいる所以だろう。



 荒木と内田で四頭の竜を竜房へと運び入れた。

この日から岡部厩舎では勤務表が稼働しており、初日の夜勤は国司と阿蘇が行う事になった。

荒木と国司は日勤中心だが、慣れるまでは夜勤に入って貰う事にしたのだった。


 運び込まれた竜を岡部と服部は一頭ずつ体を揉んで確認していった。

一頭目は『サケスイヘイ』という藍鱗(らんりん)の四歳竜。

二頭目は『サケハンテン』という(とう)鱗の六歳竜。

三頭目は『サケナズナ』という緑鱗の七歳竜。

最後が『サケジャコウ』という黄鱗の七歳竜。


「服部、どう思う?」


「まともに感じるんは『スイヘイ』と『ジャコウ』でしょうか。『ハンテン』はそれでもなんとか。『ナズナ』はあかんでしょうね」


 岡部は腕を組んで服部の見立てに黙って頷いた。


「僕も同じ感想だよ。ちなみにこの中では『スイヘイ』だけが元々のうちの竜だよ」


 岡部の説明に服部は耳を疑った。


「え? ほなこの『ジャコウ』は引退させる予定やったんですか?」


「つまりあいつらは、お前が見て行けると思うような竜を見抜けないようなポンコツって事だよ」


 つまりあいつらのせいで、あたら良い竜がろくな成績も挙げさせてもらえず、無下に引退させられていたという事になる。

南国牧場がこれまでどれだけ努力を重ねても結果として現れなかったのは、こういった事が積み重なったいたというのもあるのだろう。

そう思うと沸々と怒りが込み上げてくる。




 四頭の竜の入厩の申請書を記入し登録をお願いしに事務棟へ向かった。


 実は入厩登録以外にもう一つ岡部には目的があった。

現在岡部厩舎所属となっている八頭の竜の転厩履歴を菊池に調べてもらったのである。

事務棟の申請受付の横で珈琲を飲んで待っていると、菊池が茶封筒を持ってやってきた。


「はいこれ。何に使うか知らんけど」


 菊池は茶封筒を岡部の前に差し出した。

自分の分も珈琲を淹れており、席に着いて器に口を付ける。


「お手数をおかけいたしました。それともう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」


「紅花会でも岡部先生はちょっと違う感じやけん、いくらでも協力しちゃるばい」


 そう言って菊池は少し頬を赤らめて微笑んだ。

あまり若い男性との会話には慣れていない、そんな雰囲気を全身に漂わせている。


「過去の五年分程度の紅花会の竜の登録や転厩の申請内容を教えてもらえないでしょうか?」


「公表しとらんだけで秘匿情報やなかけん構わんばい」


「申し訳ありませんが」



 ではよろしくお願いしますと言って席を立ち、厩舎へ戻ろうとした所で一人の中年男性がやってきた。

菊池がかなり警戒した顔で岡部をチラチラと見るので、それが紅花会の調教師であると察せられた。

男はこちらに気付くと、つかつかと近寄って来た。


 肌は浅黒く、顔は四角くえらが張っている。

髪は天然なのか癖を付けているのか、チリチリの癖毛を短く刈っている。

肩幅が広く、胸板も厚くかなり威圧感を受ける見た目をしている。

年齢は及川と同じくらいだろうか。

年齢にしてはかなり筋肉質な肉体という印象である。


「お前やろ、岡部いうんは。豊川でヘラヘラしながら尻尾振ってたんを見た覚えがあるわ」


「失礼ですが、どちら様でしょうか」


 ドスの効いた声で威嚇する男性に、動じる事無く岡部はそう切り返した。


「中山や。知らんのやったらよう覚えとけ!」


「ああ、中山さんでしたか。いかんせん、まだ来たばかりでして。ですが挨拶に行く手間が省けましたよ」


 中山は全く怯まないどころか、少し煽ったような物言いをする岡部に不快感を抱いた。

だがすぐに口論では岡部の方に分がありそうとも感じた。

じろりと岡部の隣の菊池の姿を見ると口元をにやりと歪ませる。


「なんや、来た早々、菊池に手出しとんのか。ずいぶんと手癖の悪いやっちゃな」


 中山の下衆な物言いに岡部は強烈な不快感を覚えた。

それと同時に、ここで引き下がると菊池が何かされるかもしれないと感じた。


「事務の方は手続きを怠けるような方を嫌いますのでね。しっかりと手続きに来ただけですよ」


 岡部はまたも煽るように中山に言った。

中山はその物言いに苛つきはしたが、その内容については何の事かわからなかったらしい。

片方の眉だけをひそめた。


「先日、及川さんがわざわざ僕の厩舎まで転厩手続きを忘れててすまなかったと謝罪しに来ましたよ。先生もそうではないのですか?」


「はあ? アホかお前。何を言うてんねん。わざとに決まっとるやろ」


 中山は暑苦しい顔を岡部の顔に近づけて睨んだ。

もう少しで鼻が接触する、そんな近距離で睨んでいる。


 岡部はそんな中山の顔を睨み返したままニヤリと笑った。


「そうですか。菊池さん、至急、竜主会と執行会へ連絡してください。登録法違反を自白しました」


「ああん? お前、正気か? 会派の恥いうんを考えへんのか?」


「登録法違反を犯す方が余程会派の恥ですよ。菊池さん、早急に連絡をお願いします」


 菊池がわかりましたと言って席を立った。

それを中山は慌てて制した。


「待てや、おらっ! 忘れとっただけや。それやった良えんやろ!」


「ならば仕方ありませんね。これからはお気を付けください。『会派の恥』ですから」


 中山は両拳を握りしめ岡部を睨み続けている。

その顔は怒りで真っ赤に染まっている。


「どうも躾がなってへんようやな。時間かけてゆっくり教えたるから覚悟せいよ!」


 中山はクソがと言って椅子を蹴り飛ばすと場を離れようとした。


「中山さん、何か申請に来たんでは無かったんですか?」


「黙れ小僧!! お前には関係ないやろ!」


 中山は怒りに任せて壁を叩いて事務棟を出て行った。



 菊池は岡部を憧憬の目で見ながら小さく拍手した。

受付から百武が顔を出して、こちらを驚いた顔で見ている。


「がばい驚いたばい! あれを言い負かすとは!」


「ああいう会派の品位を傷つける輩には早々に消えていただこうと思っています。ですので先ほどの件、ご協力よろしくお願いしますね」


 菊池は満面の笑みでうんうんと頷き、岡部の右手を両手で握った。


「うちのもん、みんなで協力するけん、頑張りんしゃい!」


 よろしくお願いしますと言って頭を下げると、岡部は事務棟を後にした。




 厩舎に戻り先ほど出力してもらった封筒の中身を確認した。


 『サケスイヘイ』は昨年で引退した雪柳会の調教師の管理していた竜で元は『ヤナギスイヘイ』という名前だった。

年末の生産監査会の開催する()りで購入してきたらしい。

年末で昇格する調教師、引退する調教師の竜は各会派内で分配されるのだが、それでも余りが出る。

その余りを生産監査会が年末に競りにかけている。

基本的に良い竜は同じ会派の他の調教師に転厩になる為、そこまで良い竜が競りに出品される事は無い。

ただ開業する調教師にとっては数合わせも重要なので貴重な入手手段となっている。


 『サケハンテン』も昨年引退した白桃会の調教師が管理していた竜で、こちらは『モモハンテン』という名前だった。

今年から及川厩舎に補充という形で配属になっていたが、四月に岡部厩舎に転厩処理されている。


 『サケナズナ』はこれまでいくつかの厩舎を経ているが、直前の預託登録は田村厩舎となっている。


 『サケジャコウ』も『ナズナ』同様いくつかの厩舎を経ているが、初期預託厩舎は杉厩舎で直前の厩舎は中山厩舎となっている。

現在放牧中の四頭も、それぞれ直前の厩舎は及川、田村、中山の所属となっている。



「先生、何ですかそれ?」


 事務室に入って来た服部が何の遠慮も無くそう尋ねた。

岡部は紙を封筒にしまうと、鞄にしまい小さな南京錠をかけた。

その行動で服部は自分が見てはまずい書面なのだろうと察した。


「うちの竜の事をちゃんと調べようと思ってね」


「何かわかったんですか?」


 服部が作業机の横にしゃがんで岡部を好奇に満ちた目で見ている。

散歩を催促する飼い犬のような仕草に岡部は何となく心を癒された。


「奴ら、少しでも良い竜だと思うと強奪するっぽいね。他の厩舎を手近な放牧先として使ってるみたい」


「ほな頑張って調教したらしただけ、あいつらの功績になるいう事ですか?」


 困り顔をする服部に、岡部は目を細めて小首を傾げる。


「そこはお前、どんな竜相手でも僕が勝ってご覧にいれますとかなんとか言うところじゃないの?」


「いやあ、さすがにそこまではまだ強気にはなれませんよ」


 服部は申し訳なさそうな表情を浮かべている。

そんな服部に岡部もやれやれという仕草をした。


「そうだ、忘れてた! 戸川厩舎の松下騎手と長井さんから、お前に伝言があったんだった」


「え! ほんまですか? 何を言うてくれてました?」


「腕力に頼る騎乗を早急に卒業しろだって」


 あからさまに服部の頭上には疑問符がいくつも浮かんでいる。

何度も目をしばたたかせ首を傾げる。


「どういう事なんやろう? 僕、腕力に頼ってるんですかね?」


「剛腕って感じだから、それに気づくのが遅れそうだとも言ってたな」


 服部はさらに頭上の疑問符を増やした。

眉の間を指で押さえ始めてしまった。


「力入れへんかったら、竜追えへんと思うんやけど?」


「それじゃ駄目だって事なんじゃないの?」


 服部はどういう事なんですかねえと呟き、首を右に傾け、左に傾けして悩み続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 西洋龍が好きで(実際は恐竜でしたが) 偶然この作品を見つけていっきよみさせていただきました。 競馬はウマ娘は名前程度ぐらい分かりませんが、 お仕事小説として面白いです! 久留米はクズがいっ…
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