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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第三章 汚職 ~仁級調教師編~
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第16話 手続き

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(仁級)

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫、止級研究所社長

・大崎…止級研究所総務部長、義悦の腹心

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(仁級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(仁級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・臼杵鑑彦…松井厩舎の専属騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・国司元洋…岡部厩舎の厩務員

・阿蘇、大村、内田…岡部厩舎の厩務員

・宗像真波…岡部厩舎の女性厩務員

・及川、中山、田村…紅花会の調教師(仁級)

・千葉、高木、神代…紅花会の調教師(仁級)

・平岩親二…紅花会の調教師(仁級)

・杉尚重…紅花会の調教師(仁級)

・坂広優…紅花会の調教師(仁級)

 翌日南国牧場に連絡を入れ、竜の入厩準備をお願いした。

ところが、全部で八頭だが今入厩できるのは四頭だけという話をされたのだった。


「輸送の都合で一度では無理という事なんでしょうか?」


「いえ、半分はまだ怪我の療養中なんです」


 怪我?

開業したての新人の入厩前の竜が怪我?

普通に考えてそれならそうと事前に通達があるはず。

この時点で岡部は非常に嫌な予感を覚えていた。


「怪我してるなんて聞いてませんけど?」


「そんな事言われましても。一月の段階で岡部厩舎の名義で久留米から送られてきた八頭で間違いありませんよ」


 一月の段階?

つまり岡部の名を勝手に名乗って怪我をした竜を放牧した奴がいると言う事である。


「それ送り主は誰なんですか? 僕その頃、研修で皇都にいたんですけど?」


「さあ。久留米の岡部厩舎からという事以外は……」


 南国の牧場も存外管理がいい加減。

そんな事だから悪意のある者につけ入られるんだと苦情を入れてやろうとも思ったが、今はそんな事で牧場と喧嘩をしている場合ではない。

岡部はふつふつと湧き上がる怒りをぐっと堪えた。


「わかりました。その四頭で構わないので輸送の準備をお願いします」



 電話を切った岡部は、やられたと言って悔しがった。


「まさか研修みたいな竜がわんさと来るんですか?」


「それならまだマシだ。半分怪我で来れないそうだ」


 またそれなのかと服部は呆れ口調で言って目を覆った。


「ほな当面は四頭だけで?」


「そうなるね。ちょっと事務棟に行ってくる」


 岡部は厩舎を荒木に任せ事務棟へと向かった。



 事務棟に行くと菊池にうちの厩舎に所属する竜の情報が知りたいと尋ねた。

だが菊池は首を傾げた。


「受託登録は先生ん方からされるもんやけん、登録されん事には、うちには情報はなかですばい」


 つまりは事務棟ではまだ岡部厩舎に所属する竜はいないと言う事になっている。

だが先ほど牧場からは竜の輸送の話しかされていない。

では一体誰が岡部厩舎の竜を把握しているのだろうか?


 何かがおかしい。

そう感じた岡部はその場で電話を借り南国牧場へ連絡した。

預託証は竜と一緒に送られてくるという認識で良いのかと尋ねた。

すると南国牧場はとっくに久留米の方に預託証を送っているという事であった。


 だとすると、本来であれば、その送られている預託証を見れば竜の事がわかるはずなのである。

初日の説明の際に菊池から受け取っていないという事は、直接岡部厩舎に届けられているはずというこになる。

だが厩舎の方にはそんなものは届いていなかった。

つまり誰かが無人の岡部厩舎から郵便物を盗んでいったという事になるだろう。


 念の為、八頭の竜の名前、竜齢、性別、鱗色(りんしょく)を聞き取った。

その八頭を菊池に調べてもらうと、その内二頭は登録が無く、残り六頭はそれぞれ、及川、中山、田村の三調教師の所属となっていた。


 このままでは何年かかっても岡部厩舎の名前で竜を走らせる事はできない。

どうしたものかと目頭を押さえていると、菊池が書類を六枚用意してくれた。


「こげん事ちうは、ようある事ばい。こっちで強制執行するけん、こん紙に名前書いて」


「強制執行って何するんですか?」


「そん三先生から、血統証と預託証、もぎ取ってくるばい。最悪ん場合、郡警察にも協力してもろうて。一般で言うたら窃盗罪やけんね」


 菊池の後ろでは、百武(ひゃくたけ)という筋肉質の男性職員がこちらを見てニコニコしている。


「でも僕の方が合ってるとは限りませんよね?」


「今連絡したの紅花会さんの牧場なんじゃろ? 以前、岡部厩舎名義で竜送っとるけん、こっちで証拠揃えられるとよ」


 何か色々と腑に落ちない事がある。

そもそも今の話では、菊池は一月に岡部の名義で牧場に輸送する申請を受理したという事になる。

それはつまるところ、菊池が竜の管理違反の片棒を担いでいるという事になる。


「その時の輸送って誰の指示なんですか?」


「及川調教師ばい。私、あん人、偉そうやけん好かんとよ。どうせ残り二頭ん預託証もそこやろ。百武さんには遠慮のうやってもらうけんね」


 百武が後で、任せろと言って白い歯を岡部に見せ胸を叩いた。


「今日、事務長おらんけど問題なかでしょ」


「……お手柔らかにお願いしますね」




 厩舎に戻ると荒木が昨日来なかった成松という子が面接に来ていると報告した。

だが岡部は約束が守れなかった時点で採用する気は一切無かった。


 事務室に入って岡部はかなり驚かされる事になる。

成松は母親同伴で来ていたのだ。


 岡部は応接椅子に座ると成松に、面接は昨日だったはずだと指摘した。

すると成松をさしおいて母親が喋り始めた。


「大学も行かんで急に働くて言い出したけん、何事かて思うたら。あんたがどがんしてうちん子ばたぶらかしたんかは知らんれど、こん子ばこがんところで働かすわけにはいかんばい」


 そう言って成松の母はきつい目で岡部を睨みつけた。

成松は無言で俯いてしまっている。


 岡部はもう一度、面接は昨日だったはずだと指摘した。


「昨日、こん子が珍しう背広なん着ちょるもんやけん、学校行くもんや思うたばってん、こんとこに行こうとしたけん監禁したとばい」


 そう言ってまたもや母親がわめきちらした。

成松は岡部の方を見ようともせず俯いたままである。


 岡部は母親ではなく成松の態度に苛ついて机をバンと叩いた。


「成松君、僕の声が聞こえないのか? 面接は昨日だったはずって言ってるんだよ!」


「……申し訳なかです。どげんしても家抜け出す事ばできませんでした」


 そう言うと成松は泣きそうな顔で唇を強く噛んだ。


「だったらそう連絡を入れろ! そうしたら再調整したんだから。こっちだって貴重な時間割いて待ってたんだぞ!」


「申し訳なかでした……」


 それを聞いた成松の母親が、何度調整してもこんなとこでは働かせられないとわめきちらした。

岡部は大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐くと、一言、少し黙っててくれと低い声ですごんだ。

その声と剣幕に成松の母はびくりとして、岡部から目線を反らして憤った。


「成松君、君はどう思ってるんだ? ここで働きたいのか、そうじゃないのか」


「働きたかばい! 僕、先生ん実習競走ば観たとです。あん日からずっと先生ん下で働きとうて」


 成松の母は慌てて、何を言い出すのと成松に言ったのだが、岡部に睨まれて渋々という顔で黙った。


「だったら、その気持ちを両親にぶつけてきなよ。君はまだ未成年なんだ。自分の意思では両親の下を離れられないんだから」


「わかりました」


「説得して両親どちらかの許可が下りたら、もう一度この厩舎に連絡してきてください。いいね」


 岡部は成松の母に、今日の所はお引き取りくださいと帰宅を促した。


 来ますかね彼と、荒木は珈琲を飲みながら岡部に尋ねた。

岡部も珈琲を飲み、多分来るんじゃないかなと笑った。



 珈琲を半分ほど飲んだところで、一人の中年男性がずかずかと事務室に入ってきた。

男性は応接椅子にどっかと座ると股を開いてふんぞり返った。


「岡部。強制執行いうんはどういう事や? お前、会の恥言うんを考えへんのか?」


「失礼ですけど、どちらさまでしょうか?」


 男は無言で机を蹴りつけると及川だと怒鳴った。

思いっきり机が脛に当たって、荒木は痛そうに脚を抱えている。


「備品ですので蹴って壊されたら困りますよ。()()


 ことさら『先輩』と岡部が呼んだ事で、岡部も自分を知っているという事を及川は把握した。

知っていて強制執行を依頼したという事になる。

及川は細く吊り上がった目をさらに細め岡部を睨みつけた。


「先輩やってわかってるんやったら、何で挨拶に来えへんねん?」


「こちらも開業準備で忙しくて。落ち着いたら挨拶に伺おうと思っていましたが、そちらからお越しいただけて、おかげで手間が省けましたよ」


 岡部はにっこり微笑んだ。

だが及川は嘲笑されたと受け取ったらしい。

徐々にえらの張った顔が真っ赤に染まっていく。


「そんなことよりも、どうやらうちの竜は先輩の厩舎からの転厩のようですが、どうして転厩手続きがされていなかったんでしょう?」


「こっちも忙しかったんや」


 及川は怒りで赤く染まった顔でニヤリと笑った。


「ならお互い様ですね。ですがそのせいで受託登録ができずに困ってしまいまして。事務棟へ相談したら紙を書いてくれと言われましてね。このままだと先輩が窃盗犯で逮捕されると聞き、僕も素直に応じた次第ですよ」


 窃盗犯。

そう言われ及川は再度顔を赤くし歯噛みした。


「お前、強制執行がどんだけ会にとって恥なんかわかっとんのか?」


「さあ。開業したてで残念ながらそんな事まで頭がまわりませんで。それと会に恥をかかせてるの僕じゃないような気がしますけど?」


 真顔で指摘する岡部に及川は激怒して机に拳を叩きつけた。


「ヘラヘラしおって大概にせえよ! お前が会に目かけられとるいうんは聞いとるけどな、ここにはここのしきたり言うもんがあんねや!」


「規約ではなくしきたりですか。で、どのような?」


「おいおい教えてったるわ。覚悟せいよ!」


 そうすごむと及川は壁を一蹴りして出て行った。



「……あれが噂の及川か。思ってた以上の屑だな」


「先生、ようあんなん相手に冷静に対処できますねえ」


 荒木は脛をさすりながら変な汗をかいている。

岡部は荒木の顔をじっと見た。


「会の恥か……」


「何やねんな、いきなり!」


 荒木は自分の事を言われたような気になり、ちょっとムッとした表情をする。


「もしかして、その『会の恥』っていうのがあいつの武器なんだろうか?」


「しきたりがあるとかも言うてましたね」


「慣例も手続きも守れん奴がしきたりねえ……」


 つまり自分たちが定める事が何よりも優先されると言いたいのだろう。

こんな事はさっさと止めさせないといけない。

岡部はそう強く感じた。


 ふと部屋を見回した。


「あれ? 服部はどこ行ったの?」


「先生が事務棟行ったすぐ後、松井先生のとこに遊びに行くって……」


「自由なやつだなあ」


 呆れ口調で言い、岡部は静かに珈琲を口にした。

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