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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~

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第55話 勝負!

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 実習競走最終回の日、朝から空はどんよりと曇っていて、時折冷たい雫が落ちてきている。


 前日に会場横には教官たちによって簡易的な天幕がいくつか張られている。

朝からも多くの椅子が準備されている。


 この日の様子は競竜専門の放送局で中継されている。

一般人のみならず各級の調教師や各会派の人達もこの中継は注視しており、一年を通しての視聴率でも最上位の番組の一つとなっている。



 数日前に最終追切りを終えた岡部たちは各々の竜の体重の計測に立ち会ってから竜房に戻している。


 朝から一枚の紙が関係者及び多くの観覧者に配布されている。

その紙には竜柱が印刷されており、五頭の竜体重、これまでの成績、騎手名、調教師名などが記載されている。


 竜柱を見て大須賀が岡部にしみじみと言った。


「こうしてみると、最初『サケエイリ』の竜体重は本当に軽かったんだね」


 松本も本当だねと当時を思い出してしみじみと言った。


「半年で十三貫(約五十キログラム)以上増えるとか。尋常じゃないよな」


 普通これだけ体重を増やせば、どこかで故障していると松本は言いたいのであろう。

だが岡部は最初が軽すぎたんだと笑い飛ばした。


「それでも、まだ四人より小さいんだもん。嫌になるよ」


 今は平均値なんだから大したもんだよと松井が肩を叩いた。



「実習競走で初めて本降りの雨やな。この雨、どう影響するんやろ」


 武田が教室の窓から身を乗り出して外を見ながら渋い顔をする。


「想像がつかないな。下が滑るだろうから流れは遅くなりそうだけど」


 大須賀も椅子に腰かけながら、低い(にび)色の雲を見て回答した。


 教室の扉が開き教官が入室し、下見の準備をするように通達してきた。

いよいよ最後の実習競争が始めるんだ。

五人の調教師候補の背からはそんな雰囲気が漂っている。



 岡部たちは廊下に出て合羽を羽織ると、竜房に向かい、竜の竜牙に轡を掛け、鞍を乗せその上に竜用の合羽を被せた。

轡に牽引用の引き綱を付ける。

岡部は首筋を撫でながら教官の呼び出しを待った。


 『サケエイリ』は三枠で、少しの待ち時間で呼ばれる事になった。

簡易の下見所で竜を曳いていると、前を行く松本の『ビシャモン』が雨をかなり嫌がっているのが見てとれる。

気になって『サケエイリ』を見ると、雨を気にせず岡部に甘えるように寄りそってペタペタと歩いている。


 周りを見ると、一年、二年の騎手候補、報道関係者、教官たち、来賓たちが、各々合羽を羽織ったり傘を持ったりして下見を見ている。


 暫く竜を曳いていると教官から合図があり竜を停止させた。

岡部の元に服部が駆け足で寄ってくる。

岡部が『エイリ』の合羽を外すと、服部は鐙に足を掛け竜に跨った。

服部も合羽を羽織ったまま、防護帽に上げていた防護眼鏡を目にかけた。


「岡部さん、勝ってみせますから!」


「今日は終着するまで気を抜くんじゃないぞ!」


 服部は左手で拳を握ると親指を立てた。

岡部は『エイリ』を競技場へ案内し、牽引用の引き綱を外す。

服部は、ゆっくりと発走場所へ『エイリ』を歩かせて行った。



 発走者の教官が大きな旗を振ると発走曲が流された。

それを合図に騎手候補たちが一斉に合羽を脱いだ。


 報道の実況者が実況を始め、それが競技場内に流れる。



――

毎月開催されてきた実習競走も、これが最後になります。

先ほどまで激しく降り続いていた雨は小雨となりましたが、競技場の状態は重のままとなっております。

来年の開業を目指して調教師候補が日々鍛えた竜に騎手候補が騎乗し競います。

今年は五頭とやや小頭数となっておりますが、その分全員が出走しております。


各竜、発走機に無事収まったようです。

発走しました!

綺麗な発走となりました。

先頭から順に見て行きます。

先頭は白詰会、大須賀調教師候補のジョウランブ、鞍上は村井騎手候補。

続いて雷鳴会、武田調教師候補のハナビシホオヅキ、鞍上は板垣騎手候補。

現在一周目の曲線を過ぎ向正面の直線を疾走中。

三番手に黄菊会の松本調教師候補のビシャモン、鞍上は田北騎手候補。

四番手、樹氷会の松井調教師候補のミズホフクガン、鞍上は臼杵騎手候補。

この臼井騎手候補はこの期唯一の個別入学生。

開業後は樹氷会での開業が決まっているそうです。

最後尾に紅花会の岡部調教師候補のサケエイリ、鞍上は服部騎手候補。

現在集団は二周目に突入しようとしています。

まだ順位を変えずゆったりと周回をしております全五頭。

最後尾追走のサケエイリは初回から十三・二貫の増量と、あまり前例の無い状況に教官も驚いているということです。

二番手のハナビシホオヅキは、ここまで極めて安定した成績を収めています。

三番手のミズホフクガンはなんと十一歳。

これだけの高齢竜で前走勝利しており、それもあまり前例を見ないということだそうです。

全竜向正面を過ぎ曲線を疾走。

ここで順位に変動四番手ミズホフクガンがビシャモンを抜き三番手に上がりました。

最終周の鐘が鳴り各竜一気に速度を上げて行きます!

先ほど三番手に上がったミズホフクガン、ハナビシホオヅキを抜き二番手に浮上!

最後尾のサケエイリも一つ順位を上げました!

先頭は依然ジョウランブ!

一団は向正面を過ぎ最後の曲線を疾走。

ここでミズホフクガンがジョウランブを抜き先頭に躍り出た!

最後の直線に入る!

各騎手一斉に鞭が入る!

サケエイリ一瞬で二頭を抜きミズホフクガンに迫る!

ハナビシホオヅキもミズホフクガンを捕えた!

内ミズホフクガン、中ハナビシホオヅキ、外サケエイリ!

激しい叩き合い!

サケエイリが抜けた!

ハナビシホオヅキ追いすがる!

サケエイリ差を広げる!

サケエイリ終着!

サケエイリ、ハナビシホオヅキを一竜身押さえて見事一着で終着!

――



 簡易の検量場に戻ってきた服部は号泣していた。

岡部は無言で服部を抱きしめ背中を何度か叩いた後、鞍を外し服部に持たせた。


 四人の調教師は岡部の元に集まって来て握手をしては肩を叩く。

既に雨は上がっていたが、皆、顔がぐしゃぐしゃに濡れている。

武田に至っては岡部に抱き付き号泣している。

だが皆言葉は少なく、おめでとう程度しか発せなかった。


 五人の騎手候補も検量をし終えると、服部を囲んで号泣している。

観客席を見ると、その姿を見た二年の騎手候補の多くが涙していた。


 岡部たちは自分の竜を検査場に向わせ検尿を行わせた。

服部達は全員、大泣きしたぐしゃぐしゃの顔で報道の中継の前に現れ取材に答えている。



 松井は複雑な顔をし続ける岡部に近寄ると肩に手を置いた。


「どうした、そんな顔して。今日は、いっぱい泣いても良いんだぞ?」


 松井も感動で涙しており、目と鼻の頭が少し赤い。


「何だかさ、あんまりに皆が泣きじゃくるもんだから、逆に妙に冷静になっちゃったよ」


 そう言う事もあるだろうと松井は頬を緩ませた。


「しっかし、『サケエイリ』最後でれ速かったなあ!」


「最後の仕上げは服部に全部任せたんだ。実はあそこまでにしたのは服部なんだよ。もちろん調教計画は僕が組んでるけどね」


「そうだったんだ! うちも臼杵に任せてみれば良かったな。君の話聞いてると俺もそうすれば良かったって事ばかりだよ」


 ふと松井が岡部を見ると、左手の人差し指を折り曲げ軽く噛んでいた。


「あのガリガリだった『エイリ』がなあ。あんなに……」


 そこまで言うと、岡部は突然こみ上げてくるものがあり目を覆い声を殺して泣き出した。

松井は岡部の体を寄せると優しく頭を撫でた。




 その日の夕、五人は『串浜』に集まった。

まず麦酒を持ってきてもらい乾杯をした。

店の大将も中継を観て涙したそうで、少し目を腫らして喜んでいる。

串盛りを大皿で持ってきて、これは俺からの祝儀だから食べてくれと笑顔を見せた。

その代り店に飾るから色紙に名前を書いてくれとせがまれた。

酔っぱらう前に一枚と、大将は他の客を退け、椅子に五人を座らせ写真を撮った。



 まず最初に口を開いたのは松本だった。

今回、松本の『ビシャモン』は最下位である。


「くっそ。俺の竜、重がダメだとはな。そう言えば九月に負けた時も前日大雨だったわ」


 それを聞いて岡部がくくと押し殺したような笑い声をあげる。


「僕の竜は逆に重が得意らしいね。今日、伸びの良さに驚いたもん」


「いやいやいや。晴れててもあれは勝ったよ。はっきり言って強かった。あのガリガリの竜をなあ。ほんと尊敬するよ」


 晴れてても負けてたと思うと武田も同調した。

そんな武田の『ハナビシホオヅキ』は安定の二着である。



「そう言えば、二年の騎手候補、観客席で号泣してたけど何かあったのかな?」


 大須賀の疑問に、岡部と武田は顔を見合わせて笑い出した。


「少し前に懇談会に出てくれって僕と岡部くん呼ばれて。『エイリ』の話とかしたんや。それでやろ」


 武田君がいびったからと岡部が言うと、君も随分いびってたじゃないかと武田は大笑いした。

松井が、お前ら俺たちの知らないとこで何やってるんだと言って、笑って麦酒を呑んだ。



 興奮そのままに散々に盛り上がり、五人は徐々に呑み疲れてきた。

皆顔が赤く、耳も赤く、口数も極めて少ない。

五人思い思いに研修での出来事を思い出しているようである。


「ついに最後の競走が終わったな」


 しみじみと大須賀が言った。


「色々あったもんな。始末書書かされたりな」


 松本が小さく笑って俯いた。


「誰かさん、小試験毎回追試でな」


 松井は、ちらりと岡部を見てから俯いて小さく笑った。


「修善寺の蕎麦、美味しかったな」


 武田の頬を涙が伝った。


「……もう後は卒業だけなんだね」


 岡部の言葉に五人は自然と涙を流した。

それを見て周りの客も、店の大将も目に涙を浮かべた。


 大須賀が麦酒の器を持ってすっと立ち上がった。


「次は伊級で会おう! それまでは引退なんてさせてやらないからな!」


 岡部たちも器を持って立ち上がった。


「同期の絆でのし上がって見せるさ!」


 松井がそう誓った。


「誰が最初に伊級に上がるか勝負だよ!」


 岡部がそう発破をかける。


「挫けそうなら必ず連絡してこいよ!」


 松本が鼻をすすりながら言った。


「誓いの乾杯や!!」


 最後に武田が器を掲げると、五人は器をカチリと合わせ残った麦酒を呑み干した。

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