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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第54話 選択

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 最終の実習競走を前に調教師候補五人が教室に集められた。

今後の事を決める為、個別に面談するという事だった。


 説明早々に大須賀が別室に連れていかれた。


 松井は岡部の横の席に座りなおす。

どこか心細そうな、不安そうな、そんな表情をしている。


「西国で良いんだよな?」


「もう決めたんだ。西国に」


「俺も行って良いよな?」


 さらに不安そうな顔をする松井を岡部は鼻で笑った。

いい歳して小学生みたいな事を言うものだ。


「大歓迎だよ」


 松井の表情がパッと明るくなった。

本当に小学生みたいだ。


「どっちか選べるんなら、どっちに行くんだ?」


「そりゃあ紀三井寺だけど、それは選べないって噂だよね」


「そうだったな。だけど俺だけ別の場所だったら嫌だなあ」


 岡部はクスリと笑った。

子供じゃないんだからという言葉が喉の奥まで出たが必死に引っ込めた。


「だったら八級で一緒になれば良いだけの話じゃん」


「八級も別だったら?」


「呂級では確実に合流できるじゃん」


 呂級まで最速で駆け上がればたった五年。

しかもそれまでだって遠征で何度も顔を合わせる事になる。


「じゃあ一年でも早く呂級に上がるしかないな」


「ここから先は実力次第で何とでもできる世界だよ。例え別れたとしても、きっと僕たちならすぐに呂級で出会えるさ」


「そうだな。四か月の実地研修を耐えたら自分の城が持てるんだもんな」


 松井は急に晴れ晴れとした笑顔を見せた。

だがその表情とは裏腹に、放った言葉は憂懼(ゆうく)そのものであった。


「今でも森厩舎に戻るのは嫌なの?」


「……そりゃあね。君には事情を話しただろ?」


 聞いているからこそ不安なのだ。

わずか四か月とはいえ、そこに戻らないといけないという事が。


「一緒に戸川先生のとこで実地研修ってできないのかな?」


「憧れの戸川先生の下でか? 嬉しい提案だけど、制度的に許可されるのかとか、戸川先生が許可してくれるのかとか、障壁が多そうだよね」


 そもそもそんな話聞いた事が無いと松井は笑い出した。

憧れの先生の厩舎で同期と二人で研修なんて夢のようだけど、そう言って岡部に笑顔を向けた。


「戸川先生は喜んで受け入れてくれると思うな。制度的に許可されるかは知らんけど」


「会派が許してくれるのかというのもあるな」


 普通に考えて、新規開業の調教師が他所の会派の厩舎で最終研修を受けたと知ったら、会派の印象は確実に悪くなるだろう。


「色々とその後の事を考えると、やっぱり素直に四か月我慢するしかないかな」


 松井は両腕を上げ体を伸ばした。




 大須賀の面談が終わると松井が連れて行かれた。

その後松井も面談が終わり松本が連れて行かれた。



 武田が岡部の横の席に座りなおす。

その表情はどこか楽し気である。

二人きりになったからか、はたまた競竜学校での生活が残り少なくなったからか。


「なあ岡部くん、卒業したら戸川先生の厩舎に顔出すん?」


「そりゃあね。『タイセイ』の『大賞典』がどうかとか気になるしね」


「そやけども、ちょうど卒業から実地研修の間は厩舎関係者やないから厩舎棟入られへで?」


 それならそれで観客席でみるだけの事。

直接声援が贈れればそれで良いと岡部は笑い出した。


「うちはどうなんかなあ。出れる仔はおるんやろうか。おとん今年調子悪いからな」


 武田は渋い顔で鼻の頭を掻いた。


「いなかったら『タイセイ』を応援してよ。同じ西国の竜なんだから」


「そうやな。『クレナイアスカ』に勝てるように、しっかり応援する事にするわ」


 そこまでどこか未来に思いを馳せて楽しそうだった武田が急に暗い顔になった。


「三人一緒のとこやとええんやけどな。僕一人、別の場所やったら嫌やな」


「八級で一緒になったら良いじゃん」


「八級も別のとこやったらどうするん? ……まあ、呂級では一緒になるか」


 不安そうな顔をする武田を岡部は鼻で笑った。


「武田くんもそれ言うんだね。松井くんもさっき同じ事言ってたよ。さっさと琵琶湖で一緒にやろうよ。そっから先はずっと一緒なんだからさ」


 それもそうだと言って武田は笑い出した。

程なくして松本の番が終り、武田が呼ばれていった。



 教室に一人残された岡部は、静かな時を満喫していた。

一人静かに過ごすのは何時以来だろう。

思い出せないという事は、それだけ自分の周りには、常に誰かがいてくれたという事なのだろう。

これから先もきっと誰かがいてくれるのだろう。

ただ一つ違う事があるとすれば、これまでは自分は誰かに背負われていたという事だろう。

これからは自分が厩舎関係者を背負っていかなければならないという事。


「何だか背中が重く感じるな……」


 岡部はぽつりと呟いた。



 最後に岡部が個室に呼ばれた。

個室には二人の教官がおり、机の対面に岡部を座らせると、いくつかの説明を始めた。

その内容は既にポツポツと聞いている、これから開業までの話をまとめてされただけであった。


「西国か東国かの希望を聞いているのだけど、どちらが良いかな?」


「西国にしようと思います」


 質問している教官とは別の教官が岡部に見えないように画板を持ち、そこに挟まれた紙に何かを書き込んでいる。


「紀三井寺と久留米、どちらになるかはわかないけど構わないかな?」


「構いません」


 質問担当の教官は西国かと呟き、小さく何度か頷いた。

その表情は喜怒哀楽どれともつかない表情である。


「では、卒業の時に開業先を発表しますので、それまで心待ちにしておいてください」


「わかりました」


 そこまで聞き終えると、画板を持った方の教官が質問してきた。


「岡部さんは、専属騎手がまだ未定になっているんだけど?」


「専属騎手は服部にやってもらおうと思っています。ですが、まだ服部が所属会派を決めていませんで」


 最初に質問していた教官がそうだったんだと画板を持った教官に尋ねる。

画板を持った教官は画板をその教官に見せ、挟まっている紙を無言で指差した。


「いつ決まる予定なんですか? その、卒業の時に発表しないといけないので」


「最終の実習競走の後まで保留にしていますので、それまでお待ちいただけますか?」


「わかりました。なるべく早めの回答をお願いします」



 話が終わったようなので岡部は退出しようと席を立とうとした。

すると最初に質問していた教官が少し聞きたい事があると言って再度椅子に座るように促した。


 教官の聞きたい話というのは服部の事であった。

服部は教官たちが過去に見てきた騎手候補の中でも、一、二を争う素行の悪い生徒だった。

その彼が岡部の前では借りてきた猫のように大人しく従順にしている。

今後の指導の為に岡部が彼にどんな対処をしてきたのか教えて欲しい。

そう教官は真剣に聞いてきた。


 岡部は小さくため息をついた。


「別に普通に接しただけですよ。一人前の人間として扱っただけの事です。失敗すれば叱り、成功すれば褒める。それだけです」


「我々も普通に接したつもりですが、彼はずっと我々に反発してきたんですよね」


 教官の話を岡部は鼻で笑った。


「申し訳ないが、とても普通に接していたとは思えませんね」


「例えばどの辺りが?」


 教官は威圧的に、不愉快という表情を露骨に顔に出した。

そういうところだとそのまま指摘してやろうかと思ったが、こんなところで喧嘩しても仕方がないと思い、ぐっと我慢した。


「僕が最初に彼らと対面した際、何度も怒鳴って殴ろうとしていましたよね」


「我々は教官という立場なので、彼らを生徒として扱いますから。言う事を聞かなければ怒鳴るくらいはしますよ」


「生徒? 囚人と勘違いしているのではないですか?」


 岡部の指摘に、教官は言葉を詰まらせてしまった。

若造が偉そうに!

そんな風に思っているらしい事がその目つきに露骨に表れている。


「生徒を恐怖で支配できると勘違いして、今やっているみたいに威圧的な態度で押さえつけているだけですよね。それでは教官じゃなく看守ですよ」


 自分たちが今している態度がそもそもの問題と指摘され、教官たちは少しバツの悪そうな顔をした。


「では、改めて聞きますが、いう事を聞かない生徒に岡部さんはどう接するべきだと思いますか?」


「そもそも、何故いう事を聞いて欲しいか説明した事はありますか? 何故いう事が聞けないか聞いた事はありますか?」


「そんな面倒な事いちいちしませんよ。相手は幼児じゃないだから」


 教官は岡部の提案を鼻で笑った。

だが岡部はそんな教官を睨みつけた。


「何かをしてもらおうとするなら、信頼関係を築くのは大前提でしょ。それを面倒というのは単なる職務怠慢ですよ」


 教官は再度不愉快という表情を顔に出し威圧感を出して岡部を見た。

だが、岡部は全く怯まない。


「我々は言葉の通じない竜を相手に信頼を築こうとしているんですよ? 言葉の通じる相手にそれができないはずがないでしょ」


「私たちに、そんな信頼関係を築くなどという初歩から始めろと?」


「少なくとも僕には実績がありますから。だから助言を聞きたがったのでは無かったのですか? その助言が気に入らないから素直に聞けないというのは、教育者としての資質を大いに疑いますね」


 人としてどうかって言ってるんですよと、岡部はわざわざ言い直し立ち上がると、勝手に部屋を出てしまった。



 教室のある建物から外に出ると四人の調教師候補が待っていてくれた。


「岡部くん、随分かかったな。さあ、呑みに行こうぜ」

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