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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第49話 懇談

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 騎手候補からの質疑応答が一通り終わると日野は、実は教官からも君たち宛てに質問を貰っていると言い出した。


 最初の質問は調教師候補から騎手候補に対して望む事というものだった。

岡部たちは教官からの質問というから身構えたのだが、要は騎手候補への助言という事かと理解した。


 どうやらそれについて武田は何か言いたい事があるらしく、岡部に自分からいくと無言で合図して話し始めた。


「調教師候補もまだ素人やから指示が不明瞭な事が多い思うんや。そやから、ちゃんとわかるまで打合せをして欲しいんや。わからへんかったらもう一遍聞く。納得できひんのやったらそう言うて欲しい」


 わかるわと言って岡部も賛同した。


「そう言うって事は板垣もそういう事があったんだね」


「あったなんてもんやないよ。毎回良い返事するんやけど、返事が良いだけで何もわかってへんのんよ」


 騎手候補がそれを聞き笑い出した。

すると武田が、笑っているけど君らだってきっと来年そうなるんだよと指摘した。


「以前、松井くんもよく愚痴ってたよ。わかんなきゃ細かく確認すれば良いのにって」


「大須賀くんと松本くんも、やたらそれで揉めてるね。あの子ら、聞き返したらあかんって思うてるみたいなんよな。別にうちらそんなんでは怒らへんいうのにな」


 うちらはこんなに優しく接しているのにと岡部が言うと、武田は返答に困り無言で岡部の顔をじっと凝視した。

そのやり取りに騎手候補たちは一斉に笑い出した。


「でもさ実際問題、騎手候補と意思疎通できてなかったら、そっちの方が色々不利益が大きいんだよね」


「そうなんよ! やってもうた事はもう取り消せへんから、それを計画練り直して修正せなあかんのよ。そんでその修正で同じ事されるやろ? 大須賀くんも松本くんも、ようそれで怒ってるわ」


 松井は最初の頃、臼杵に毎回のようにもっと強く追えと指示していた。

臼杵が老竜だからと躊躇(ちゅうちょ)するらしく、松井はこっちにも計画があるのだから指示に従えとよく衝突していた。


「ああ、僕も何度か聞いたわ、松井くんのそれ。服部はそういうの無かったん? どう見ても素直に言う事聞く子には見えへんけど」


「うちは指示に従わないとかいう以前に、やる前から文句ばっかり言われた。こんな意味ない事ばっかりって。意味無いと思うような事をさせるわけないじゃないねえ?」


 最初の頃の岡部と服部を思い出し、武田は豪快に笑い出した。

あの頃は本当にこの二人どうなっちゃうのかと、教官も全員心配していたと日野まで笑い出した。


「そやけども、あれは君がちゃんと説明せえへんかったからやろ?」


「したよ! だけどあいつ、あの竜見てすぐに諦めて。竜を変えてもらえってしつこかったんだよ」


 開業したらどんなに期待薄の竜でも全力で調教しなきゃいけない。

そんな簡単な事があいつには理解できなかったんだと岡部が鼻息荒く憤った。


「それは確かにそうやけども。そやけどあの竜はなあ。服部の気持ちもわからんでもないけどな」


「こっちはちゃんと方針を示してるんだから勝手に諦めんなってずっと思ってた。思ったより聞き分けの良い子で助かったよ」


 『聞き分けの良い子』という言葉に、武田と日野が眉をひそめ首を傾げた。

騎手候補たちはそれを見て大笑いした。


「服部だけやなく、あいつら全員、最初かなり舐めた態度しくさってたもんな」


 武田がそう言うと日野は焦って、そこまでにして次の質問に行こうと言い出した。



 次の質問は、騎手候補が調教師候補との関係を円滑にする為に必要と思う事だった。

岡部は、ああそういう事か笑い出した。


 岡部がどこまで話して良いのと尋ねると、日野は、何を話すつもりなんだと笑った。

それを聞いて騎手候補が笑い出した。


「衝突を恐れるな。甘えるところは甘えろ。自分の領分の事はきっちりと」


 岡部がピシャリと言うと、武田と日野は完璧な回答だと言って拍手した。

だがどうやら騎手候補にはそこまで響いていないようで、日野が一つ一つ説明してあげてと岡部にお願いした。


「別に意見は衝突して良いんだよ。お互い竜の見え方が違うんだから。食い違って当たり前なんだよ」


「意見を汲んで方針変えるかどうかは、こっちの判断やもんな」


 岡部は武田を指差し、そう言う事なんだよと頷いた。

松井と臼杵の例で言えば臼杵は同じ竜を見て老竜だと思ったかもしれないが、松井からしたらまだまだ現役の竜に感じている。

だから松井はもっと強い調教にも耐えきれると感じ、臼杵と意見が対立した。

でもそれは決して悪い事ではない。

何故なら、松井は松井で限界を見誤っているかもしれないから。


「最初、服部と衝突したのがこの点でさ。あいつ、二言目には『誰が見ても明らか』って言うんだよ。僕が見て違うって言ってるんだから『誰が見ても』じゃないじゃん」


「いやいや、あの竜でそれは。さすがにそれは服部が可哀そうやわ」


 当時の事を思い出して武田は苦笑いした。

あの竜は百人が見たら百人が口を揃えて駄目だと言う竜だと武田は指摘する。

日野も苦しい表情をし無言で武田に賛同した。


「いや、そういう事じゃなくてね。僕は服部に、お前の意見を言えって言ったんだよ。相対評価なんていくら聞いても参考にならんのよ。というか聞かなくてもわかってるんだよ、そんな事」


「なるほどな。そう言われたら板垣も自分の意見を言わへんなあ。はいはいって返事するだけで。今度僕もそれ板垣に言わなあかんな」



 騎手候補の一人が、甘えるところは甘えるって何かと聞いてきた。


「そのままだよ。頼られて嫌な気になる人はそんなにいない。だから困った時にはすぐに相談する。開業したら二人三脚でやっていかなきゃいけないんだから、ちゃんと懐に入り込んでおかないとね」


 岡部の助言で騎手候補たちの表情が急に穏やかなものになった。


「手のかかる子ほど可愛い言うしな」


「だからって服部にみたいに手のかかりすぎる子は、それはそれでね……」


 岡部が苦々しいというような顔で口を曲げると、教室内にドッと笑いがおこった。



 騎手候補の中から、先ほどから『酷い竜』という話が出てるけど前回見た実習競走では、そんな竜はいなかったという質問が出た。


「ああそっか。前回の競走しか見てないんだもんね」


 岡部は少し言いづらそうに頬をぽりぽりと掻いた。


「僕、あない酷い状態の竜、初めてみたよ。肉は付いてへん、贅肉すら無い。あばら浮いてガリガリ。ようあの竜を見ていけるってなったもんやわ」


「実は最初、餌あげても食べなかったんだよ。竜房の奥に置いたらやっと半分。もの凄い神経が繊細な仔なんだよ。元の厩舎ではそれがわからずに放置してたんだろうね」


 騎手候補が騒めき始めた。

少なくとも騎手候補たちが見た『サケエイリ』は、他四頭となんら遜色の無い竜であったからである。


「あれは服部やのうても替えてもらおう言うで」


「じゃあ武田くんだったら替えてもらった?」


 武田は腕を組み真剣に悩み始めた。


「そうやなあ。僕やったら君らに相談したかな。良い案があるようやったら何でも試してみたかも。全員が替えろ言うようなら替えて貰ったかもな。少なくとも君みたいに、この竜で勝ってやるんや! とはならへんかったやろうね」


 質問した騎手候補が、そんな竜を普通に競走できるまでにしたんですかと目を丸くして驚いている。

他の騎手候補たちも顔を見合わせ嘘だろと言い合っている。


「ほんまの話やで。僕らも、よう学ばせてもろてる。諦めへんかったら何とでもなるもんなんやなって」


 武田が騎手候補たちに向かって言うと、日野が教官たちも同じ事を言い合っていると言った。

今後、調教師候補たちを指導するもっとも良い教材になるだろうと。


「次はもう少し順位を上げて見せる!」


「もしあの竜勝ったら、僕、感動で泣く思うわ」


 武田がわざとらしく泣く仕草をすると、また騎手候補が湧いた。



 最後の質問は、調教師候補と相性が合わなかった場合どうするべきか。

こういうのって永遠の悩みだよねと日野が苦笑いした。


「それは、日野さんと相性が合わないと思ってる教官からの相談って事ですか?」


 日野が憮然として、さすがにそれはあんまりだと抗議すると、教室内にドッと笑いがおこった。


「この質問でさ、それを邪推する君の推理力が怖いよ、俺は」


「お褒めいただいて恐縮です」


「褒めてないよ!」


 日野は騒がしくなってしまった教室を一旦静めた。


 いくつか種類があると思うと岡部は日野に指摘した。

日野が最初に出した例は『純粋に性格が合わない時』だった。


 それには武田は即答であった。


「そんなん、仕事やって割り切ったら良えやん!」


「歩み寄りは重要だと思うけどね。それができない調教師なら、確かにそう割り切るしかないかもね。だけど精神的にはしんどいだろうね。修行だと思って腕磨いて、最終的には逃げるしかないかもね」


 日野は、じゃあ『調教師がどうしようもない時』はと尋ねた。


「自分の収入にも関わる事やから難しいよな」


 確かにと呟いて、岡部も口元を抑えて悩んだ。


「自分が頑張って厩舎を支えるのが良いんじゃないかな? 競争での駆け引きで一つでも上の着に持っていければ、最終的にはそれなりの結果が出るんじゃないかな?」


 その岡部の意見には武田は疑問符が付くらしく、あまり賛同できないという顔をする。


「どうやろうね。そないに騎手一人が気張っても厩舎の成績って伸びひんのと違うかな?」


「でもさ、見てくれてる人は見てくれてると思うんだよ。例えば別の調教師が契約騎手として拾ってくれたりするかもしれないよ」


 そういう意味かと武田も納得した。

実際問題、それを待つしかないかもしれない。

呂級にも伊級にもそういう騎手はたくさんいるから、仁級で早々に諦めて欲しくは無いと岡部は騎手候補たちに助言した。


「そやけど、そんな優秀な騎手を引き抜かれたら調教師の方は廃業やろな」


「うちらも見捨てられないようにしないとね!」


 岡部が武田を悪戯っぽい顔で見ると、武田もそうだなと笑って岡部を指差した。




 最後に、武田と岡部から騎手候補へ助言をお願いしたいと日野は言った。


 二人が改めて騎手候補を見回すと、皆、目を輝かせ二人を注視している。

二人はお互い困り顔をして見合っていたが、武田が意を決してすっと立ち上がった。


「僕は稲妻系いうところから言うておきたい事がある」


 そう言うと自分と同じ稲妻牧場系の騎手候補を見た。


「絶対に稲妻系だけで固まるな。固まると選民意識が生まれる。常に外に目を移せ。求めるもんは稲妻の外にある」


 武田は一呼吸置いて岡部をちらりと見てニヤリとした。


「『稲妻牧場』いう枠組みは、お前たちにとって武器なんかやない、道具や。振り回すんやなく大事に使え。以上や」


 騎手候補たちは立ち上がって拍手した。



 武田が椅子に座ると、代わって岡部が立ち上がった。

次は僕と言って小さく息を吐いた。


「まず、やる前から諦めない。可能性が零でなければ、やってやれない事は無い」


 岡部は騎手候補たちを見渡し、また息を小さく吐く。


「絶対に絶望しない。絶望する状況なんて世の中には存在しない」


 岡部は武田を見て笑った。


「一つでも多くの武器を持つ。自分を知らなければ絶対に周りには勝てないからね」


 岡部はここで少し遠くを見た。


「最後に僕の先生の言葉を。『竜に対し常に真摯に向き合え』 以上です」


 騎手候補は立ち上がると二人に拍手した。




 二人は騎手候補に求められるままに握手をすると、拍手の中、教室を後にした。

日野は教室から出ると、岡部たちにご苦労さんと労った。


「じゃあ約束通り呑みに行きましょうか。どうします? 『串浜』まで足伸ばします?」


「良いねえ! 今日は俺が奢るからさ、いくらでも呑んでくれて良いよ。ところでさ、来週一年生の方も行ってもらえないかな?」


 絶対に嫌。

二人は声を揃えてきっぱりと断った。

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