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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第43話 光明

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 『サケエイリ』の調教が本格的に始まり一月が経過した。

放牧開け初戦、三回目の実習競走を迎える事になった。



 発走者の旗を合図に発走機の前の扉が一斉に倒れる。

一周目、明らかに前三頭の竜の脚が速い。

松井の『ミズホフクガン』は少し遅れ気味、『サケエイリ』はそこからさらに遅れている。

二週目、一周目よりも前三頭との差が広がる。

三周目、前三頭が加速すると『ミズホフクガン』と『サケエイリ』もそれに合わせ加速。

最後の直線で『ミズホフクガン』は前三頭に追いつけず終着。

『サケエイリ』は猛追したのだが、『ミズホフクガン』に追いついたところで終着であった。


 一着は大須賀の『ジョウランブ』、二着は武田の『ハナビシホオヅキ』、三着が松本の『ビシャモン』、四着に松井の『ミズホフクガン』。

岡部の『サケエイリ』はほぼ差の無い最下位だった。



 翌日、岡部は服部を教室に呼び出した。

岡部は服部を正面の椅子に座らせた。


「昨日の競走の感想を聞かせて欲しい」


 服部は暫くゆっくりと考えた。


「まず体の均衡の悪さに戸惑ってる感じがしました」


 岡部は静かに頷いた。


「ただ最後の直線で、岡部さんの目指してる目標みたいなもんは薄っすら見えた気がします」


「具体的にどんな姿が見えたかな?」


「最後の直線までなんとか食らいついて、直線で一気に差す」


 服部は右手で左手を追い越すような仕草をしニヤリと口元を歪める。

岡部はそれを見て満足そうに大きく頷いた。


「これしかないと思うんだが、お前どう思う?」


「昨日、僕も確信しました。これやったら僕の駆け引き次第で勝負できるんやないかと思います」


 三角すぎからの一気の『マクリ』。

体が小さい『エイリ』には、本来であれば『逃げ』の方が戦術としては合ってるかもしれない。

だが逃げ戦術は、その竜の身体能力がモロに反映されてしまう。

残念ながら『エイリ』には稲妻牧場の三騎とやり合えるほどには身体能力は鍛えられない。

だが『エイリ』は体が頑丈で、心肺機能と脚の筋肉を極限まで鍛える事はできるだろう。


「ただ、今のままだと、どうしても中間が苦戦する事になっちゃうんだよな」


「それは気にせんで良えと思いますよ?」


 岡部は不思議そうな顔をした。

少なくとも昨日の競争内容を見るに、どう考えても現状ではそれが一番の問題点に思えるのに。


「そうか、岡部さんはまだ竜に乗ってへんからわからへんのか。調教師候補って竜乗れる人多いって聞きますけど岡部さんは乗れるんですか?」


「呂級で調教助手やってたから、ちょっと教えてもらえれば乗れると思うよ」


 服部は、おおと歓声をあげ、嬉しそうな顔で岡部の顔を見ている。

その視線が若干岡部には照れ臭かった。


「そしたら一度、『エイリ』に乗ってみたら良えですよ。乗り運動だけでもわかる思います」


「いや、乗るのは乗ってみるけどさ、その前にお前の答えが聞きたいんだけど?」


 岡部の指摘に服部は忘れていたという感じで苦笑いした。


「失礼しました。駆動が後ろの竜いうんは、乗り手が前に体重かけてあげたら楽に走れるんですわ」


「昨日はそうしなかったって事?」


「もちろんそうしたんやけども、もっと前を押さえるようにせなアカンかったっていう事です」


 まさかあんなに後脚に肉が付いていると思わなかったと服部は少しお茶らけた態度を取った。

そんな服部を他所に、岡部は仁級の竜の骨格を手に、あっちを動かしこっちを動かししている。


「そうか。昨日は後ろの駆動が強くなった分の計算を間違えてああなったのか」


「次はもっと巧い事やってみせますよ!」


 自分のやってきた事が結果に少し見えて、服部は俄然やる気が出てきたようである。


「あと三回か。どこまでやれるかな……」


 岡部は口元に手を当て、暑い風が吹き込んでいる窓の外の景色をじっと見続けた。




 月が替わっても連日暑い日が続いている。

調教そのものは朝の涼しい時間に行う。

だが涼しい思いができるのは竜に乗っている騎手候補たちだけで、それを観察している調教師候補たちは汗だくである。


 調教師候補たちは一張羅では無く、比較的動きやすい恰好で構わないとされている。

だが、寮でダラダラ酒をかっ食らっている格好というわけにもいかず、それなりにしっかりとした恰好をしている。

衿締をしていないというだけでほぼ一張羅と変わらず、当然教室には冷房など入っておらず、この時期は地獄である。

毎日のように岡部は松井と酒を呑んでいて、日野さんが酒ばかり吞んでいる理由がわかると笑い合っている。




 四度目の実習競走を翌週に控えた金曜日の夜、岡部は下宿で呂級の中継を見ていた。

武田も缶麦酒と乾き物を持参で中継を見に来ている。


「岡部くんとこは『重陽賞』の『サケタイセイ』以外、何が出んの?」


「『皇后杯』の方は残念ながら……」


 昨年は『ゲンジョウ』がいたのだが、春に引退になってしまい、現在戸川厩舎では重賞級の中距離竜が一頭もいないのである。


「そうなんや。うちは『重陽賞』は『ハナビシゲンブ』、『皇后賞』は『ハナビシハヤカゼ』が出てる」


 どちらもそこそこ人気で期待できると思うと武田は嬉しそうに二人に笑顔を向ける。

じゃあ応援してやらないとと松井も嬉しそうに練り物を口にした。


「『ハナビシゲンブ』って『優駿』出てなかったよね? 長距離限定の竜なの?」


「中距離も行けるらしいよ。そやけど、春まではそこまでやなかったらしいで。夏に放牧して、僕がこっち戻る前に一回り大きなって帰って来たんやって。『重陽賞』楽しみにしとけって、おとん大興奮やったよ」


 確かに戦績を見ると昨年から今年の春まではパッとしない。

新竜戦が五着、今年に入って未勝利戦を勝ち、そこから能力戦で惜しい競争を繰り返し、六月の能力戦を勝って放牧。

だが『重陽賞』では予選、最終予選共に一着で突破している。


「この『ハナビシハヤカゼ』って確か去年も『皇后賞』出てたよね? 僕、その時幕府にいたんだけど中継で見たの覚えてるよ」


「完敗やったけどな。去年は確か君のとこの『サケゲンジョウ』って爺さん竜が三着やったよね」


 勝ったのは『エイユウゲンバ』。

確か中距離重賞で二着続きだった竜で、初の重賞制覇という話であった。


「『ゲンジョウ』は今年の春に引退しちゃったけどね。そういえばあの時『クレナイアスカ』が負けて結構荒れたんだよね」


 岡部の口から『クレナイアスカ』の名が出ると、松井が呑んでいた麦酒の缶を口から離した。


「『クレナイアスカ』は俺も覚えたぞ! 『月毛の竜王』だろ! 戦績見たけど凄い竜だよな」


 松井が嬉しそうに言う横で、武田が次走年末だけどねと笑い出した。



 三人で笑い合っていると『重陽賞』の下見の時間となった。

幕府競竜場の下見所では各竜が厩務員に曳かれて歩いている。


「お! この美人の姉ちゃんまた出てるな!」


 『サケタイセイ』を曳いて歩く櫛橋を見て松井は歓声をあげた。


「そりゃあね。櫛橋さんそういう役目だからね」


「見栄え的な話?」


「まさか、そんなわけないでしょ。筆頭厩務員なの」


 武田は『サケタイセイ』の単勝倍率一・一倍に驚いている。


「最終予選、圧勝だったらしいよ」


「あの『クレアナイアスカ』かて『重陽賞』はここまでと違かったで?」


 武田は画面に釘付けになっている。

暫く見ていると各竜に騎手が乗り込み、競技場へと向かって行った。



 すると画面は皇都競技場の『皇后杯』の下見に変わった。


「『ハヤカゼ』は六番人気か。まあ、最終二着やからしゃあないか……」


「でも最終の時計は悪くないよね? 勝ち竜と差も無いし。結構気配良さそうじゃない」


「確かに。これやったら結構やれるかもしれへん」


 そこから暫く岡部と武田は新聞を見ながら、ああでも無いこうでも無いと言い合っていた。

八級の厩舎出身の松井にとってはよくわからない話が多いであろうに、新聞を見ながら何度もなるほどと頷いている。



「お! そろそろ『重陽賞』の方始まるぞ!」


 松井が二人に促すと、画面からは発走曲が流れてきた。



 発走機が開くと竜が一斉に飛び出していった。

『ハナビシゲンブ』は後方集団、『サケタイセイ』は先頭集団に収まり一周目の正面を通過。

一角を過ぎ曲線で逃げ竜が速度を落とすと『サケタイセイ』は逃げ竜を突くように距離を詰める。

それでも逃げ竜が速度を落したままでいると二角を過ぎた所で先頭に躍り出た。

そこから『サケタイセイ』は気持ち良さそうに向正面直線を疾走。

三角に差し掛かる頃には先行集団とは少し距離ができ始めていた。

曲線で後続が距離を詰めてくると『サケタイセイ』は同じように徐々に速度を上げる。

四角を過ぎ直線に入ると『サケタイセイ』は一気に後続を突き放した。

後続集団が徐々に追い上げて行ったものの『サケタイセイ』は一頭離れた状態を貫いた。

二着以下を五竜身以上離し圧巻の強さで終着した。


 『サケタイセイ』は一頭ゆったりと競技場を周回。

観客席から『タイセイ』『タイセイ』と何度も声援が贈られている。


 中継に最上会長と戸川が抱き合っている姿が映った。

櫛橋は大泣きしてうずくまっている。

鞍上の松下は感極まって、ずっと上を向いたまま固まっている。


 岡部は松井に肩を叩かれた。

振り返ると武田と松下が缶麦酒を岡部に向けている。

三人で改めて乾杯すると、二人は口々におめでとうと声をかけた。


「あれは強い! なんちゅう強さや! 明らかに『クレナイアスカ』より上や!」


 武田は大興奮で岡部の背をパンパン叩いて麦酒を呑んでいる。


「今年、先生、これまで頑張ってた竜が引退になったり、厳しい事が続いてたけど、これは嬉しいだろうなあ」


「今から戸川先生に連絡したったら良えやん! 先生喜ぶ思うで」


 画面ではまだ戸川たちが感極まった姿が映し出されている。


「明日電話するよ。今日はもう嬉しさで何言っても聴こえないだろうからさ」


「ほんまは、君、あそこにいたかったんちゃうん?」


「そりゃあね」


 画面は幕府競竜場から皇都競竜場へと切り替わった。

もうすぐ『皇后杯』の発走時刻らしい。


「これからは君がああいう場所を自分で作ったら良いんだよ」


 松井が岡部の肩をポンと叩いて微笑んだ。


「そうだね。その通りだよね」


 岡部は麦酒を一口呑むと、先生おめでとうございますと呟いた。



 『皇后賞』の発走曲が画面から流れて来た。

三人は再度画面に集中している。

うちの『ハヤカゼ』がこの勢いに続くんだと武田はかなり鼻息が荒い。


 各竜が徐々に発走機に収まっていった。

発走すると『ハナビシハヤカゼ』は後方集団の中団に収まった。

逃げ二頭の競り合いにより流れは明らかに早い。

向正面の長い直線を過ぎ三角に差し掛かると逃げ竜が速度を落とした。

それを合図に後続集団は一斉に上がっていく。

四角手前で全竜が団子になった。

先行集団が逃げ切りを謀ろうと叩き合いを開始。

後続集団は直線半ばに一気に先行集団を追い抜いた。

最後『ハナビシハヤカゼ』と『ロクモンアシュラ』が並ぶ形で終着した。


「おお!! どっちや!!」


「微妙だったけど。勢い的にどっちだろう?」


 画面には最後の終着直前の映像が再度流れている。

微妙だと松井も渋い顔をして見つめている。

武田と岡部もううむと唸っている。


「首の上げ下げやからわからへんで、これ!」


「中継は終着線からは角度が付いてるからね」


 着順掲示板には一着と二着が空白で着差に写真と書かれた状態が続いた。

終着時の映像が繰り返し流れている。

三人は麦酒を片手に口を付けずに画面に釘付けになっている。


 先に画面から観客の歓声が轟いた。

次いで画面に写真判定ながら、一着『ロクモンアシュラ』、二着に『ハナビシハヤカゼ』が表示されたのだった。


「くっそっ! 二着かいな!」


「いやいや、二着だよ。もっと喜びなよ。はい。おめでとうの乾杯」


 岡部が麦酒の缶を武田の缶にかちりと当てると、松井もそうだぞと言って缶を当てた。

 

「どうせやったら勝って乾杯したかったわ」


「二着も立派!」


 不貞腐れる武田に岡部と松井は、差の無い二着なんだから凄い事だと褒め称えた。

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