表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
103/491

第42話 自白

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 ひと月ぶりに調教師候補、騎手候補、竜が再会した。


 服部は岡部を見つけると走って駆け寄った。


「岡部さん、お久しぶりです! 下期もご指導よろしうお願いします!」


「こちらこそよろしくね。下期は勝ちに行くよ!」


 岡部の宣言に服部は表情をぱっと明るくした。


「はい! 勝ちに行きましょう!」


「じゃあ、うちの可愛い竜を見にいくこととしようか」


 再会を喜んで竜房に向かった二人が見たのは、放牧前から一回り大きくなった『サケエイリ』の姿だった。


「おお! ひと月でずいぶん緩みましたね」


「そうだね。ガリガリではどうにもできないけど、これなら何とでもできる!」


 岡部は楽しそうに『サケエイリ』の首筋を撫でる。

それが気持ち良かったようで嬉しそうな鳴き声をあげた。



 岡部は今後の方針を説明したいと服部を教室に招いた。

休み明け最初の重要な打ち合わせである。

服部は念の為カーテンを閉めた。


「あの竜は他の竜に比べかなり小柄だ。脚も短い」


 服部は黙って岡部の説明を聞いている。


「つまり、普通にやっていては、どんなに肉を付けても付いていくのが精一杯なんだ」


「それは僕も思ってました」


「だけどあの仔は腰が柔らかで尻尾が細く長いんだ。それで体の均衡を取っているだろうね」


 岡部は仁級の竜の骨格模型をくねくねといじりながら喋っている。


「そこが今後、あの仔の武器になっていくと思うんだ」


「そないな事が武器になるんですか?」


「なる……と思う。だけど、今のままでは(なまく)らなんだよ。だから、武器を砥いでいかなければならないんだ」


 岡部の説明が抽象的すぎて、服部は少し首を傾げ作り笑いを浮かべた。


「まだ、いま一つピンと来ませんけど、結局、僕は何をしたら良えんでしょう?」


「これから本格的に追い切りをして仕上げていく事になるんだけど、なるべく重心を後ろ目に追って欲しいんだ」


 岡部は机の上に骨格標本を乗せ、首の方を少し浮かせた。


「そないな事したら、後脚ばっか逞しうなりそうですけど、それで良えんですか?」


「言ったろ。武器を砥いでいくんだよ!」


 具体的に説明されても岡部が何をやりたいのかは、服部にはイマイチよくわからなかった。

だが服部の中に、この人ならもしかしてという信頼のようなものが生まれ始めている。

服部は不敵に笑う岡部に静かに頷いた。




 その日の夕刻、武田が岡部たちの下宿にやってきた。

松井は沈みきった武田の表情を見ると、また厄介事かとからかった。

武田はそんな冗談に全く反応せず、呑みに行きたいとぽつりと呟く。

松井は岡部と顔を見合わせると、学校近くの居酒屋『海ぼうず』に向かった。

店に入るまで、結局武田は一言も喋らなかった。


 麦酒と小鉢をいくつか注文し、三人は無言でお通しを突く。

麦酒が届くと乾杯し呑みはじめた。


 小鉢が運ばれてくると、堪りかねて松井が口を開いた。


「どうした? 何があった? また向こうで何か揉めたのか?」


「そやないねん……」


 武田は明らかに気落ちした態度で、枝豆をつまみながら麦酒を呑む。


「……僕らの竜、見た?」


「いや。初日でこれからの方針検討してて、そんな余裕なかったからな」


「僕は君らの竜見る余裕があったんや。大須賀くんも、松本くんも」


 武田はその後の言葉をなかなか吐けずにいた。

松井は岡部に相当な事があったらしいと小声で言い合った。


 武田はやけ酒かのように麦酒をぐっと呑むと、机に叩きつけるように置いた。


「うちら三人の竜、完全に仕上がっとんねん」


 松井と岡部は顔を見合せている。


「どういう意味なんだ? 調子が整ってるって事か?」


「そやないねん! この一月で完璧に調教されてんねん!」


 研修用の竜なのに牧場が気を利かせて休みの間調教を繰り返していたらしい。


「そんなになのか?」


「もはや僕らにはやる事がないくらい完璧に肉が付いてる。後は、このまま状態整え続けるだけになってもうてるんや」


 今すぐ仁級の能力戦に出しても、普通に勝ち負けするくらいの出来になってしまっている。

武田は拳を握りしめて悔しがった。

岡部と松井は顔を見合わせ、小さくため息をついた。


「大須賀くんと松本くんは君らに会わせる顔が無い言うて……」



 岡部は武田の肩にそっと手を置いた。


「酷い事するもんだね。研修中の竜だって知ってるだろうに」


 松井もうんうんと首を振る。


「僕たちが学べる事を君たちは学べないんだ。研修なんて勝負以前にどれだけ学べるかだろうに。会派の見栄の為にその機会を奪うだなんてさ」


 武田は何となく話がずれているような気がして怪訝そうな顔をする。


「いやいやいや、そういうことやなくてな。僕らの竜は、放牧前より各段に強くされてもうてるんや。僕らの実力と関係無く」


「でもそれを維持するのだって簡単じゃないでしょ?」


「先月ひと月の追い切りの本数が違うんや。僕らはズルをしたんや」


 松井と岡部は真剣に悩む武田を見て噴出した。

何を神妙にしてるのかと思えばたかがそんな事でと松井が笑い飛ばした。

岡部もくだらないと言って笑い出した。


 岡部のくだらないという言葉に武田は本気で怒った。


「僕たちは君たちと、できるだけ同じ土俵でやり合いたい思うてるんや。くだらないはいくらなんでもあんまりやろ!」


「くだらないから、くだらないって言ってるんだけど」


「何がやねん! 僕らの純粋な気持ちのどこがくだらないいうねん!」


 岡部が松井を見ると、松井はどうぞと右手を岡部に差し出した。


「ズルも何も、放牧中の規定なんて無いんだから規定のうちじゃん。どうせ学校出たら同じ土俵でなんてありえないんだし」


「そやから! 僕たちは自分の実力で君たちと勝負したかったんや!」


「僕はむしろ幸運だと思ってるけどねえ。稲妻牧場の調整力が目の前で見れて」


 武田は岡部の説明に言葉を失った。

口をぽかんと開けて岡部の顔をまじまじと見ている。

そんな武田を松井が煽った。


「まさか君たち、今の状態を維持できる自信が無いのか?」


「そ、そない事は無いよ。うちらで上位独占し続ける自信がある……」


 若干狼狽える武田を松井はさらに煽っていく。


「ほお。なら良いじゃないか。せいぜい俺らに抜かれないようにな」


 松井の発言に武田は口元をひく付かせて怒っている。


「そう言うて煽られたて、あの二人に言いつけたる!」


「そうしろ、そうしろ。俺たちは君らの竜を抜いてやる。どうせ開業したら抜けなきゃ上に行けないんだからな」


 武田は麦酒を一気に流し込むとおかわりを注文した。

岡部と松井はそれを見て笑いあい、小鉢をいくつかと麦酒を注文した。




 翌日、研修の終りに服部が報告に来た。

研修での報告を終えるも、まだ何か言いたい事がありそうな顔をしている。

岡部は不思議そうな顔でどうしたと尋ねた。


「岡部さん、あの人らに何か言うたんですか?」


「あの人らって?」


 どうやら調教の間、武田が大須賀、松本と三人で、服部と臼杵を指差して何か言い合っていたらしい。


「なんや板垣たちが、昨日までとうちらを見る目が違うんですけど?」


「ああ。武田くんが牧場が調整してきたって言うからさ、松井くんが、せいぜい僕らに抜かれんようにって」


 岡部は笑って誤魔化そうとしたのだが、服部はじっとりとした目で岡部を見ている。


「何でそないな事言うたんですか。あいつら敵愾心むき出しで目ギラついてましたよ」


「お前も彼らに気迫で負けたりしないようにね。ただでさえ、うちの竜は気が小さいんだから」


「いやあ、まあ、それは気いつけますけど……」


 服部は不信の目で岡部を見続けている。

徐々に岡部はその視線に耐えられなくなっていた。


「悪かったよ。すまなかった。僕らも行きがかり上とはいえ、無駄に煽ったりして申し訳なかった」


 岡部はバツの悪そうな顔で服部を見た。

服部は困った顔をした後、ぷっと噴き出し笑い出した。


「何て言うか、岡部さんたちも僕らと同じ人間なんですね」


「どういう意味だよ! 当たり前だろ? 仙人か何かだとでも思ってたのか?」


「いやあ、僕らと同じく怒ったり煽ったりするんやなって」


 服部が笑いながら言うと、岡部もなんだか可笑しくなって笑い出した。


「そりゃあね。それなりにね。ただ君たちみたいに拳振り回さないってだけで、そういう事は普通にあるよ」


「そっちの方はもうちゃんと封印してますよ」


 服部が少し不貞腐れた顔をすると、岡部は本当だろうねと言ってさらに笑った。


「衝突する事で得られる事も多いからね。だから、それを恐れちゃいけない。だけど、暴力に訴えるのは下の下だよ」


「つまり方法を考えろいう事ですか?」


「そういうことだね。世の中、理不尽な事は多いからね。それに対していちいち喧嘩してたら身が持たないよ」


 岡部はケラケラ笑っているが、服部はそんな岡部の事を意外と喧嘩早い人らしいと感じた。


「岡部さんも、暴力に訴える事あるんですか?」


 岡部は一昨年の幕府での出来事を思い出し笑顔をふっと消した。


「無いとは言わないよ。大切なものを守るためならね。でもそこまで行かないように工夫してるつもりだよ。拳を振るったらもうそれ以上の手段はないからね」


 岡部の発言に服部は何故か背中に冷たいものが走る感覚を覚えた。


「あんま、その先は聞かへん方が良えような気します」

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ