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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第41話 再会

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 部屋の雨戸を開け部屋の空気の入れ替えをする。

外から来る風は常夏の島を思わせる強く磯の香のする熱風であった。

布団と座布団を外に干し叩きで叩き、掃除機で部屋を軽く掃除をする。

そこまで体を動かしたわけでもないのだが、すっかり汗だくになった。


 掃除機を片付けると同じ下宿の同居人松井が戻ってきた。


「うわあ。また焼けたねえ」


「まあな。なんだ? 君はあんまり焼けてないな。ずっと家にでも籠ってたのか?」


 松井は元々地黒な人ではあるのだが、それにしてもよく陽に焼けている。


「僕はあっちこち連れまわされて、あっという間に一か月だったよ」


「だいぶ満喫したようだね。俺は暇さえあれば娘と水遊びだったさ」



 久々の再会を喜ぶと、話の流れで昼食を食べに行こうという事になった。

初日に行って以来行っていないから『定食屋 やぎ』はどうかという話になった。

二人が定食屋に出かけようと部屋を出ると玄関に武田が入って来た。

どうやら武田も昼食に行こうと誘いに来たらしい。


「うわっ! 松井くん、焦げとるやないか!」


「焼けてるだけで、断じて焦げちゃいねえよ!」


 こういう二人のやり取りを聞くと、また土肥に戻って来たんだなと実感する。

きっとそれは岡部だけじゃなく、松井も武田も同様だろう。


「何したらそないに焦げんねや」


「娘と水遊びしまくってたらこうなったんだよ!」



 三人は定食屋に入ると海鮮丼を注文。

岡部は出された海鮮丼が記憶と違う事に気が付いた。

前回に比べ青魚が多い気がする。


「そりゃあ前回って一月だろ? 旬が違うんだから普通ネタも違うだろ。良い店じゃないか!」


 武田は炙った太刀魚が旨いと口いっぱいに海鮮丼を頬張っている。

カンパチの油の乗りが尋常じゃないと松井もかなりご満悦である。


「ところで後の二人はどうしてるんだよ」


 松井は無作法にも武田に箸を向ける。


「まだ来てへんから、午後なんと違うかな?」


「そっか。で、武田くんは一か月何してたんだ?」


 松井の質問に武田は、気恥ずかしそうに顔を視線を二人から逸らした。


「彼女に引きずられて、あっちに行ったり、そっちに行ったり……」


「何だよ岡部くんと一緒かよ。良いなあ、みんな楽しそうで」


 武田は松井の言葉で何か勘ぐったようで、目を細めて岡部をじっと見ている。

岡部は何も無いと言って首を横に振った。


「松井くんは、娘さんとの水遊びは楽しくなかったん?」


「娘はずっと楽しそうにしてたよ。だけどさ、娘二歳だから際限が無いんだよ。毎日のように水遊びをせがまれるんだよ。頻度が増えてくるとさすがにね。途中で飽きたよね」


 武田と岡部はしょうがない父ちゃんだと笑いあった。




 下宿に戻ると、焼き鳥で決起会をやろうと言う話になった。

武田は昼過ぎに大須賀と松本の到着を確認しに一度稲妻牧場の下宿へ戻った。


 夕方、串焼き『串浜』に一月ぶりに五人で集まった。

一通り串焼きを頼むと、まずは何を置いても麦酒で乾杯。

まだまだ暑い盛りである。

渇いた喉に冷たい麦酒が染み渡る。


 大須賀は乾杯早々に松井の顔に驚いた。


「松井くん何それ! 真っ黒じゃねえか! 何したらそんなになるんだよ!」


「ここでもそれかよ……娘と水遊びしすぎたらこうなったんだよ!」


「すげえな。あれ? 厩舎には行かなかったのか?」


 松井は『厩舎』という単語が出ると露骨に表情を曇らせた。

 

「行ったは行ったんだけど……ね。居心地の悪さに初日で足が遠のいちまった」


 どうやら大須賀たちも何となくだが松井の境遇の話は聞かされているらしく、あまり深掘りしてはならないという雰囲気になった。


「まあ、卒業したらほとんど縁の無くなる場所だから。気にせんでいいべ」


 松本の慰めに松井は作り笑いをして無言で頷いた。


「卒業といえばさ、卒業後ってどこに赴任するんだろ? 誰か何か聞いてる?」


 松井は四人の顔を見渡したが、大須賀と松本は詳しくは聞いていないらしい。


 東国か西国かは選べるらしいが、その中のどっちになるかはわからないと武田が松井に答えた。

松井がどっちに行くのと尋ねると大須賀と松本は東国と即答だった。

武田も西国と即答。


「岡部くんは決めてないの?」


「そういう松井くんは決めてるの?」


「いや、決めてないね。そうだなあ、岡部くんの選ぶ方に行こうかな。楽しそうだしさ」


 西国以外ない、戸川先生もいるんだしと武田は西国を強く推す。

大須賀と松本は、東国に来い東国の米酒は旨いぞと誘った。

岡部は卒業までゆっくり悩む事にすると笑った。



「そう言えばさ。岡部くん、さっき会長に呼び出された言うてたけど何の用事やったん?」


 小赤茄子の串を食べながら武田が岡部に尋ねる。


「会長所有の竜が中々勝てないから幼竜を見立てて欲しいって」


「それで北国に呼びされるんかいな! 聞きしに勝る暴君やな」


「そうでもないんだけどね。毎回ご褒美に帯広の大宿の来賓室に泊めさせてくれるし」


 その一言に武田と松井が食べている手を同時にピタリと止めた。


「良えなあ。あの大宿は僕も泊まった事あるんやけど、来賓室ってどんなんなんやろ」


 武田が心底羨ましいという目で岡部を見る。

松井も食べかけの串を食べきると羨ましいと呟いた。


「修善寺であれだもんな。正直、大宿のそれも来賓室なんて全く想像がつかんな」


 二人の羨望の視線に若干気まずいものを感じながら、岡部はボンジリを食べ麦酒を呑む。


「来賓室は何もかも最上級って感じだよ。一度泊まれれば一生語り草って感じ」


 岡部のその説明に、松井と武田はくううと悔しさの滲んだ声を発した。


「紅花会の大宿は会派一って有名だからね、俺も純粋に羨ましいよ。一生に一度で良いから泊まってみたい」


 大須賀も話を聞きながら素直に感想を漏らした。


 松本は紅花会の大宿の話は聞いた事が無いらしく、どんな感じなんだと大須賀たちに尋ねた。

松井も武田も大須賀も、まるで自分の会派の宿のような熱量で松本に説明。

福原の宿は有馬からわざわざ湯を引いていると聞くと、今度行った時に泊まってみようと微笑んだ。

すると武田が今度一緒に修善寺に行こうと大須賀と松本を誘った。


「泊まりに行こう、温泉に行こうは良いけどさ、何気に紅花会の大宿って値段も高級なんだよね。来賓室なんて当然値段は最上級なんだろ?」


 大須賀に聞かれ岡部は苦笑いした。


「実はその……毎回会長夫妻がとってくれてるから金額は知らないんだよね」


 羨ましい。

岡部以外の四人が声を揃えて言いあった。


「俺が泊まる時さ、君の名前出したら紅花会さんの会派割が使えたりしないの?」


 松本の発言に大須賀と松井がセコイと大笑いした。


「実は……毎回会長が取ってくれてるから、そういうのも知らないんだよね。今度聞いておくよ」


 岡部が麦酒を飲みながらそう言うと、四人は重ね重ね羨ましいと言って岡部の顔を見て言いあった。


 修善寺の小宿は改修してから大人気で、その御礼だと言って岡部を特別待遇してくれており、実は利用費を取っていない。

最初は飲み食いもタダで良いと言ってくれたのだが、さすがにそれは気が引けると言って、入浴代と食事代だけ支払っている。

大須賀は武田からその事を聞いており、土肥にいる間に絶対に修善寺に行くと息巻いているのだが、まだ実現できていない。



 岡部はうずらの卵の串を咥えながら、浜名湖には行ったのと大須賀に尋ねた。


「行ったに決まってるべ! いつまでもカミさんの般若面拝んでられねえよ!」


 松本もうんうんと頷いている。


「そういえばさ、浜名湖っていえば、ちょっと面白い話を聞いたぞ」


 岡部、松井、武田の三人は大須賀の顔を見た。

岡部は、まさか竜運船の話が広まっているのではと内心恐々としていた。


「止級に国際競争ができるんだそうだ」


「国際競争って、伊級の『竜王賞』や『八田記念』みたいな?」


 武田の問いに、大須賀はそうだと頷いた。


「確か今、止級って特二が最高やったよね?」


「格を上げるんだってよ! 特一に。もちろん賞金もな」


 それは凄いと武田は素直に驚いている。

俺も同じ話を聞いたから、間違いないと思うと松本も言い出した。

 

「時期的なもん考えたら、八月の『海王賞』『潮風賞』か、九月の『満潮賞』か」


 武田の予測を松本は笑い飛ばした。


「『満潮賞』はねえべ。伊級も呂級も重賞始まってるもん。『海王賞』か『潮風賞』だべな」


「そうか! 止級は輸送できへんから、東西で一つづついう感じなんか!」


「そうなったら輸送も何か考えるだろうけどな」


 なるほどねと武田は頷いている。

ただ、止級にこれまで縁の無かった岡部と松井の二人と武田たちの間には少し温度差があった。


「国際競争ってことは、またブリタニスたちが主軸でやるん?」


 武田の疑問に対し大須賀も松本もさあと首を傾げた。


「でもそれはねえんじゃねえか? あいつらは空の三大国で大将面しててえんだろうから」


 大須賀の予測に松本もだろうなと賛同。


「だとしたら、瑞穂、バルサ、デカンでやるん? 盛り上がるんかね、そんなんで」


「国際三冠をちゃんと用意するって事だってよ」


「ほお、三冠いうことは相当賞金上がるって事やん!」


 それは凄いと武田が興奮気味に言うと、大須賀がそうだろうと嬉しそうに麦酒を呑んだ。



 武田たちの盛り上がりを他所に、岡部はじっと考え込んでいる。


「どうした岡部くん? 便所だったら我慢せず行ったらいいよ」


「便所じゃないよ!」


 松井の言葉に岡部は思わず吹き出した。


「いやね、何で急に止級がそんな事になったんだろうって」


「前から決まっていた事でその話が洩れてきたらしいよ」


 大須賀がそう説明すると、松井が岡部にゆっくりと説明を始めた。


 何年か前の事だが、パルサ首長国のスィナン調教師がゴール帝国の『ミニストル賞』に勝った。

主三国の国際競争にその他の国が勝つと願いを一つ聞いてもらえる事になっている。

もちろん公式にはそんな事は言っていないが非常に有名な話である。

その時、スィナン調教師は競走後の取材で準三国の国際地位の向上を求めたのだった。


「準三国って、瑞穂、パルサ、デカンだよね? なんでまた? 自分の国だけでも良いのに」


「その頃は主三国と準三国なんて枠組みも無かったからね。主三国とその他って感じで」


 上期に学科でやったぞと、大須賀が呆れた顔で指摘すると、岡部は少しバツの悪そうな顔をする。


「そうか、それで主三国が瑞穂たちを準三国と枠組みして正式に特別扱いしたって事なんだ」


「主流国入りさせないところが、やり方が(こす)からいよな」


 そういうところは本当にあの国たちは好かんと大須賀が憤ると、松本も賛同した。

 

「つまり、準三国はそれならばと、主三国の介在していない止級を伊級並みに扱って人気競技にして対抗してやろうって事なんだ!」


「あっ、そういう事か! いやあ、そこまでは頭がまわらんかったな」


 大須賀と松井は顔を見合わせて、かなり驚いている。

そういうところは岡部は頭がまわると松本が大笑いした。

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