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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第39話 出雲

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 戸川一家は、岡部の運転で深夜の山陰道高速道を北に向かっている。



 先週、北国から帰った戸川たちはしっかりとお土産を奥さんと梨奈に手渡した。

岡部と戸川で別々にお土産を買い、それぞれに手渡した。

だが奥さんと梨奈は置いて行かれた事にかなりご立腹で、そんなご機嫌取り程度では許してくれなかった。


 熱が出るから車移動じゃなければ連れていけないと戸川は梨奈を宥めた。

それで説得できたと思いきや、奥さんが、こっちは半年楽しみにしていたのにと怒り出した。

岡部も困り果ててしまい、翌週に車でまたどこかに行きましょうと約束。

戸川も渋々、日帰りなら僕も付き合うと言うと二人はやっと納得した。


 数日後、奥さんと梨奈がここに決めたと出してきた旅行誌は出雲大社であった。


 戸川は日帰りで行ける所じゃないと指摘。

だが、早朝に出て深夜に帰っても日帰りだと梨奈が薄い胸を張った。

岡部と戸川は同時に手で目を覆った。

途中運転交代してくださいねと岡部は戸川に頼み込んだ。

戸川も観念して、ため息をついて麦酒を呑み干したのだった。



 山陰道は皇都から下関を結ぶ中国地方の北の海岸線を結ぶ背骨のような街道である。

皇都から瑞穂海までは、とにかく山が峻厳で起伏が激しい。

街道はなるべく直線で整備されているのでなおさらである。


 深夜の二時に出発し皇都で高速道路に乗り、亀山を過ぎ、綾部を通り、田辺の休憩所で一度休憩を入れた。

単純計算で出雲大社のある松江までは片道五時間かかる。


奥さんと梨奈は座席を倒しそれぞれ薄い夏蒲団を掛けて後部座席ですやすや熟睡している。


「何でこないな罰を受けなあかんのやろう……」


「北国に連れて行った方が良かったんでしょうか……」


 夜風に当たりながら缶の珈琲を片手に二人でため息をついた。


「いやあ、連れて行っても出雲は行かせるつもりやったと思うなあ。僕が日帰り言うたのがあかんかったんやろな」


「僕も車と限定したのは失敗でした……さて、喋ってても着きませんから走りますか」


「そやな。次、僕運転するから仮眠しても良えよ」


 やれやれと言い合って飲み終えた缶を捨て、二人は車に乗り込んだ。



 軽く眠り目が覚めると車は鳥取の休憩所に停まっていた。


 時間は朝の五時。

さすがに眠くなったと戸川が言うので運転を交代。

後部座席の二人は完全に熟睡していて起きる気配が一切ない。


 戸川は岡部の使っていた夏蒲団を掛けると、あっという間にいびきをかき始めた。

そこから二時間、岡部は松江まで一気に運転。

高速道路を降りる前に休憩所に寄り朝食を取る事にした。


 目が覚めた梨奈は完全に寝ぼけた声で、ここどこと目をこすりながら言った。

岡部は頭を撫で、松江だよと優しく言ったのだが、その顔は若干ひきつっていた。




 神社の駐車場に車を停め一家は歩いて大鳥居に向かった。

だが大鳥居をくぐったものの社が全く見えてこない。

長い長い真っ直ぐの参道をひたすら歩き、やっと社が見えてきた。


「ねえ、綱ちゃん。びっくりすること教えてあげる」


 そう言うと奥さんは岡部に後ろを見るように促した。


「さっきの大鳥居からここまでね、ほんまは階段やったんやって」


「え? それが本当だったら、今ここ、とんでもない高さになってますけど?」


 奥さんは梨奈とやっぱり知らなかったと笑い合っている。

その態度に岡部はそんなに有名な話なのだろかと首を傾げた。


「そうなんよ! とんでもない高さやったそうなんよ!」


「仮にそれが本当だったとして、台風来たらどうするんです? びっしり階段組んだら風で飛んじゃったりして、社に来れなくなったりしないんですか?」


 奥さんは返答に困って梨奈に助けを求めた。

梨奈も知識としては知っていたが、そう冷静に指摘されると確かに疑問を抱く。


「そやから辞めたんかもね」


 社に着くと、どうやって編んだのか想像もできない超巨大なしめ縄が吊られていた。

参拝を終えて大社を見ると、かなり高床の建物で意匠もどことなく自分の知っている建物と違っている。


「ずいぶん伊勢神宮とは違うんだね。屋根に丸太も乗ってないし」


 岡部の感想に梨奈が笑い出した。


「ちょっ、丸太って! 鰹木(かつおぎ)ね。一本だけ乗ってたけどね。出雲さんはお伊勢さんとは流派が違うから当たり前なんよ。祀ってるのも天照大御神やないし」


「大黒様だっけ?」


「大国主の神様ね。内政全般の神様なんやけどね。毎年十月にここで全国の神様が集まって宴会やるんやって。そやから縁結びの神様でもあるんよ」


 梨奈は岡部を上目遣いで見て少し照れながら説明した。

岡部はそんな梨奈を一瞥すると青空を仰ぎ見た。


「神様たちの宴会かあ。さぞかし旨い米酒と肴がでるんだろうなあ」


「……ちょっと、父さんみたいな事言わんといてよ」



 参拝を終えた一家は出雲大社の境内を出て大通りの商店街をぶらりとした。


 梨奈がその中の勾玉屋に岡部の袖を引き入っていく。

うさぎの勾玉を見て岡部に買ってとねだった。

青と桃の二つを買って貰い青の方を岡部に渡した。



 戸川は、ここに来たらこれやと言って蕎麦屋に入っていった。

割子蕎麦という聞き慣れない蕎麦を注文。

戸川は米酒も頼もうとしたのだが、奥さんに運転はどうするのと叱られ渋々諦めた。


 戸川と岡部は五段のものが、梨奈と奥さんには三段のものが運ばれてきた。

一見すると平たいお椀が重なっていて蓋がしてあるだけに見える。

蓋を開けると蕎麦が盛ってあり山菜が乗っている。

つゆを直接椀にかけ、ずるずると蕎麦を啜る。

一椀目を食べ終え椀を取ると、次の椀には天かすと大根おろしの乗った蕎麦が盛ってある。


「これ面白いですね! わざわざ自分で味変える必要が無くて」


「普通こういう盛り方すると蕎麦は伸びてまいそうなんやけどな。そういう事が無いねんな」


 二つ目の椀を食べ終えると、三段目の椀には生卵が乗っていた。

次が何か非常に気になると岡部は大喜びで食べており、戸川もだよなと言って蕎麦を啜っている。


「かけ蕎麦ともり蕎麦の中間みたいな感じですね」


「これで米酒あったら言う事ないんやけどな」


 四段目は油揚げが乗っていた。

この段階で奥さんは二段目を食べ終え三段目に入っている。

梨奈はやっと一段目を食べ終えた所である。


 最後の椀はとろろ蕎麦であった。

奥さんたちの三段の方は、山菜、大根おろし、とろろであった。

結局梨奈は三段目の前にお腹が一杯になってしまい、代わりに戸川が食べる事になった。


「食事が終わったら『八千鉾』って神饌米酒を買っていきましょうよ」


 岡部がそう戸川に提案すると、奥さんが生姜糖も買って行こうと提案し、梨奈が、ぜんざい、ぜんざいと囃した。



 蕎麦屋を出ると、そのままぜんざい屋に入り、ぜんざいを食べ、お土産のぜんざい餅まで購入。

どういうわけか、蕎麦屋でお腹一杯と言っていた梨奈は普通にぜんざいを完食。

戸川にだったら蕎麦もちゃんと食えと叱られ、それに対し梨奈は甘い物は別腹と反論した。




 車に戻る頃には岡部はすっかり両手が荷物で塞がっていた。

帰りに砂丘に寄るから岡部と戸川は後ろで休んでいてと言って、そこからは奥さんが運転した。

戸川も岡部もお腹が膨れて、あっという間に眠りに落ちた。



 目が覚めると目の前に一面の砂浜が広がっていた。


「砂浜にしては、なんだか色が黄色いですね」


「砂浜やのうて砂丘やからね。多分元の石が違うんやろうね。砂粒の細かさも全然違う気するわ」


 砂を触ろうとすると少し強い風が吹き、奥さんは目に砂が入ったらしく粒が小さいから砂が良く飛ぶと憤った。


「足があまり取られなくて、そこまで歩きにくくないですね」


「ほな、海岸まで行ってみる?」


「いや、最初の丘昇っただけで満足です」



 砂丘を出ると、埃っぽくなったから日帰り温泉に入っていこうと奥さんが提案した。


「なんだかんだ、来ると楽しいもんですね」


 岡部が戸川にしみじみと感想を漏らした。


「ホンマやな。食いもんも旨いしな」


 戸川は湯舟にだらりと体を預けた。


「鳥取は何が旨いんですか? 僕、梨とらっきょうくらいしか知らないんですけど」


 もちろん有名なのはその二つだと戸川は笑い出した。


「後はなんちゅうても海鮮丼やな。烏賊と松葉蟹が絶品なんや。蟹は冬の物やから、今の時期やと白烏賊やろうな。漁協の近くに良い店いっぱいあるそうやからこの後行こうな」


 烏賊という事は米酒だと岡部が言うと、戸川は運転が無ければ最高なんだがと再度笑い出した。


「塩辛とか一夜干しなんかもあったりするんですかねえ。暫く肴に困りませんね」


「それやったら良えもんがあるよ。蛍烏賊って光るちっこい烏賊がおんねん。それの沖漬けが絶品なんやで。旬は過ぎとるけど沖漬けはまだあるやろ」


 ほうと岡部は目を輝かせて戸川を見た。

その岡部の反応を見た見知らぬ温泉客のお爺さんが噴き出して笑い出した。


「小さいって事はそれだけ味も締まってるってことですよね?」


「そうや。干物なんてしゃぶってたらずっと味してるで」


 先ほど笑っていたお爺さんが戸川によくわかってると声をかけてから湯舟を出て行った。

戸川は地元の方のお墨付きだと言って笑い出した。


「梨とらっきょうだけじゃないんですね」


「梨いうたら梨の酒もあるんやで?」


「いやあ、来て良かったですね」



 温泉を出ると海岸の方に向かい、鮮魚市場で買い物をした後、海鮮丼の店に入った。


 岡部が、この後は自分だけで運転できるので呑んでも大丈夫だと言うと、戸川と奥さんは問答無用で米酒を注文した。

岡部はお品書きの中に蛍烏賊の沖漬けを見つけると注文。


「うわあ。蛍烏賊の沖漬けは酒が欲しくなる味ですね!」


 岡部は蛍烏賊の味にかなり衝撃を受けている。


「そうやろう! ちと貰うな。これやこれ! 烏賊の旨さが凝縮しとる!」


 戸川は米酒をぐっと流し込み、くうと喜びの声をあげた。

奥さんも蛍烏賊をつまみ、これは美味しいと言って米酒を呑んだ。


 三人が美味しそうに食べるので梨奈も気になって、そんなに美味しいもんなのと蛍烏賊をつまんだ。

確かに美味しいけど、なんかしょっぱくて、わたがちょっと気持ち悪いと眉をひそめた。

奥さんが、梨奈ちゃんにはまだ早いのよとからかって蛍烏賊をつまむと、梨奈はそれが悔しかったのかもう一匹食べた。

美味しいけどやっぱりわたが嫌だと渋い顔をした。


「そこがええのにな。言うて、うにみたいなもんやん」


 戸川の意見に岡部も賛同だった。

言われてみれば似てるかもと言って、梨奈はもう一個口に運んだ。


「そやろ? そう思ったらそうでもないやろ?」


 そう言うと戸川と梨奈で矢継ぎ早に蛍烏賊を食べ始めた。


「あの……僕、まだ二匹しか食べれてないんですが」


「もう一個、二個頼んだらええがな」


 戸川がそう指摘すると、奥さんが残りを食べおかわりした。




 夕飯を食べ終えると、酔っぱらった奥さんと戸川は後部座席に乗り込んだ。

高速道路に乗ると後部座席の二人はすぐに熟睡。

助手席の梨奈は興奮気味に、学校の事や会報の仕事の事を笑顔で岡部に話した。


 急に静かになったと思い助手席を見てみると、梨奈は話し疲れて寝むってしまっていた。

豊岡の休憩所で一旦車を止め、岡部は三人に夏蒲団をかけた。


 珈琲を飲むと、また漆黒の闇夜に車を走らせた。

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