第99話「助けに行かなきゃ!」
勇者亭厨房……
今日引き受けたダンの仕事は、食器の片付けと洗い物、調理補助である。
そしてゴミ出しも。
ヴィリヤ主従の席から引き揚げたダンは、食べ終わって不要になった料理の皿を回収すると、慣れた様子でピカピカに洗って行く。
元からあった分と合わせると、大変な量ではあったが……
いつも自宅でやっていたのだろう。
素晴らしいスピードで手際が良い。
あっという間に、洗い物は終わった。
次に調理補助。
洗った皿を並べたり、泥の付いた野菜を洗ったりするくらいではあるが。
最後は、ゴミ出し。
このアイディール王国王都トライアンフでは、人間が食べ残した残飯は家畜の餌にする。
連絡すると、専門の『業者』が回収に来るのである。
一連の作業は、これで終わりではない。
汚れた皿が残飯と共に、また厨房へと運ばれて来るから。
ダンが居ない時は、当たり前だが店主のモーリスが調理をする傍ら行う。
なので、今日は助かる事この上ない。
「悪いな、ダン」
「いやいや、こんなのお安い御用さ」
ニーナの夫になった事もあって、モーリスはダンにより親しみを感じる。
一旦、提案して断られてしまったが、ゆくゆくは「勇者亭を譲りたい」と思っている。
と、その時。
「大変! 大変だよ~、ダ~ン!!!」
血相を変えたエリンが厨房へ飛び込んで来た。
「どうした?」
「クラン炎がぁ! チャーリー達が居なくなったって!」
「何!」
ダンが叫んだ。
モーリスも驚いて、調理の手を止める。
丁度、リアーヌも厨房へ戻って来た。
「お疲れ様です! また、オーダー入りましたよぉ」
入って来たリアーヌに、エリンが飛びつく。
感情が、相当高ぶっているようだ。
「リアーヌぁ!」
「え? エリン姉、ど、どうしたの?」
驚いたリアーヌが尋ねると、エリンの目が潤んでいる。
「チャ、チャーリー達がぁ! 居なくなったぁ」
クラン炎に、何かがあったのだろう。
それも、エリンの慌てぶりはただ事ではない。
「えええっ? ど、どうして?」
「人喰いの迷宮で行方不明になったって!」
「え!? 人喰いの迷宮!?」
エリンの言葉を聞いたリアーヌは、亡き兄の事が過る。
抱き合うふたりの嫁を見て、ダンがゆっくりと言う。
「エリン、……落ち着いて詳しく話してみてくれ」
同時にダンは、興奮したエリンへ、鎮静の魔法を掛けた。
そしてようやくクールダウンしたエリンに対して、改めて説明をするよう求めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……エリンは、先程冒険者クランから聞いた話を包み隠さず話した。
「人喰いの迷宮……それってお兄が死んだ迷宮です」
リアーヌは、記憶が呼び覚まされているらしい。
辛そうな顔をして、俯いてしまった。
ダンも、リアーヌの心の中を察し、軽く息を吐く。
「そうだったな……」
リアーヌの兄が亡くなった迷宮……
嫌な予感……
エリンの胸には不安が、黒雲のように湧き起こる。
「じゃ、じゃあ、チャーリー達は!」
「う~ん、状況が分からないから、はっきりとは言えないが……良いとはいえないな」
ダンは、唇を噛み締める。
傍らで、話を聞いていたアルバンも頷いている。
「うむ、人喰いの迷宮なら、確かに冒険者の間では噂になっているようだぞ。店でも良く聞く話題だ」
こうなれば、やる事は決まっている。
エリンは、きっぱりと言い放つ。
「ねぇ! ダン、助けに行こうよ! チャーリー達はエリンの仲間だ」
僅かな時間の共有ではあったが、エリンはチャーリー達と心の絆を結んでいる。
このまま、見捨てるわけにはいかなかった。
「私も、助けて貰いました」
リアーヌもエリンと同じ。
たちの悪い冒険者に拉致されそうになった時、真っ先に立ち上がってくれたのはクラン炎なのだから。
恩人である彼等を、助けたいという気持ちが強くなっていた。
嫁ふたりの、切ない眼差しを受けたダンも、全く同じ気持である。
チャーリー達クラン炎は、大事な友であり仲間なのだ。
「……ん。とりあえず、もう少しはっきりした事実確認をしよう」
事実確認?
エリンが、もどかしそうに尋ねる。
「どうするの? エリンへ話してくれたクランに、もう一回聞く?」
「いや……チャーリーが受けた依頼なら、冒険者ギルドが一番状況を把握している筈だ。だからギルドへ行く。マスターのベルナールさんか、サブマスターのイレーヌさんに聞いて確認しよう」
やはり、ダンはちゃんと考えている。
エリンは嬉しいと同時に、気が急いて堪らない。
リアーヌも同じようである。
「そうだよね、ダン! 今すぐ、すぐに行こうよ!」
「ダンさん!」
嫁ふたりの『お願い』に、ダンも頷く。
「ああ、あまり時間を置くと良くない。これからすぐに行こう。……アルバンさん、褒めて貰ったばかりで申し訳ないが……」
ダンは、アルバンを気遣っていた。
勇者亭は、相変わらず忙しい。
ここで抜ければ、結構な負担をかけるのは目に見えていた。
しかし、アルバンもエリン達と同意見。
馴染み客であるクラン炎——彼等は不器用だが、心優しい若者達である。
まるで、若い頃の自分だ。
どうか無事であって欲しいと、心の底から祈っている。
「ああ、すぐに行ってくれ! 俺からも頼む」
ここで、ダンが指示を出す。
リアーヌの気持ちを、慮った上での決断だ。
「了解! じゃあ、エリン、すぐ出るぞ。それとリアーヌ、申し訳ないがお前は冒険者じゃない。確認が終わったら勇者亭へ戻るから……悪いがアルバンさんと仕事をしながら待っていてくれ」
リアーヌは、聡明な少女である。
兄が亡くなった時もそうであったが、自ら助けに赴きたい気持ちはある。
しかし、体術も魔法も使えない自分が同行しても、何も出来ない。
却って足手まといになる事は明らかであった。
ダンの家族になった今、自分が貢献出来る事……
それは、はっきりしている。
「わ、分かりました!」
リアーヌは「にっこり」笑うと、大きく頷いていたのであった。
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