第98話「行方不明」
「お待たせしました!」
「おう、リアーヌ、ありがとう」
ダンはまだ、ヴィリヤ主従の席に座っていた。
今日、ふたりに生まれて初めての『昼飲み』をして貰う為だ。
『郷に入っては郷に従え』という諺を聞いたヴィリヤは早速実践してみる事にしたのである。
リアーヌが持って来てくれた酒は、ダンがエール、ヴィリヤとゲルダは赤ワイン。
赤ワインは、例の『ふるまいワイン』である。
ヴィリヤは酒の飲み方に一家言あるが、酒自体は嫌いではない。
但しとても弱く、少し飲んだだけですぐ酔ってしまう。
家で飲むのは、それが主な理由でもある。
なみなみとマグにつがれた赤ワインを見て、ヴィリヤは「ごくり」と喉を鳴らす。
「美味しそう!」
「うふふ」
主が目をうるうるさせるのを見た部下のゲルダも、つい微笑ましくなった。
リアーヌはダンに引き留められ、まだテーブルの傍らに立っていた。
「ああ、丁度良い。リアーヌを紹介しておこう」
「先程、ご挨拶はしましたけど……改めまして、ダンの『妻』でリアーヌです」
先程の挨拶は、英雄亭の従業員として。
今の挨拶は、正式にダンの妻としてのものだ。
「…………妻」
「…………」
小さく呟いたヴィリヤを、ゲルダは無言且つ複雑な表情で見つめた。
主の心情が、手に取るように分かる。
『ダンの妻』という響き。
今、ヴィリヤが渇望する憧れ。
目を見開くヴィリヤへ、ダンの言葉が追い打ちをかける。
「俺の妻は、エリンとリアーヌのふたりだ」
「…………」
「…………」
ダンの口から、はっきり出た事実。
ヴィリヤ主従は、つい無言になってしまった。
しかし、ダンは淡々と告げる。
「と、いうわけで乾杯しよう。じゃあ、リアーヌ、すぐ戻る」
「はいっ!」
リアーヌは手を振って、厨房へ戻って行く。
その姿は、幸せに満ち溢れている。
ヴィリヤは、羨ましくて仕方なかった。
「じゃあ、ヴィリヤ、ゲルダ、乾杯するぞ」
「は、はい!」
「了解!」
3人は、陶製のマグを合わせた。
陶器と陶器の触れ合う、乾いた音がして乾杯は為された。
ダンは、「ぐいっ!」
ゲルダは、「ごくり!」
……ヴィリヤは恐る恐る口をつけ、ひと口だけ「こくり」と飲み込んだ。
「おお、美味いな!」
ダンの呼びかけに対して、すぐ答えたのはゲルダである。
「美味しいです」
そしてヴィリヤはというと、綺麗な目を丸くしている。
美味しいのだ、たまらなく。
「美味しい!」
嬉しそうなヴィリヤを見て、ダンも笑顔になる。
「ははは、酒が美味いのはしっかり働いた後だからさ。さっき彼等が言っていた通りだろう?」
「しっかり働いた後……うん! 分かったわ、ダン。労働後のお酒って美味しいのね」
ヴィリヤは、嬉しかった。
先程の、リアーヌに対する羨ましさも忘れるくらい。
この酒は、働く事の意義を再確認させてくれたからだ。
そして、ダンが教えてくれた事が尚更嬉しかったのだ。
「さてと」
ダンはエールを飲み干すと、立ち上がった。
「え? どこへ行くの?」
「リアーヌから聞かなかったか? 俺は仕事中さ、この格好を見ても分かるだろう?」
ダンは、自分の服を指さした。
調理人が着る、典型的な作業着である。
「それって……」
「ああ、これから片付けと皿洗いだよ」
「片付けと皿洗い!? 勇者が!」
ヴィリヤは、吃驚してしまった。
不可解だった。
『勇者』であるダンが、使用人がするような仕事をしているからだ。
莫大な報酬だって、きっちり受け取っているだろうに。
しかし、ダンは唇に指をあてる。
ヴィリヤの声が、つい大きくなったから。
「こらこら、俺は『違う』って言ったろ。それに自宅じゃ家事なんて普通にやっているんだ。じゃあな」
微笑んだダンは、先程のリアーヌのように手を振って、厨房へ引き上げて行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方のエリン……
宿敵ヴィリヤの事は、気になる。
しかし自分は、れっきとしたダンの妻である。
厳然とした事実だ。
そう思えば、『もやもや感』がまぎれる。
「お待たせ~」
エリンは、ある冒険者クランの席にエールを運んだ。
先日、顔見知りになった若者達である。
この前、自分が『ダンの妻』だとはっきり伝えてあるので、二度と口説かれはしない。
しかし、若者達はエリンに気安く声をかける。
一応、お約束なのだ。
「おお、エリンちゃん、ありがとう!」
「いっつも可愛い~」
「癒される~」
「ありがとう!」
エリンも、もう慣れたもの。
若者達の誉め言葉に対し、手を振って応える。
そのうちのひとりが、いきなり尋ねて来る。
「エリンちゃんも冒険者だっけ?」
「そうだよ、ランクD」
エリンが「さらり」と言うと、若者達は感嘆する。
ランク=実力だからだ。
ちなみにランクDは中級レベルの冒険者と認識されていた。
エリンを、見る目が違って来る。
「すっげぇなぁ! 俺達なんかまだランクEなのに」
「ホント、ホント」
「強いんだ」
「ん、ぼちぼち……かな」
「うおい! 謙遜だなぁ! そういえば今、冒険者の中で噂になっている迷宮があるんだよ」
噂?
迷宮?
エリンは何故か気になったので聞き直す。
「噂になっている迷宮?」
「そうそう! 人喰いの迷宮」
人喰いの迷宮?
若者が答えた迷宮の名前は、とんでもない名前だった。
エリンは僅かに顔をしかめる。
「うっわ! 怖そう……」
「そう、すっげぇ怖いんだ。まあ迷宮が人を食べるんじゃなくて、入った奴らが戻って来ないのさ。最近も、クラン炎が行方知らずになったんだよ」
クラン炎!?
聞き覚えのある名前だ。
エリンは、つい声が大きくなる。
「え? クラン炎! それってチャーリー達だ!」
「お! エリンちゃん、顔が広い! チャーリー達と知り合いなのかい?」
「そんな事良いから、教えて! クラン《フレイム》の事、詳しく教えて!」
エリンの目が、とても真剣になっていた。
「必ず戻る!」
答えるチャーリーの声が、エリンの頭の中で、大きく響いていたのであった。
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