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第97話「エルフの反省」

「こらっ、そこのくそエルフ!」


「ふざけるなよっ!」


 己の価値観しか見えないヴィリヤが、自ら踏んだ『地雷』が爆発。

 勇者亭の店内に、客の怒号と殺気が充満した。


「昼間、酒を飲んで何故悪い! 俺は真夜中に仕事をしているんだ。勇者亭で一杯飲んでからぐっすり寝る。そしてまた仕事なんだ」


「そうだ! よ~く聞け、アホエルフ。仕事への活力の為に、俺達は酒を飲んでいるんだよ!」


「そうだ、そうだ! 俺なんか2週間ず~っと昼夜休みなしで働いていたんだ。また今夜半から仕事だよ。今、少し飲むくらい何故悪い!」


 しかし、ヴィリヤも気が強い女子である。

 簡単には負けなかった。


「そんな事、私には一切関係ありません。あなた方も客なら私もお客。周りへの迷惑を考えるようにという忠告です」


 時と場合によっては、正論かもしれない。

 しかしこの勇者亭では、言い掛かりでしかない。


 客達の、怒りのボルテージは上がって行く。


「いらね~よ、そんな忠告!」


「余計なお世話だ、馬鹿エルフ」


「何ですって! そもそも、あなた方が……」


 拳を振り上げて、客へ反論しようとしたヴィリヤ。

 と、その時。

 

 ヴィリヤの発する言葉が、突然途切れる。

 ダンが『沈黙』の魔法を使ったのである。


 無言となったヴィリヤの言葉を継ぐように、ダンが叫ぶ。


「皆さん、申し訳ない!」


 大きな声で謝る調理服姿のダンに、店内の注目が集まる。


「いろいろ行き違いがある。ここは俺が謝罪するから許して欲しい」


 店内には、一瞬の沈黙が訪れた……

 しかし!


「ふざけるな!」


「そのエルフに土下座させろ! ごめんなさい、もうアホな事は二度と言いませんと、しっかり謝罪させるんだ」


「いくら、ダンが謝っても駄目だあ!」


 再び、客達の怒号が満ちる。

 彼等の怒りは、収まっていないようだ。


 大喧噪の中、ダンは動じていない。

 深く頭を下げる。

 暫し経って顔を上げると……今度はにこやかな表情で店内を見渡した。


「まあまあ、皆さん、落ち着いて! 暴言のお詫びにこちらのエルフ女性から高級ワインの大樽を提供します」


 興奮状態な客達の耳へ、喜ばしい提案が入る。


「えええっ!」


「提供って? タダで?」


「おいおい! 飲み放題って事かあ?」


 勇者亭へ来る客は、『量をたくさん』飲みたい客が殆どだ。

 その為に、安い酒を何杯も飲む。


 だが、無料で上質の高級ワインが飲める?

 それも好きなだけ?


 爆発寸前だった客達の怒りは、何とか鎮まった。

 更に、ダンの言葉が彼等の機嫌を180度変えてしまう。


「ええ、最後の一滴まで飲み干して下さい。大樽が空になるまで、皆さんで思う存分に飲んで下さい」


「大樽だって? うおお、やったぁ!」


「それもタダだぞ、徹底的に飲むぞ!」


「ワイン! ワイン!」


 勇者亭の空気は、一変した。

 殺伐とした雰囲気が、がらりと変わってしまったのだ。


 魔法の発動により、言葉を奪われて立ち尽くすヴィリヤ。

 危ない発言をして、襲われそうになった主を守ろうと立ち上がりかけたゲルダ。


「固まった」ふたりの女子エルフの前で、ダン、エリン、リアーヌはハイタッチをしていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 勇者亭の雰囲気は元に……

 否、ヴィリヤが店に入る前以上に、にぎやかになっていた。

 客達は、『ヴィリヤのふるまい酒?』で、楽しく嬉しそうに楽しんでいる。


 エリン、リアーヌ、アルバン、そして他の従業員の少女達はてんてこ舞いだ。

 ただで酒を飲めると知って、浮いた金の分を食べようと『料理の大量オーダー』が入ったからである。


 一方、ヴィリヤの言葉は……まだ戻って来ない。

 怒りの収まらない、ヴィリヤの『口撃』により、引き起こされる『2次被害』を防ぐ為である。

 ダンが発動した沈黙の魔法は、まだ解除されていないのだ。


 無理矢理椅子に座らされたヴィリヤは、不機嫌さを隠そうとせず、頬をリスのように膨らませている。


 片や、部下のゲルダの方は、さすがに事態を把握していた。

 乱暴なやり方であるが、『勇者亭大爆発』を阻止する為には火元のヴィリヤを抑えるしかなかったからだ。

 なので素直に礼を言う。


「ダン、ありがとう」


「いやいや、大した事ないさ。客にふるまう大樽ワインは俺がおごるよ」


「御免ね……」


「ああ、全然問題ない」


 ダンは、感謝しきりのゲルダへウインクする。

 そして、向き直って口を尖らせるヴィリヤを見つめた。

 自分をみつめるダンの優しい眼差しを受けたヴィリヤは、徐々にクールダウンして行く。


「おう、ヴィリヤ。落ち着いたか? もしも冷静に話せるなら魔法を解くが、どうだ?」


 ヴィリヤが小さく頷いたので、ダンは魔法を解いてやる。

 しかしヴィリヤは気まずいのか、すぐに言葉を発する事はなかった。


「…………」


 黙り込んだヴィリヤへ、ダンは優しい口調で諭す。


「ヴィリヤ、いい加減にクールダウンしろよ。これ以上興奮しないで聞いてくれ」


「…………」


「さっき王宮で俺は言ったな? 世間はお前を中心に回ってはいないって」


「…………」


「お前以外、誰でもそれぞれ個別に事情がある。価値観も考え方もたくさんある」


 ヴィリヤが、ようやく反応した。

 先程、ベアトリスとの謁見前にダンと交わした会話を思い出したようだ。


「た、たくさん?」


「ああ、そうだ。もう一度言おう。お前以外、誰でもそれぞれ個別に事情がある。価値観も考え方もたくさんある」


「む~っ……」


「ヴィリヤ、お前、郷に入っては郷に従えってことわざを知っているか?」


 ヴィリヤが首を横に振ったので、ダンはゆっくり説明する。


「人間の国の王都へ来て、習慣も考え方も違う中でお前は王宮魔法使いとして頑張っている」


「…………」


「お前はこの国で暮らしてみて、エルフと人間の様々な面での違いを実感している筈だ。だが結果的には、エルフのやり方だけを通さず、ちゃんと上手くやれている」


「…………」


「郷に入っては郷に従えというのは、違う環境に居る際はその場所のやり方に合わせろという意味さ」


「…………」


「お前は王宮魔法使いとして、アイディール王家と立派に折り合いをつけている。……やれば出来る子なんだよ」


「う、うん……」


「この店も同じさ」


「同じ……なの?」


「そう、同じだ。この店は最初から酒を飲んで楽しむという目的で営業している。王国に許可を取っているから、飲む時間も量も関係ない。飲み過ぎはさすがにまずいが、そりゃ自己責任って奴だ」


「…………」


「そんな店で、酒を飲むな! なんて横暴な話だろう? お前に聞こえたかもしれないが、夜通し働いて、この店の酒で疲れを癒す人も居るからな」


「…………」


「例えば……お前が徹夜で働いてひと息つきたい。自宅でひとり、ハーブティを飲んで身体を癒したい。同じく王都でひと晩中働いた者が、この店に来て仲間と一杯の酒を飲んでくつろぐ……どう違いがある?」


「…………」


「確かにお前の意見も、正しい部分はある。酒の飲み方は個人の自由だけど、他人に迷惑をかけるような飲み方はいけないし、犯罪は論外だ。時と場所を考えた方が良いというのは正論だな」


「うん……」


「よし、納得したようだな! お前は聡明な子だよ。またひとつ勉強になったじゃないか」


「はい! 分かりました。御免なさい……ダン、そして、ありがとう!」


 笑顔になったヴィリャの表情からは、完全に険が取れていた。

 大好きな先生に教わる、素直な女子生徒のような趣きになっている。


 もう確定!

 と、ゲルダは思う。

 ダンにぞっこんのヴィリヤは、一生彼から離れないだろうと。


「運命……かもね」


 ゲルダはそう言うと、目の前のテーブルを指で軽く叩いたのであった。

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