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第92話「生きる希望」

 ダンの、ベアトリスへの謁見……

 いや……ふたりの『懇親会』は終わった。


 やむなく終わったという感があるのは、謁見時間が1時間きっちりに限定されていたから。

 

 なので、ベアトリスはがっかりした表情を隠さない。

 「楽しい時間はすぐに終わる」とちまたで言われるのは本当だと、つくづく実感していた。


 まもなくヴィリヤ、そしてパトリシア&侍女達が戻って来る筈である。

 ベアトリスは、残念そうにため息をつく。

 

「はぁ~、あっという間に、楽しい時間の終わりが来たわ……でも私が巫女になってから最高の1日だったかも」


 しかし、ダンは首を横に振る。


「最高の1日? 果たしてそうか? 俺との雑談なんて全然大した事ないぞ。これからベアトリスには、もっともっと楽しいイベントが待っているじゃないか」


「ええっ? それって……私が貴方のお嫁さんになるって事? 確かに……凄く楽しみだわ!」


 ベアトリスは、うっとりしている。

 何となく好意を持っていた相手に、どんどん気持ちが傾いて行く。

 恋に落ちるという甘美な味わいを、この薄幸な王女は初めて味わっていた。


 一方、ダンはというと微笑んでいる。

 確かにベアトリスは嫌いじゃないし、可愛い。

 王族らしからぬ性格も好きだ。

 だがもっと、相応ふさわしい相手が居ると思う。


「いや違う……相手が俺じゃなくて、ベアトリスに超イケメンの彼氏が出来るって意味だよ」


「ええっ!? 私、相手がイケメンじゃなくても良い。……価値観が合う優しい人が好きだから……やっぱりダンが良いかな」


「あのな……それって、俺が不細工って事かい?」


「うふふ、違うわよ。ダンは強くて恰好良いから」


 ベアトリスは10歳で巫女になった時、同時に視力を失っている。

 だから、ダンの顔は知らなかった。

 

 しかしダンの物言い、雰囲気、そして魔力波オーラから……

 何となく優しくて、強いフィリップ兄に近いと思う。

 

 もしくは……

 視力を失う前に、本で読んだ物語に描かれていた、挿絵の美しい王子様みたいかもしれない。


 でも……はっきり言って、顔などどうでも良い。

 ダンは、自分に生きる勇気をくれたから。

 真摯な誠実さが伝わって来るから。

 ベアトリスにとっては、それが最高の男子の条件——強くて格好良いというのはその比喩なのだ。


「そうかぁ? 俺、召喚された時に、ヴィリヤから散々『不細工』って言われたものな」


 ダンがしかめっ面をして言うと、ベアトリスは悪戯っぽく笑う。


「ヴィリヤか……あの子……貴方に対して熱い魔力波オーラを出していたわ。貴方の事が……好きなのね?」


 ベアトリスは、他人の魔力波オーラによる感情も読む事が出来る。

 ヴィリヤは、今の自分と同じ波動を出していたと思う。


 しかし、ダンは首を傾げる。


「さあ……どうかな?」


 ベアトリスには分かる。

 ダンが否定しても、ヴィリヤは彼の事が好きなのだ。

 

 しかしエルフと人間という種族の違い、いずれソウェルを継ぐという身分、婚約者が既に居るという立場の違い。

 諸々の足枷(あしかせ)により、ヴィリヤが悶え苦しんでいるなど知らない。

 

 今、始まったばかりである、ベアトリスの恋。

 まだ辛さを感じない、淡い恋心である第一段階だから。


「うふふ、決めた! 私、貴方が居ない時にヴィリヤと恋バナしちゃおう」


 恋したベアトリスは、自分がどんどん盛り上がるのを感じる。

 ダンは一応、ブレーキをかけておく。


「あのな……念の為に言っておくけど……」


「何?」


「俺の嫁になるのなら、ベアトリスの身分は関係ない。順番で第三夫人以降が確定だぞ」


「全然構わない! ダンが大事にする子達だもの。良い子達だろうし、私……仲良くするわ!」


「ああ、そうしてくれ。後、これも言っておく。厳しい言い方だが、俺と結婚するのは魔族と結婚するくらい覚悟が要る」


 ニーナの時同様、ダンは『酷い冗談』を告げた。

 そうしておかないと、エリンの正体が判明した時に誤解を招きかねない。


「それって……」


「ああ、それくらいの深い想いと覚悟が必要だって事さ。僻地の不自由な暮らしも含めて、けして良い事ばかりじゃない」


 ダンは、ベアトリスの夢に『現実』というスパイスを効かせた。

 幸せと苦労は、表裏一体なのだから。

 あまり暴走せずに、表裏両方見極めて欲しいというダンの願いである。


 恋していても、ベアトリスは聡明な少女だ。

 ダンの言う意味を、ある程度理解したようである。


「……分かった! でもダン、ありがとう! 私、本当に生きる張り合いが出て来たわ」


「ああ、どうしても貰ってくれる人が居なかったら、覚悟を決めて来い。残りものの俺がしっかり受け止めてやるから」


「うん! うんっ!」


 こうして、ベアトリスは密かに覚悟を決めた。

 創世神の巫女は、いつの日にか「勇者ダンに嫁ぐ!」と決意したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 やがて……

 ヴィリヤとパトリシア達は戻って来た。


 戻って来た全員が驚いた。

 巫女になってから、表情が暗かったベアトリスが……

 溌溂はつらつとしているからである。

 

 表情も謁見前とは大違い!

 ベアトリスはあふれんばかりな、満面の笑みを浮かべていた。


 王女お付きの他の侍女達を別室に下がらせたパトリシアへ、ベアトリスは宣言する。


「うふふ、パトリシア。私、これからも頑張る! ダンと一緒に世界の平和を守るわ!」


 先ほどまでとは全く違う。

 あるじの急激な変貌に驚いたパトリシアは、何故なのかその原因が知りたい。

 失礼とは思いながら、急に明るくなった理由を聞かずにはいられなかった。


「んまぁ! ベアトリス様。いきなり、ど、どうなされたのですか?」


「どうなったって……うん、私はとっても元気が出たの。ダンが思い切り元気にしてくれたのよ」


「そ、それは! ど、どうしてでしょう?」


「秘密!」


 ベアトリスは内緒だと言って、具体的な理由を言わない。

 パトリシアは首を傾げる。

 

 ダンが元気にした?

 意味が全然分からない。


「不可解ですね、いきなり」


「パトリシア、不可解って何?」


「不可解は、不可解です。いきなりそのような……お元気におなりになるなんて」


「失礼ね! 私が元気になっちゃいけないみたい。ダン、いざという時には頼むわね」


 口を軽く尖らせたベアトリスは、ダンに話を振った。


 表現だけでいえば、『神託が出たら受けて欲しい』という意味に取れなくもない。

 さすがのベアトリスも、「王女である自分が、将来ダンの嫁になる」などとは言えなった。


 一方のダンも、素知らぬ顔でOKする。


「了解だ」


 謎めいた会話に、パトリシアの心配、そして妄想は膨らんで行く。


「むむむ……まさか、勇者殿、ベアトリス様へ不埒ふらちな真似を!」


「してないって! 指一本触れてね~よ」


 ダンが即座に否定すると、ベアトリスは満更でもないように言う。


「うふふ、残念ね。私は待っていたのに。抱きしめてキスくらいしてくれても良かったわ」


「ベベベ、ベアトリス様ぁ!!!」


 ダンとベアトリス主従の会話を、ヴィリヤは黙って聞いていた。

 戻って来て、ベアトリスの顔を見たら、すぐに分かった。

 ダンを熱く見つめるベアトリスの顔つきが、『恋する乙女の表情』になっている事を。


「…………ぶ~」


 オミットされて、ただでさえ悪かったヴィリヤの機嫌は、益々悪化して行く。

 嫉妬という、どろどろとした感情が、ヴィリヤの全身をいっぱいに満たしていたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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