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第91話「王女の居場所」

 ダンの言葉を聞いた、ベアトリスの表情は明るい。

 明るさの原因は『憧れ』と『祝福』。

 

 『大事』という言葉の持つ重み。

 すなわち、ダンから『大切な女』とされる憧れと、『愛すべき女』を得たダンへの素直な祝福。

 

 果たして……

 自分は、そのような素晴らしい男性を得る事は出来るだろうか?

 否、出来ないだろう。

 

 寂しく且つ辛く思いながら、ベアトリスは無理やり笑顔を向ける。


「わぁ! それはおめでとう!」


「ありがとう! 俺は彼女達のお陰で、生きる張り合いが出来たんだ」


「うふふ、良かったわね」


 ベアトリスが祝ってくれたのを見て、ダンも「ホッ」とする。

 もしも自分がベアトリスの立場だったら……

 このように祝辞が言えるのか、自信が持てない。

 

 だが、目の前のベアトリスは優しい微笑みを浮かべていた。

 

 ダンは改めて思う。

 確かめなければならない事があると。


「ひとつ聞きたい」


「何?」


「俺はベアトリスの神託通り、悪魔王を倒した。その悪魔王以外に災厄の予感はするのか?」


「いいえ、全く無いわ」


「……やっぱりな」


 即答したベアトリスに、ダンは苦笑した。

 そして、同時に確信する。

 やはりダークエルフの怖ろしい呪いなど、存在はしなかったのだと。


「一体どうしたの?」


「世の中で、多くの人々に、絶対に常識だと信じられているものが……」


「え?」


「必ずしも、真実ではない事もある。良~く分かったよ」


 ストレートに、ダークエルフであるエリンの話をするわけにはいかない。

 創世神の巫女である、ベアトリスには尚更だ。


 片や、ベアトリスにはダンの真意が分からない。

 言っている言葉の意味は、何とか理解出来るが……


「へぇ! ダンにしては深い事を言うのね」


「おお、俺にしてはか? ははは……確かにそうかもな」


 曖昧(あいまい)に笑うダンを、ベアトリスは何故か追及しない。

 それよりベアトリスは、やはりというかダンの生活に興味があるようだ。


「ところで……ダンはお兄様の直轄領、ラーク村に住んでいるのよね?」


「いや、俺は直接ラーク村には住んでいない。村から少し離れた一軒家に住んでいるんだ」


 ラーク村とは、ダンの監視役を務めるアルバート&フィービー夫妻が住む村だ。

 ベアトリスの言う通り、宰相フィリップの直轄地なのである。


「村から離れた一軒家? ふうん……どんな暮らしをしているの?」


 ……ダンは、いろいろと話をした。

 朝早く起きて動物と戯れ、畑の手入れをして草原や森で日々の糧を得る……

 美しい自然の中で、つつましく暮らしていると。

 

 聞き終わったベアトリスは、大きなため息をついた。


「何か、良いなぁ……のんびりしていて……」


「いや良いところばかりじゃないぞ、この王宮より不自由な部分の方が断然多い」


「不自由?」


「そうさ。侍女なんて居ないから、自分の事は自分でする。王都みたいに店もないから、買物だって難儀する。だから自分で作れるものは作る。」


「そうなんだ……でも……聞いていれば空気は良いし、身体には良さそう。それに食事も美味しいでしょうね」


「ああ、空気だけは保証する。食事は王宮よりだいぶ質素だろうが、俺は美味いと思う」


 ダンの話を聞いて、夢見る乙女になっていたベアトリスだが、「ふっ」と真剣な顔付きに変わる。


「……ダン、あのね」


「ん?」


「今の私みたいな女でも……ぜひお嫁に欲しいって貴族が居るの」


 王女のベアトリスを、嫁として迎える。

 その意図は、して知るべしであろう。

 アイディール王家と縁戚になるのは勿論、創世神の巫女をめとるという超ステータスが得られるのだから。


「そりゃそうだろう」


「でも、目的がみえみえだわ。それに私への愛情なんか全然無い……単なる王女として嫁ぐ以上に、完全なお飾りの妻になるのよ」


「…………」


 確かに、ベアトリスの言う通りだろう。

 だけど本当に、ベアトリスを愛してくれる相手が出現すれば……

 

 ダンは切に願う。

 彼女を真剣に愛する誠実な男性が現れる事を。

 しかし、さすがに言葉には出せなかった。


 そんなダンの気持ちを読み取ったのか、ベアトリスは震える声で言う。

 急に不安が押し寄せて来たという声だ。


「ね、ねぇ、ダン、私……怖い」


「…………」


「私は今創世神様の巫女だから、生きる張り合いがある。使命があるから貴方にも励まして貰って、こうして前向きになれる」


「…………」


「でも……私がもしも巫女ではなくなったら……神託が受けられなくなって……それなのに、身体もずっとこのままだったら……」


「…………」


「私の居場所が……なくなるわ」


「居場所……か」


「ええ、お兄様も私をかばえなくなったら……私は好きでもない貴族と結婚させられて、ただ無為に日々を過ごす事になる。私の立場では政略結婚という国益の為に、修道院へ入る事さえも許されないでしょう」


「…………」


「…………どちらにせよ、ダン……貴方にも会えなくなる、凄く寂しくなる……お兄様以外に……こんなに分かり合えたのは……ダン、貴方が初めてだから……」


「…………」


「私……巫女でなくなったら、どこか遠くへ行きたい。誰も私の事を知らない土地へ……その土地で全く違う私になって暮らしたい」


「…………そうか」


 ダンは思う。

 人間は誰しも、前向きに生きる為には『心の支え』が必要だと。

 そして何か不安があっても、心の拠り所があれば強くなれる。


 ベアトリスには……今、そのどちらもない。

 絶望という底なしの淵に、片足をかけている。

 だからダンは、つい言ってしまう。


「もしも……」


「え?」


「もしも行くところがなければ……俺のところへ来い。理由を話して、フィリップ様には俺からお願いする」


 衝撃的ともいえるダンの言葉。

 ベアトリスは、目を丸くして吃驚してしまう。


「え、えええっ? ダンの所へ!?」


 驚いているベアトリスへ、ダンは念を押すようにして言う。


「もしも! 万が一! の場合……だけだぞ、あくまでも」


「もしも? 万が一? の場合……だけ?」


「そうだ! フィリップ宰相ばりの超イケメンで、ベアトリスを真剣に愛してくれる相手が現れれば……今の話は一切無しだ」


 ダンの言葉は、思い遣りに溢れていた。

 そう、ダンは作ってくれた……

 将来への不安と絶望が襲っていたベアトリスへ、『最終の避難場所』を作ってくれたのだ。


「……うふふ、ありがとう……本当にありがとう、ダン!」


 ダンへ、何度も言う礼の言葉には……

 ベアトリスの、心の底からの感謝の気持ちが、いっぱいにこもっていたのである。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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