第90話「王女の本音」
恨めし気に視線を向けながら、ヴィリヤとパトリシアは下がって行った。
王女ベアトリスは余程、ダンと内密の話をしたかったのだろう。
パトリシアへ命じて、両隣5部屋の人払いをするといった念の入れようであった。
ダンとふたりきりになって、車椅子に座ったベアトリスは耳をすませた。
視力を失った代わりなのか、ベアトリスの聴覚は著しくアップしているらしい。
どうやら、人の気配はなかった。
忠実なパトリシアは、命じられた通りにしてくれたようだ。
「ダン、ちゃんと人払いされている? 貴方も確かめて」
ベアトリスは、結構慎重な性格であった。
ダンにも、索敵の魔法を使うように念を押したのである。
「ああ、大丈夫ですよ」
ダンは一応索敵魔法を使うが、やはり何者も居る様子がなかった。
ベアトリスは、やっと満足したようである。
「うふふ、初めて貴方と思い切り話せるわ、周りに気兼ねなく」
「確かにそうですね」
ダンが返事をすると、ベアトリスは急に思いつめた表情をした。
「ねぇ、ダン……いきなりだけど……私」
「…………」
「生きていて、何も楽しみがないの」
唐突ともいえる、ベアトリスのカミングアウト。
彼女の心の内を知っているダンは、悲痛な告白に対し、返事のしようがなかった。
「…………」
「ねぇ、ダン聞いて頂戴。今日はお互いに本音で話しましょう」
本音で話す……
ここまで言うベアトリスは、相当ストレスが溜まっているようである。
ダンとしては、愚痴を聞いてやる以外にはない。
「構わないですよ」
仕方なくダンが了解すると、ベアトリスは僅かに微笑んだ。
淡々と話し出す。
「巫女の私が、創世神様の神託を受けて貴方に伝える。召喚された勇者の貴方が、怖ろしい災厄を退けて世界が平和になる……確かにそれは、私の今の生きがい……嬉しいわ」
「…………」
「創世神様の巫女であると同時に、私はアイディール王家の娘……只でさえ自由がない。もしも巫女になっていなかったら、今頃はどこかの国へ嫁ぐか、ウチの国の貴族、誰かの奥さんになっていたわ」
「まあ……そうでしょう」
「でも私は、運命の悪戯なのか、創世神様の巫女になった……そして勇者の貴方に出会った。それで私……考えたのよ」
「何をですか?」
「私と貴方は同じだって……思った」
「同じですかね?」
「だってそうじゃない? ふたりともけして望んでもいないのに、創世神様により運命がきっちり決められた。……たったひとつだけのね」
「…………」
確かにベアトリスの言う通り、ふたりの運命は自ら望んだものではない。
かといって、自分の力で避けられるものでもない。
しっかりと受け止め、道を切り開いて行くしかない。
でも何故だか、ベアトリスは首を振る。
「だけど、そう思ったのは最初だけ……ヴィリヤから貴方の話を聞いて、良~く考えたら違うわ」
「…………」
「貴方は行こうと思えば、私と違って自由にどこへでも行ける。もし神託を受ける事を放棄しても、誰も貴方を罰する事は出来ない。創世神様以外はね……」
ベアトリスは、王宮魔法使いであり召喚者のヴィリヤから、ダンが召喚された経緯を詳しく聞き出していた。
巫女の自分が神託を受けて、特別に呼び出された『勇者』なのだ。
気にならない筈がない。
だから、ダンの能力や考え方も良く理解していた。
「…………」
「貴方は、無理矢理召喚された異世界の人ですもの。だから、この世界に恩も義理もない」
「…………」
「もっと、勝手気ままに振る舞うかと思っていたけど……意外だわ。律儀にこの国へ留まり、働いてくれている」
「たまたまですよ」
「いいえ、私には分かる! 貴方がこの国に留まってくれているのは、このような境遇に陥った私に同情している為、そしてお兄様が貴方へお願いしてくれたからでしょう……」
やはり、ベアトリスは見抜いていた。
ダンが、自分の事を気にかけている事を。
「…………」
しかしダンは、無言であった。
ベアトリスの質問に答えない。
「答えてくれないのね……」
残念ながら、ダンの返事は貰えなかったが、ベアトリスは満足している。
だから素直に、感謝の言葉が出た。
「ダン……ありがとう」
しかし、ダンは手を挙げた。
「いえいえ、お礼を言われる筋合いがないですよ、ベアトリス様」
「ベアトリス様? うふふ、ヴィリヤから聞いたわ。知っているのよ、普段は私の事を呼び捨てにしているのでしょう?」
「ははは、ばれてたか」
「ねぇ、言葉遣いもざっくばらんで良いわよ」
「助かる! 但しこれは言っておこう」
「何を?」
「俺は勇者じゃない……残念ながら俺の魔法はベアトリス、貴女を救えないから」
「…………」
不幸なベアトリスを、救えない自分は勇者じゃない。
ダンの優しい言葉が、ベアトリスには嬉しかった。
「じん」と胸に響いてくる。
「それにベアトリスの兄上、フィリップ様は好ましい人だ。俺は彼から受けた恩に報いたい。……ただそれだけさ」
「ダン……本当にありがとう! 私もお兄様は大好きよ。もしも血が繋がっていなかったら、絶対お嫁さんになりたいくらいだもの」
「ああ、フィリップ様は、妹の貴女の幸せをちゃんと考えてくれているよ」
「そうよね! ……分かるわ。私は巫女になる事と引き換えに、視力と身体の自由は失った。けれど、お兄様の気配りのお陰で相変わらずこの王宮において何不自由なく暮らしている」
「そうだな……暮らしは、凄く恵まれていると思うぞ」
「ええ! そして巫女として世界の役に立っている……これ以上、文句なんか言えないわね」
「ああ……その通りさ。ベアトリスが今、担っているのは大事な役目だ。誰かが代わる事は出来ないし、お前にしか出来ないから」
ベアトリスに、ようやく笑顔が戻って来た。
ダンの励ましが、届いたようである。
「私にしか出来ない……か、うふふ、嬉しい! ありがとう! 今日はね他にもいろいろ話を聞きたい! 災厄を退けた話よりも、普段の貴方の暮らしぶりを聞きたいわ」
どうやら、ベアトリスは冒険譚よりも、ダンの日常生活が聞きたいらしい。
驚いたダンは、思わず聞き直してしまう。
「普段の俺?」
「ええ、そうよ。何故なら……」
ベアトリスは一旦口籠ると、また話を続ける。
「今日貴方に会って、とっても吃驚したわ。温かい魔力波が出ているんだもの。……とっても気になるわ」
「温かい魔力波か……成る程な」
ダンは、自分でも何となく分かる。
エリンが来て、ニーナが来て……
自分の心が、優しさで満ち溢れているのを感じるのだ。
「うふ、心当たりがあるでしょう? 前回会った時、ダンは私と同じ気持ちだったから……」
「ベアトリスと同じ?」
「ええ、自暴自棄……いつ死んでも構わないという捨て鉢な心……」
確かにダンは、以前醒めていた。
平凡ながら幸せに暮らしていた世界から、無理矢理連れて来られた。
自分の意思など、全く無視されて。
元の世界へ戻れないと知り、覚悟を決めた。
神託を受け、敵が現れれば戦う決意はしたが、生きる張り合いなどなかったから。
戦いに敗れて死んだら、それでも構わないと考えていた。
「ああ……ベアトリスと同じかどうかは知らないが……ある程度は当たっているな」
「それが今は違う、全然違うの。一体どうして?」
ダンは、ベアトリスの疑問に答えてやる。
少し、申し訳ないという気持ちを持ちながら。
「言い難いが……俺はもうひとりじゃなくなった。大事な女が出来たんだ、それもふたりもな」
予想外なダンの言葉。
聞いたベアトリスは吃驚した。
光を失った碧眼が、大きく大きく見開かれる。
しかしベアトリスの驚きの表情はすぐ、とびきりの笑顔へと変わったのであった。
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