表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/191

第86話「勇者の定義」

 ダンがエリン、リアーヌと暮らし始めてから1か月が過ぎた。


 山に囲まれた、雑木林が点在するだだっ広い草原……

 その真ん中に、「ぽつり」とあるダンの家。

 他には、暮らす人など居ない。

 アルバート達が居る村までは、大きな丘をひとつ超えなくてはならない。

 歩くと、軽く2時間以上はかかる。


 最初、リアーヌは少し不安があった。

 賑やかな王都で暮らしていたリアーヌは、すぐに人恋しくなるのではという心配だ。

 しかし、今のところその心配は杞憂となっていた。


 愛する夫、姉と暮らす生活はとても楽しいのだ。

 まず、空気が美味しい。

 景色も素晴らしい。

 やる事がたくさんあり、1日があっという間に終わる。


 ダンに案内されて、エリンとリアーヌの行動範囲はどんどん広がって行った。


 広い草原、深い森、そして高い山。


 草原で兎を追いかけ、森で鹿を狩り、山で鳥を捕まえる。

 小さな川で小魚と遊び、大きな湖へ鱒釣りにも行く。

 飽きる暇がないと、言って良かった。


 リアーヌはエリンが連れて行って貰った、ダンがお気に入りの、高い木の上からの絶景に息を呑む。

 ダンに初めて愛された時と、同じくらい感動してしまった。


 生活の方法も楽しかった。

 

 ダンは王都暮らしが嫌でここへ来たのだが、かと言って完全な自然主義者でもない。

 完全な自然の恵みだけで暮らすのではない。

 王都で購入したもの、そして自身の使う魔法も上手く組み合わせて、臨機応変に暮らそうとする考えを持っていたのである。


 精霊達も大いに助けてくれた。

 火蜥蜴サラマンダーに、火を起こして貰う。

 

 火の勢いが弱くなれば、風の精霊(シルフ)の息吹で火勢を強くして貰う。

 

 畑の作物の元気がなければ、土の精霊(ノーム)の力で繁茂させて貰う。

 

 水の魔法だけは使えないので、水の精霊(ウンディーネ)の加護のみなかった。


 外で料理用のかまどを作る時は、転がっていた石や切り出した丸太を使う。

 魚をすくう『たも網』は着古したシャツを使って作った。

 刃物ではなく、石を削って石器、更に石斧を作ったりもした。


 料理方法も、たまに趣向を変えた。

 板に魚を打ち付けて焼く反射板料理、熱くした石を使う焼き石料理など、面白い方法も採用していた。


 エリンとリアーヌは、ダンの教える方法が全く未知であり、面白くてたまらなかった。

 

 ダンによれば……

 以前居た世界の知識と、この世界へ来て与えられた知識を組み合わせているという。


 だが、決して楽しい事だけではない。

 ダンは、危険なものも熟知していた。


 人間を襲うゴブリン、オーク、オーガなどの魔物は勿論の事、猛々しい狼や熊などの肉食獣、怖ろしい毒を持つ蛇や蜥蜴、攻撃的な蜂などの虫、食べたら酷い目にあう草や茸などである。


 素晴らしい自然の中で生きて行く為には、極めて用心深くならねばいけない事も、エリンとリアーヌはしっかりと学んだのだ。


 そして人恋しくなる心配も、アルバート&フィービー夫婦のお陰で解消出来た。

 

 元々ダンの監視役であるふたりだが、エリンの秘密も含めて共有しており、全く気兼ねないのが嬉しい。

 3人との相性も良く、やり取りも楽しかったのだ。


 更に数日が過ぎ……

 ある朝、そのアルバート達が手紙を持ってやって来たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝食後、ダンの家の居間で5人は話していた。


「ふうん……さすがに早過ぎると思ったが、今回は指令書じゃないんだな」


 ダンは苦笑していた。


 創世神の巫女がもたらす『神託』は半年から8か月に1回のペースである。

 その度にダンは、『仕事』をこなす。

 

 大体が、王国軍には難易度の高い、凶暴な魔物の討伐であるそうだ。

 怖ろしい魔物がもたらす、災厄を防ぐという事らしかった。


「ああ、ヴィリヤ様の手紙によるとベアトリス様がダン、お前に会いたいと仰っているらしい」


「ベアトリスねぇ……」


「おいおいダン、さすがにベアトリス様は尊称で呼んでくれよ」


「ああ、悪い。で、まずはヴィリヤに会って、あいつと一緒にベアトリス様に謁見するんだな?」


「そういう事になる」


 ダンとアルバートの会話を、エリンは興味深そうに聞いていたがリアーヌは唖然としてしまっている。

 

 確かに……

 王家から仕事を受けていると、ダンから聞いてはいた。

 だが、現実に聞くとやはり吃驚してしまったのだ。

 

 王都で暮らしていたリアーヌは、アイディール王国王女ベアトリスの名を当然知っている。

 

 創世神の巫女でもある、ベアトリスは現在18歳。

 現国王、そして宰相フィリップの妹でもある。


 ベアトリスは10歳になった時、突然創世神の巫女として覚醒した。

 類稀たぐいまれな、予知の力を得たのである。

 

 その代償なのか、ベアトリスは巫女覚醒と同時に視力と身体の自由を失った。

 いくら巫女になれたとはいえ、自由闊達だった美しい少女のショックは大きかった。

 嘆き悲しんだベアトリスは、国民の前には滅多に姿を見せなくなったのだ。


 そのベアトリスが、ダンに会いたがっているらしい。


「俺は、あまり会いたくないなぁ……」


 ダンが「ぽつり」と言ったので、エリンとリアーヌは吃驚した。

 

 どうして? と思ったのである。


 しかし、アルバートとフィービーは別に吃驚していない。

 ダンと同様に、暗い表情をしているのだ。


 エリンが、思わず問いかける。


「ダン、王女様に会いたくないの?」


「ああ、会いたくないな」


「何故? どうして?」


 エリンの質問に、ダンは苦笑する。

 そして、同じように見つめるリアーヌにも、力なく笑いかけた。


「……俺がベアトリス様に会いたくないのは、……彼女がとても気の毒なのと自分の無力さを痛感するからだ」


 エリンにはまだ、話が見えない。

 王女は、いきなり視力を失い、身体も不自由になった。

 だからダンが言う、気の毒なのは分かる。

 しかし何故ダンが、それで無力感を味わうのだろう。


 エリンはそう思ったが、再び問いかけるのを躊躇ためらった。

 そんなエリンの心中を察してか、ダンは答えを戻してくれる。


「俺の使う魔法は、ベアトリス様に全く効果がない」


「え?」


 どういう事なのか?

 エリンは、呆然としてしまう。


「お前を治癒した魔法が、ベアトリス様には効かないのさ」


「そ、それって?」


 エリンは救われた時、全身に傷を負っていた。

 悪魔との激しい戦いで負った傷である。

 

 しかしダンは、治癒の魔法で直してくれた。

 あっという間に傷がふさがり、元気が出た。

 凄い回復魔法だった。

 その魔法が……効かない?


「エリン、お前は『俺が勇者だ』って言ったが違うんだ。勇者は最強で万能なはずだろう? 俺の魔法は、あの可哀そうな女の子ひとりさえ救えないんだ」 


 エリンには、初めて分かった。

 ダンが勇者と呼ばれるのを、頑なに拒否する気持ちが。

 

 勇者という定義が、最強且つ完全な存在であるという考えのダン。

 彼には、ベアトリスを救えない自分の力を、素直に受け入れる事が出来ないのだ。 


 でも……とエリンは思う。

 改めて、ダンが好きになった。

 大好きになった。

 誰にでも、とても優しい気持ちを持つダンが。


 エリンはふと、傍らのリアーヌを見る。

 どうやら、同じ気持ちらしい。

 ダンを心配そうに見つめており、心の波動が伝わって来る。


 エリンは大きく息を吐き、ダンを再び見つめたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。

宜しければ、下方にあるブックマーク及び、

☆☆☆☆☆による応援をお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ