第84話「本当の真実②」
リアーヌには、ショックだった。
世界に災いをもたらす根源であるという、恐るべき悪魔が実在する事。
そしてエリンの一族を、その悪魔が惨殺した事が……
リアーヌはしっかり耳をふさぎながら、凄絶且つ悲惨な様子を想像して黙り込んでしまった。
そんなリアーヌへ、ダンは言う。
「リアーヌ、考えてみろ。お前のお兄さんは迷宮探索中に魔物により殺された、とても悔しいだろう? その惨劇がもし目の前で起きたとしたら?」
ダンの言葉を聞いて、リアーヌは顔をあげてから、怖ろしそうに身震いする。
「私の目の前で、お兄が殺される!? ……い、嫌です! 正気を保っていられません!」
リアーヌはきっぱり言い切ると、大きく首を振った。
想像さえもしたくなかった。
辛そうなリアーヌの顔を見て、ダンも「さすがに言い過ぎた」と感じたらしい。
「酷い事を言って御免……当然だ、実の兄が目の前で殺されるなんて考えたくもないよな……だけどエリンは、目の前でお父さんと一族を、むごたらしく殺されている」
「!!!」
改めて言われた衝撃の事実。
もし、自分に置き換えたら……
ひとり残されたリアーヌは、悲し過ぎてもう生きてはいられないだろう。
まだまだ、ダンの話は続いて行く。
「ダークエルフ達は必死に戦い抵抗したが、残念ながらエリン以外は全員が殺された。エリンは、たったひとりぼっちになってしまったんだ。その上、悪魔王はエリンを無理やり乱暴しようとした」
「…………」
リアーヌは、言葉が出なかった。
エリンが魔物に襲われ、乱暴されかけたと聞いて、多少は想像していたが……
リアーヌの想像を絶する、凄惨な事実であったから。
自分も冒険者の男達に、すんでのところで『おもちゃ』にされかかった。
だからリアーヌには、エリンの気持ちが痛いほど分かった。
「その時……俺がエリンを助けた、悪魔王を倒して」
「ダンさんが…………悪魔王からエリン姉を助けた」
「おう、助けたんだ。助けた後にはいろいろな事を考えたが、結局俺はエリンを連れて行く事にした。それ以来、一緒に暮らしている」
「…………」
エリンは、ダンに助けられた事がきっかけで結ばれた。
リアーヌは初めて、ダンとエリンの本当の出会いを知った。
エリンは親を殺された仇である悪魔から、『慰み者』にされそうだった危機をダンに救われたのだ。
暴漢に、拉致されかけたリアーヌも全く同じである。
リアーヌは、「じっ」とダンを見つめた。
ダンはリアーヌの視線を受け止め、大きな声で宣言する。
「さっきも言ったが、俺はエリンが大好きだ! エリンも俺を愛してくれている。俺達は幸せさ、エリンは、お前と一緒で最高の嫁だよ」
「…………」
ダンは、エリンを愛している。
だけど同じように助けて貰った自分だって、ダンを愛する心は負けていないとリアーヌは思う。
ダンは、ここでリアーヌへ問いかける。
「ところでリアーヌ、ダークエルフのエリンはお前を不幸にしたか? 怖ろしい力を使って呪いでもかけて来たか?」
「…………」
リアーヌは、暫し考え込む。
エリンに出会ってから?
答えは、すぐに出た。
人手が足りず忙しい勇者亭でエリンは快く手伝いを申し出てくれ、一緒に仕事をしてくれた。
そして自分の恋敵たるニーナを、「一生懸命励まして話を聞いてくれた」夜の事をはっきり覚えている。
リアーヌは、全然不幸になどなっていない。
呪われるなど、欠片もない。
それどころか、エリンと一緒に居ると優しい気持ちになる。
勇気を貰って、元気になれる!
あの司祭が言った事は、「一体何だったのだろう?」と思う。
リアーヌは、大きく首を横に振った。
『否定』の、意思表示をしたのである。
ダンは、納得したように大きく頷いた。
「真実は……創世神教会から教えられた内容とは違うだろう? リアーヌ、お前は俺達と一緒に居て、とても幸せだと言った、エリンが実の姉に等しいとまで言い切った」
「はい」
「はっきりと分かっただろう? 誰かが捻じ曲げた創世神の教えなんかより、それこそが真実の理なんだ」
「真実の理…………」
ダンの言葉を繰り返すリアーヌ。
ここでダンは、軽く息を吸う。
そして大きく吐きながら、リアーヌの名を呼んだ。
「リアーヌ! 俺はお前も大好きだ、嫁にしたい! しかし、この世界の人間にとって創世神の教えは絶対だ。幸い俺はまだお前を抱いておらず、正式に『嫁』にはしていない」
「…………」
「もしもお前が、ダークエルフのエリンをどうしても受け入れられないのなら……」
「私が……エリン姉を受け入れられなかったら?」
「悪いが……お前を王都へ戻す。しばらく暮らしていくのに不自由ない金を渡してな」
「ダンさん! わ、私!」
「すっぱり忘れて貰う為に、俺を好きだという感情を全て魔法で消す。そして滅茶苦茶怒られるだろうが、とりあえずアルバンさんの下へ帰って貰う。俺の事が大嫌いになってリアーヌが振ったという形にしてな。……俺とお前はまた客と居酒屋の店員という関係に戻るんだ」
「え、ええっ!」
もしリアーヌが、エリンと暮らせないと言えば……
ダンは、エリンを選ぶ。
分かっている……
リアーヌはダンと、愛の交歓をしたばかりだ。
エリンとは、愛の深さが違う。
積み重ねた時間も経験も違う。
だがダンは……辛そうな表情をしている。
愛するリアーヌを手離したくない。
顔に、そう書いてある。
魔法で記憶を消すとか、別れた後の対応を聞くとダンには血も涙もないようにも思える。
しかしダンはエリンを愛しつつ、リアーヌの事を真面目に考えている。
決して『遊び』ではない。
その証拠に、リアーヌの気持ちをしっかり受け止めてくれた。
一緒に、新生活をする為の買い物もした。
この家にも、連れて来てくれた。
そもそも世間一般の男がするように、身体目当てでリアーヌを簡単に抱いたりはしていないから。
エリンの重大な秘密も、リアーヌに極力ショックを与えないよう慎重に伝えようとしている。
リアーヌが『拒否』した場合の事も、ちゃんと考えていた。
全てを知ったリアーヌの中で、今迄に見聞きしたピースがぴったりはまる。
ダンの言った「自分が魔族だ」という笑えない冗談、エリンの謎めいた暗い陰、そして妖精猫のトムとの不思議な約束……
リアーヌに対して、ダンが大きな『覚悟』を求めたのはこういう事だったのだ。
「リアーヌ……ごめんね。今迄、騙していて……エリンの事、嫌いになったでしょ……」
エリンが、掠れた声で言う。
いつものエリンと全く違う、元気のない、消え入りそうな声である。
目には……大粒の涙が一杯に溜まっていた。
朗らかで優しいエリンを、リアーヌは良く知っている。
弱気なリアーヌの背中をしっかり押してくれて、ダンへ告白する勇気をくれた。
はっきり言い切れる!
天涯孤独だったリアーヌにとって、エリンは素晴らしい『姉』なのだと。
ダークエルフが汚らわしい?
とんでもない!
エリンはリアーヌと一緒だ。
肉親が死にひとりぼっちになっても、強く強く生きようとしている女の子なのだ。
どんなに辛い事だろう。
何も悪い事をしていないのに、人々から謂れのない差別を受けるなんて。
リアーヌは決めた!
愛する夫のダン同様に、愛する姉のエリンが絶対に必要だと。
エリンが見せた、リアーヌに対する数多の思い遣りが『本当の真実』なのだとはっきり確信したのだ。
涙ぐむエリンへ、リアーヌは身を思い切り乗り出す。
「エリン姉……そんな事ないっ!」
「リ、リアーヌ!」
「嫌うなんて、そんな事ないよ! 絶対にないっ! エリン姉はひとりぼっちなのに頑張って生きようとしているよ! ダンさんの事が大好きだよ! 私と……リアーヌと全部一緒なんだよっ!」
「リアーヌっ!!!」
「なのに何故嫌いになるの? 大好きだよっ!! 私はエリン姉が大好きなのっ!!」
リアーヌは、エリンが吃驚するくらい大きな声で叫び、ひしと抱きついたのであった。
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