第81話「妖精猫の友情」
リアーヌは観察力に長け、勘の鋭い女の子だ。
家族3人で暮らす念願の『自宅』へ帰って来て、エリンの様子が微妙に変わったのに気が付いた。
話してみると相変わらず明るいエリンなのだが、時折僅かに陰がさした表情を見せる。
リアーヌは確信した。
エリンには、何か悩み事があるらしいと。
しかし根掘り葉掘り、リアーヌの方から聞くのは憚られた。
今夜にでも何か詳しい話があるのだろうと、リアーヌは気持ちを切り換える事にする。
気を取り直したリアーヌが、上を向いて広い大空を見ると、天気は雲ひとつない快晴。
吹く風も爽やかで、空気が美味しく、とても気持ちが良い。
好奇心旺盛なリアーヌは、家の周囲の青々とした草原へも行ってみたかった。
駄目元で、ダンとエリンへ希望は出してみた。
だが、あっさり却下されてしまう。
「リアーヌの気持ちは良く分かるけど、まずは自宅の案内と整理だろう?」
「そうだね。家具とか、新しいのと取り換えなきゃね」
まあ、ふたりの言う事は尤もだ。
草原に行くどころか、リアーヌはまだ自宅の中にも入ってはいないのだ。
そこで早速、自分の家となる建物の中へ足を踏み入れてみた。
家屋は古ぼけているのに、何故か魔力で灯る魔導ランプで室内を明るくするのは不思議だ。
「ふわぅ! これがダンさんの家なんですね」
自分の、家でもあるダンの家。
外から見ても分かったが、良く言えば質素……悪く言えば少々粗末であった。
広さは、3人で住むにはまずまず……
室内は居間、寝室、物置、風呂、トイレに分かれており、リアーヌは興味津々で探索した。
アンバランスと言って良いくらい、風呂と洗い場が大きいのには吃驚する。
大きな湯舟を指さして、エリンが言う
「この広さなら全員で入れるよ、それにダン、約束したよね、今度こそ流しっこするんだよ」
エリンが、悪戯っぽく笑った。
問いかけられたダンは、何故かどぎまぎしている。
「ななな、流しっこか! お、おう!」
噛みながら返事をするダンへ、エリンがとどめを刺す。
「ダン、今度こそ前を洗うからね」
「う! ま、前?」
リアーヌは、ダンとエリンの会話がいまいち分からない。
「前を洗う?」
首を傾げるリアーヌに、エリンは直球を投げ込む。
「リアーヌもだよ、ダンにおっぱい洗って貰わなきゃ」
おっぱいを洗う?
ダンが!?
「え、ええ~っ」
リアーヌが絶句するのを見て、エリンはまた面白そうに笑った。
そんなこんなで、3人は新しい家具と古いものを差し替えて行く。
ダンの付呪魔法がかかった、魔法のバッグは便利であった。
指を鳴らすと、新旧の家具が一発で入れ替わってしまうから。
しかし、買った家具は大きすぎたものが目立った。
特にトリプルベッドは、寝室を一杯に占領する趣きとなってしまう。
「何か、部屋全体がベッドって感じで……凄くエッチですね」
「うふふ、今夜リアーヌは、ダンの『お嫁さんデビュー』だぁ」
「え? 今夜『お嫁さんデビュー』って……一体何ですか?」
お嫁さんデビュー???
意味が分からないリアーヌは、首を傾げた。
エリンは『先輩嫁』として、ここぞとばかりに知識を教授する。
「裸になってダンにい~っぱい可愛がって貰うんだよぉ」
「…………」
「最初は、ちょっとだけ痛いからね、我慢だよぉ」
「ええっと……何となく分かりました。私とダンさんが初めて愛し合う……って事ですよね?」
「そういう事!」
エリンの言う『夫婦の秘め事』は、とても『具体的』である。
具体的過ぎるのだが、言い方が可愛いので、あまりいやらしさを感じない。
「ふふふ、『お嫁さんデビュー』ですか。寝室はとてもエッチいですけど、エリン姉が言うとやけに明るいですね」
「そう? リラックス出来た?」
「はい! 怖くなくなりました」
とても微妙な会話であったが……
エリンのお陰で、リアーヌは初めて男性に抱かれる怖さが、だいぶ緩和されたようだ。
そんな他愛もない会話をしながら、室内の片づけは進んで行く。
物置に据え付けた大きなタンスは場所を取ったが、やはりリアーヌの服は全部入らなかった。
なので、季節的に当面着るものを普通に入れ、残りの服はダンの収納魔法で異次元にしまって貰う。
リアーヌが呆気に取られたのは、言うまでもなかった。
こうして……
ざっくりとだが、家の中の片づけは終了した。
「家具を入れ替えたら結構狭くなったな、まあいずれ建て増ししよう」
「そうだね」
「家が広くなるのは楽しみです」
元々、ダンがひとりで住む筈の一軒家だ。
エリンとリアーヌが加わって、3人暮らしなら手狭になって当然だろう。
「さあて、じゃあまた庭に行くか」
ダンが促して、エリンとリアーヌは再び外へ出たのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
庭に出たら、大きな犬が2匹居た。
「うわぁ! ワンちゃん可愛い! おいで!」
ばうばうばう!
リアーヌの呼びかけに対し、ダンに飼われている?黒と白の大型犬が応える。
嬉しそうに駆け寄って来た犬達を抱えて、リアーヌはふさふさ&モフモフを楽しんでいた。
しかし、エリンは何故か『モフモフ』しない。
「あれ? エリン姉、モフモフしないんですか? とっても気持ち良いですよ」
「……うん、ちょっとね」
エリンは、犬達の正体を知っている。
擬態しているとはいえ、本当の正体は……
頭を複数持ち、尾が蛇である怖ろしい冥界の魔獣達だ。
そんなケルベロスとオルトロスの兄弟へ、とてもじゃないが『モフモフ』する気にはならないのだろう。
一方、モフモフを充分に堪能したリアーヌは、屋根で寝ている黒猫へと近づく。
至近距離まで近づいたが、黒猫——妖精猫のトムは寝たまま微動だにしない。
リアーヌの気配には気が付いている筈だから、分かっていてガン無視しているのだ。
犬も好きだが……
リアーヌは、それ以上に猫が大好きだった。
王都で、良く野良猫に話しかけたように、黒猫へ声をかけてみる。
「ね~こちゃん? 寝てるのぉ?」
「…………」
「無視かぁ……ワンちゃんと違って、やっぱり猫ちゃんはマイペースなんですねぇ」
全く反応がない黒猫に、諦めかけたリアーヌであったが、その時とんでもない事が起こった。
「うるせ~ぞ、耳元でわぁわぁ騒ぐな、人間の巨乳っ子め。エリンと同じくらい大きい乳しやがって」
リアーヌは、目が点になった。
何と目を開けた黒猫が、自分の方へ顔を向けて、男の声で『人語』を操ったのだ。
「え?」
「うるせ~んだよ」
「ええええっ!? ね、ね、猫が喋った?」
「あ~もう! 仕方ねぇなぁ! 俺はトム! ただの猫じゃねぇ、妖精猫さ」
やっと現実を受け入れたリアーヌであったが、当然パニックへ陥ってしまう。
「あう、猫が! あうあうあう!」
慌てるリアーヌを見ながら、トムはゆっくりと起き上がる。
そして、大きくのびをした。
「おい、巨乳っ子。念の為、言っておくぞ」
「へ?」
「へ? じゃねぇ。そうやって驚くのは構わねぇけど、エリンを嫌いになるなよ」
エリンを嫌いになるな!
トムはこれからリアーヌに対して、ダンとエリンがどのような話をするか、しっかり見抜いていた。
そしてリアーヌへ、遠回しに予防線を張ってくれたのである。
「ト、トム!」
傍で、リアーヌとトムの会話を聞いていたエリンは凄く嬉しかった。
普段は憎まれ口を叩いても、ダンの言う通り、妖精猫のトムはとても優しい心を持っていたのだ。
「エリンは本当に良い奴だぜ。例えばよぉ、人間は俺みたいな黒猫が不吉だとか、闇の魔女の使い魔とか、すぐにくだらない迷信を信じたがるからな。お前は絶対に変な誤解をするんじゃねぇぞ」
「え?」
「良いか、もう一回言う。お前、エリンを嫌いになるなよ」
「どういう意味ですか、それ? どうして私がエリン姉を? 嫌いになんか、なるわけないですよ」
漸く落ち着いたリアーヌであったが、トムの言う意味が理解出来ない。
「意味なんて分からなくても良い。約束したからな、巨乳っ子」
トムはそう言い捨てると、また屋根の上で丸くなったのである。
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