第80話「王都を後にして」
ダン、エリン、リアーヌは……
トレーフル商会での買い物を終わらせて、身支度をすると王都を出発した。
3人は、商会で買い求めた革鎧を身に纏っていた。
衣服と同様に誰かが着た中古品であったが、状態の良いものがあったので買い求めたのだ。
武器は、ダンが鋼鉄製のロングソード。
エリンとリアーヌが、銀製のショートソードを腰から提げていた。
全員が完全に、冒険者の出で立ちであった。
王都の正門を出る時には、例のヤキモチ門番から「リア充爆発しろ!」と大声で言われた。
だがエリンはもう慣れたので、何とも思わなかった。
「さよなら、王都」
振り返って、正門を見たリアーヌは小さく呟いた。
生まれてから18年間、住み慣れた故郷である王都をとうとう離れるのだ。
感傷に浸るリアーヌの肩に、「ポン」と手が置かれた。
温かく、大きい手だ。
……ダンである。
「また、買い物にでも来るさ。俺にもいずれ仕事が来る」
また、王都へ来る。
買い物以外、他にいろいろと用事もできるだろう。
それにダンへは、王家から『仕事』も来る。
いずれにせよ、もう二度と王都へ来ないわけではない。
ダンの笑顔を見て、リアーヌも笑顔を戻す。
「そうですね」
「さあ、出発だよぉ!」
エリンの号令で、3人は南へ延びる街道を歩き出す。
しかしリアーヌには、すぐ『衝撃的』ともいえる出来事が待っていたのだ。
ダンは周囲をうかがうと、歩いていた街道を外れて、人けのない雑木林へと向かったのである。
不可解な行動に、リアーヌは恐る恐る問いかける。
「あ、あのぉ……もしかしてトイレとかですか?」
他人へ気を遣う、リアーヌらしい質問である。
「違う、違う」
リアーヌがダンへ聞いても、笑うだけで答えない。
仕方なくリアーヌは、エリンへ尋ねる。
「エリン姉、ダンさんがこれから何をするのか知っていますか?」
「うん、知ってる。大丈夫だよ、ちょっと吃驚するかもね」
ちょっと、吃驚する?
リアーヌは「また?」と思う。
別に吃驚するのは嫌ではないが、今度は何なのだろう。
いずれにせよ、また口に手をあてなければと思う。
必要な時は思い切り叫ぶが、女子の大きな悲鳴は目立つから。
何かまた、特別な魔法でも使うのだろうか?
リアーヌには、想像もつかなかった。
エリン、リアーヌと手を繋ぎながら、歩くダンが笑顔で言う。
「こんな時、たまに興味本位で後をつけて来る奴が居るから注意するんだぞ、エリン、リアーヌ」
「了解!」
「りょ、了解です」
幸い、後をつけてくる者は居ないようだ。
ダンの索敵、エリンの気配察知には誰の反応もなかった。
「さあ、ここらで良いだろう」
来た場所は、雑木林の真ん中。
木々が3人の姿を遮蔽している。
ダンは、ゆっくりエリンとリアーヌを抱き寄せた。
愛するダンから抱かれた、ふたりの美少女はつい甘えてしまう。
「うふ、ダン」
「ダンさん!」
「良いか? ふたりとも、俺にしっかり掴まっていろよ」
ダンが注意を促した瞬間、転移魔法が発動した。
3人は、その場から煙のように姿を消していたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふわっ!」
リアーヌは、呆然としていた。
王都近郊の雑木林に居た筈なのに、ここはどこだろう?
いきなり意識が遠くなったと思ったら、周囲の景色が全く違っているのだ。
大きく目を見開き、口をポカンと開けるリアーヌ。
ダンが、握っていた手を優しく「きゅっ」と握ってくれた。
「リアーヌ、驚かせて済まない。俺が地の精霊の加護を受けた転移魔法を使ったんだ」
「ててて、転移魔法?」
転移魔法?
転移魔法って何?
魔法使いではないリアーヌは、わけが分からない。
しかし今居るのが、王都とは全く違う場所だというのは確かだ。
そして、はっきり言えるのは……
ダンは、やはりとんでもない人だという事である。
「え、ええっと……て、転移魔法ですか?」
「ああ、便利だろう?」
「は、はい……」
何とか返事をしたリアーヌを見て、エリンが何故か口を尖らせる。
「ダン、やっと上手くなった。最初は酷かった」
酷い?
酷いって何だろう?
魔法の失敗とか?
リアーヌは、思わず聞いてしまう。
「最初は酷かった?」
「そうだよ、最初はダンったら計算間違えて、大空から落ちそうになった」
「え?」
「跳んだ先が大空なんだもの。エリン、手をバタバタしちゃった! 落ちて死ぬかと思ったよ」
「ははは、済まん。もう気を付けるから許してくれよ」
「うん、許す」
「ぷっ」
エリンが、大空で手をバタバタ?
つい想像したリアーヌは、面白過ぎて笑ってしまう。
ダンとエリンのやりとりが、とても滑稽なせいもあった。
リアーヌは改めて、目の前にある家を見る。
高い山々に囲まれた、雑木林があちこちに点在する草原の中に、「ぽつん」と建つ一軒家だ。
柵に囲まれた敷地の中で、大きな犬が嬉しそうに吠え、鳥小屋ではニワトリ達がにぎやかに鳴いている。
家の屋根の上では黒猫が丸くなり、気持ち良さそうに寝ていた。
敷地の奥には、青々とした畑が広がっている。
周囲を見ても人家は全く無く、人の気配も無い。
まるで、世間から隔絶されたような家。
のんびりした風景を見るリアーヌの頬を、「ふわっ」とそよ風が触る。
とても気持ちが良かった。
傍らで見守るエリンは、リアーヌの様子を見て懐かしく思う。
自分と、同じ事を考えているのだと感じる。
エリンが初めて、ダンの家へ連れて来て貰った時、同じ反応だったから。
「リアーヌ、今日からここがお前の家だ」
「私の……家」
「そうだよ、リアーヌ。エリン達3人で暮らす家、家族全員で住む家なんだよ」
家族全員で住む家……
これから、どのような暮らしが待っているのだろう?
リアーヌの心は、大きな期待に膨らんでいたのであった。
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