第78話「女子は買い物好き③」
時間は戻ってダン、エリン、リアーヌの3人はトレーフル商会大倉庫にて会話している。
「ダンさん、『ここ』って私の知っている、買い物する場所とは全然違います」
「うん、エリンもそう思う」
今日の朝、エリンはリアーヌと共に市場で買い物をした。
勇者亭の仕入れの為に。
生まれて初めて、本格的な『買い物』を経験したのである。
買う人、売る人、そして夥しい品物……
多くの人がたくさんのエネルギーを出して、使って、買い物を成立させていた。
素晴らしい活気があって、とても新鮮だった。
商品の置き方も工夫されていて、見るだけでも楽しかった。
エリンは、買い物がとても好きになったのだ。
しかしこの倉庫は、市場とは全く違う。
市場と同じくらい夥しい量があるとはいえ、単に品物が整然と並べてあるだけ。
かつてエリンが住んでいた、深き地下世界のダークエルフ王宮の、殺風景な倉庫とさして変わらない。
備蓄してある品物は、圧倒的に今居る倉庫の方が多いが……
思えばダークエルフの倉庫には、常に物資が不足していたのだ。
創世神から地下へ追放され、貧しい生活を強いられていたから。
だけど、貧しいながら幸せな生活だった。
皆、ダークエルフであることに、誇りをもって生きていた。
貧しくとも、静かにつつましく暮らしていこうと決めていた。
皆、笑顔だけは忘れずに、楽しく生き抜こうと決めていたのだ。
けれども……
その平穏は、無残にも破られてしまった。
アスモデウス率いる、凶暴な悪魔の軍団が攻めて来たからだ。
戦いは、果てしなく長い凄絶なものだった。
一族は精一杯、力の限り戦った。
残念ながら力及ばず、悪魔の圧倒的な力の前に敗れ、全員が死んでしまった。
しかし勝ち誇っていたアスモデウスもダンに倒され、地下は完全な静寂の世界となった。
結局、生き残ったのは、エリンひとりきりだ。
そしてエリンは皮肉にも……
一族がいつか戻る事を夢見ていた、遠き地上に居る。
助けて貰った、愛するダンと一緒に居る。
……そして愛すべき『妹』も出来た。
「運命なんて全く分からないものだ」とエリンは改めて思う。
考え込むエリンへ、リアーヌが気になって声を掛けた。
「どうしたんです? エリン姉、目が遠くなっていますよ」
「ううん、何でもない……それよりさ、いくら考えても分からないから、ダンに教えて貰おう。ダン、前もここで買い物した事あるんだよね?」
考えても埒が明かないと感じたエリンは、ストレートにダンへ聞いた方が早いと考えたらしい。
「おお、あるぞ。それに今ここに居るのは、俺達家族だけだから丁度良い。買い物と共に、ざっくりとだが内緒の話も出来る」
エリンから聞かれたダンも、買い物だけではなく、この閉ざされた空間をいろいろと使おうと考えていたようだ。
「俺達家族だけ? ううう~、良い響きですね、家族って」
ダンの使った『家族』という言葉に反応して、リアーヌは「うるうる」していた。
自分が家族だと再確認したいリアーヌは、エリンに問いかける。
「昔から凄く憧れでした、家族が出来るのって……ええっと、私も家族の一員なんですよね? エリン姉」
「そうだよ、エリン達3人は家族だもの、ねぇ、ダン」
当然だと、エリンはきっぱり言い切り、ダンにも同意を求めた。
「ああ、そうさ。俺達は家族さ!」
俺達は家族!
何と、心に響くのだろう。
リアーヌは我慢し切れずに、涙が「どっ」と溢れて来る。
「ううううう~」
嗚咽するリアーヌを見たエリンが、悪戯っぽく笑う。
「あは、リアーヌは飢えた狼から、泣き虫狼に大変身だぁ」
泣き虫狼?
とんでもない!
悲しくて泣いているわけでは、全然ないっ。
リアーヌは、断固として抗議する。
「泣き虫狼に大変身って、もう! エリン姉ったら、これは嬉し涙なんですよぉ」
「分かってるよぉ、でもリアーヌは泣き虫狼」
「もう! エリン姉の意地悪ぅ!」
リアーヌは、自分でも不思議だ。
顔が泣きながら笑う状態だから。
幸せな気分で、心が一杯なのである。
ダンが笑いながら、エリンとリアーヌを促す。
「ははははは、さて買い物するか。あと1時間でさっきの店員が戻って来る。さくっとやるからな」
「はぁい」「はいっ」
こうして3人は『買い物』を開始したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
店員は居ないので、エリンとリアーヌは最初戸惑ったが、ダンに言われて様々なものを買う。
買い物自体は、とても楽しい。
女子で、買い物が嫌いだという人は、あまり居ないだろう。
特にここは、選り取り見取り好きなものを好きなだけ買える。
エリンとリアーヌのふたりは、つい解放感に満ち溢れてしまう。
まずは、家具を買う。
ダンの持つ家具は皆、オンボロだったから。
住んでいる家に、元々備え付けてあったものが大半である。
単に使えれば良いと考えていたから、ダンは新たに買ったりなどしなかった。
しかしエリンが来て、今度はリアーヌが来る。
可愛い嫁ふたりと暮らすのなら、ガタが来ている今の家具を処分した方が良い。
多少お洒落で、それ以上に丈夫で長持ちするものを、選んで買わなくてはならない。
ダンは、そう決めたのである。
倉庫には、いろいろなデザインの家具があった。
家具は基本的にオーダーメイドで、置いてあるものは見本品だが、ダンは購入して構わないらしい。
3人一緒に寝られるよう、真っ先に巨大なトリプルベッドを買う時、リアーヌは恥ずかしそうにしていた。
エリンが、とてもエッチな事を言ってからかうと、真っ赤なトマトのようになってしまう。
リアーヌが持つ、たくさんの可愛い服を入れられる大型のタンスも買う。
それでもリアーヌの私服は全部入らないが、ダンが魔法で何とかするという。
立派な姿見も買ったから、エリンとリアーヌは着せ替えっこして楽しめるだろう。
大家族が使えるサイズの、頑丈なテーブルとイスも買う。
このテーブルを使って、家族全員で食事をするのは楽しいに違いない。
アルバート達も一緒に食事が出来るようなサイズだし、イスも余分に買っておいたから万全だ。
他にも必要な家具を買い、消耗品も多く買う。
生活に必要な日用品は、当然買わねばならない。
当然だが、肌着などは大量に必要だ。
エッチなデザインの女性肌着もエリンが面白がって買うのを見て、リアーヌがまた真っ赤になっていた。
籠、ほうき、くまで、ロープ等に加えて、ダンは自分が楽しむ為に釣り竿を複数と釣りに必要な小物も買う。
畑仕事に必要な鍬、シャベル、鋤、鎌などの道具に、作物の種も買った。
刃物を研げるよう、砥石も忘れない。
台所用品、食器も多く買って行く。
日持ちのする、加工された食料品も買う。
パンが焼けるように小麦粉、ライ麦粉、そして酵母も買う。
ワインも赤と白を樽ごと買う。
料理には欠かせない香辛料も、様々な種類をばっちり買った。
万が一の事もあるから、武器防具も結構買う。
リアーヌは生まれて初めて革鎧を着て、冒険者だった亡き兄を思い出す。
それら以外にも……
ダンはエリン、リアーヌと相談し、必要なものを確認しながら買って行ったのである。
いつもご愛読頂きありがとうございます。
※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。
宜しければ、下方にあるブックマーク及び、
☆☆☆☆☆による応援をお願い致します。




