第77話「女子は買い物好き②」
「大丈夫さ、実は……」
心配するリアーヌに、ダンは自信たっぷりに説明する。
あくまで、ざっくりとではあるが。
実は、旅には出ない事。
行くのは、王都から少し離れた場所、たくさんの山に囲まれた田舎。
人気のない草原の小さな家へ、3人で住む事を告げたのである。
だが……
リアーヌはまだ、話が良く見えない。
旅に、出ない事は分かった。
新たな家へ、引っ越す事も理解した。
しかしその家までは、王都から相当距離がありそうだ。
どちらにしても、自分の荷物の運搬は大変になるだろう。
それなのに?
「で、でも荷物が……」
「大丈夫、ここへ入れる」
ダンが指さしたのは、彼が腰に着けていた小さなバッグである。
身の回りの小物やもしくは旅をする際の、必要最低限のものしか入らない、小ぶりな黒革製のバッグであった。
「???」
「リアーヌ、大きな声を出すなよ。出そうになったら、手で口を押えろ、まあすぐに慣れる」
「???」
ダンは、荷造りしたリアーヌの荷物を見た。
床に置いてあるのは女物の大型バッグ4つ……そのうち3つの中身は服であった。
「先に、手で口を押えていた方が良いかもな」
「は、はい」
リアーヌが言われた通り、手で口を押えると、ダンは指をパチンと鳴らした。
すると!
目の前に置いてあったリアーヌの荷物が、「すううっ」と消えてしまったのである。
「う! うううっ」
ダンの指示通り、あらかじめ手で口を押えていたから良かった。
リアーヌは悲鳴を押え、大声を出さずに済んだのである。
傍らでは、エリンが悪戯っぽく笑っていた。
興奮を鎮める為に、大きく深呼吸をするリアーヌ。
胸の『どきどき』が漸く収まってから、リアーヌはダンへ問いかける。
「こ、これは!?」
「俺の作った魔法のバッグさ。仕組みは後で説明するが……一杯入るぞ、大型ドラゴン10体くらいは」
ダンが平然と言うので、リアーヌは口をぱくぱくしてしまう。
ほんの少し分かって来た。
ダンが魔族なんて、酷い冗談を告げて来た事が…
そう、リアーヌの愛するダンはとんでもない人なのだ!
呆然とするリアーヌを他所に、エリンが口を尖らせる。
「ダン、ドラゴンなんて嫌い! 例えが悪い」
確かに、エリンの言う通りだ。
収容量の比喩なら、「もっと可愛くお洒落に言うべきだ」と、エリンは言っている。
可愛い新妻リアーヌに気を遣えと、『先輩嫁』として強く主張しているのである。
ダンも、エリンの言う通りだと思う。
些細な事でも、男は女に対して優しくあるべきだとダンは思っている。
愛する妻に対しては尚更だ。
概して男は、大まかで鈍感である。
指摘されないと、惨事に気付かない事も多い。
こうなると、ダンとしては謝るしかない。
「ははは、御免」
両手を合わせて、変なポーズで謝るダンは可笑しい。
驚いた気持ちは、いつの間にか消えていた。
リアーヌはつい、笑ってしまう。
「……ぷっ」
「あは! リアーヌが笑った」
「うふふ、エリンさん、面白いです」
リアーヌは思う。
やっぱり、この3人で暮らすのは楽しみだと。
ダンもエリンも、とても優しい。
乾いた自分へ、温もりを与えてくれるから。
しかし、ここでエリンの『指導』が入る。
「ダメ、エリンさんじゃない、エリン姉でしょ」
「あ、御免なさぁい、エリン姉」
「よっし! OK」
そんなこんなで、アルバンに見送られて勇者亭を出た3人。
人気のない路地で、リアーヌの荷物を魔法鞄へ放り込むと、ダンがひと言。
「これからさくっと買い物しよう、アルバート達からも頼まれてるから」
買い物?
確かに、これからの共同生活には、いろいろ物入りなのだろう。
リアーヌは、素直に納得した。
エリンはというと、同じく素直に喜んでいる。
「やった!」
「じゃあ、また市場ですよね? それともどこかのお店ですか?」
リアーヌの問いかけに対し、ダンは答えなかった。
店に着いてからの、お楽しみっていうところだろう。
「まあふたりともついておいで」
ダンは右手にエリン、左手にリアーヌ、ふたりの手を引いて、通りを歩いて行く。
超絶美少女ふたりを連れたダンに対して、向けられる男達の凄まじい嫉妬目線が怖いくらいだ。
聴覚の鋭いエリンの耳には……
男達の「ちっ」「馬鹿野郎」「ぶち殺すぞ」「リア充爆発しろ」等の舌打ちや呪詛の言葉が聞こえて来る。
しかし、悔しそうな男達はこちらを睨むだけで、エリンが王都に来たばかりの時みたいに声を掛けて来なかった。
エリンは、感心する。
夫のダンがエリンとリアーヌを妻もしくは恋人だと、はっきり『主張』してくれるお陰で、あれほど多かった『ナンパ』が一切無かったのである。
やがて3人は、大きな建物の前に着く。
貴族の屋敷のような大きな建物である。
「ここ……ですか? 確か……」
「大きな家だね~」
立派な大型木製看板には『トレーフル商会 王家御用達』そう書いてあったのである。
リアーヌは、建物を見て少し臆しているようだ。
「私……こんな所、入ったことありません」
王都暮らしのリアーヌが、今迄に入った事のない場所?
エリンは、大いに気になる。
「え? どうして?」
「エリン姉は知らないのですか? ここは王家とも取引のある老舗の商会ですよ。お客は、結構なお金持ちばかりです」
リアーヌはさすがに、この『店』の存在だけは認識していたらしい。
敷居の高い店の威容を見て、やはり腰が引けていた。
一方、怖いもの知らずで好奇心旺盛なエリンはストレートに聞く。
「ダン、商会って何?」
「大きな店って事さ、さあ入ろう」
ダンから促され……
エリンはわくわく、リアーヌは戸惑いながら商会の大きな入り口から中へ入ったのである。
店内に入ったダンは、勝手知ったるという感じでカウンターへ行く。
顔見知りらしい、老齢の店員へ何か言うと、話は簡単に通ったようだ。
店員は左右を見渡すと、ダン達をそっと店内に招き入れ、即座にこの巨大な倉庫へ案内したのであった。
いつもご愛読頂きありがとうございます。
※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。
宜しければ、下方にあるブックマーク及び、
☆☆☆☆☆による応援をお願い致します。




