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第75話「新たなる出発②」

 今迄リアーヌは、幸薄い人生を送って来た。

 更に悪徳冒険者クランによる拉致未遂事件も起こって、下手をすれば破滅するところであった。


 アルバンは、顔を僅かにしかめる。

 あの忌まわしい事件の原因は、自分だったと思うからだ。


「あの時……俺が、リアーヌの言う事を聞いて買い物にさえ行かなきゃな……」


 事件後、アルバンは何度も後悔した。

 ほんの30分で、店へ戻るつもりだった。

 これくらいの短い時間なら、多分大丈夫だと思ったのだ。


 何度も不安を訴えるリアーヌを無理やり説得して、懇意にしている客の希望を叶える為に、不足した食材を買い出しに行ったのである。

 だがアルバンが「出入り禁止にした」『無法者達』は、その隙を見逃さなかった。


 今から考えれば、アルバンの見込みは甘かったのだ。

 危険への認識が、とても甘かったのだ。

 自分が不在のうちにリアーヌが拉致されてしまえば、最悪のケースも考えられた。

 男達に散々おもちゃにされた上、奴隷として国外へ売られるか、殺される可能性もあった。


 ダンが間一髪で助けたから良かったものの、それからリアーヌはアルバンに対して一線を引いてしまう。

 折角築き上げた信頼関係が、脆くも崩れてしまったのである。

 

 孤児で身寄りのないリアーヌは、それまでアルバンの事を祖父か、父のように慕っていた。

 なのに、態度が急によそよそしくなったのだ。


 その代わり、窮地を助けてくれたダンへの信頼は日を追って深くなって行く。

 

 兄を亡くした傷心のリアーヌを、ダンが何かとケアしてくれた事も拍車をかけた。

 リアーヌが口を開けば、話すのは業務以外、いつもダンの事ばかりであった

 

 アルバンは辛い生い立ちにもかかわらず、素直で前向きに生きるリアーヌを気に入っていた。

 単なる店の従業員であるリアーヌに対し、まるで『実の娘』のように幸せになって欲しいと願っていた。

 

 事件があってからは、猶更だった。

 悩んだ末に思い切ってダンを口説き、リアーヌにくっつけようと思った時もあったがやめた。


 アルバンが見るところ、ダンは性格的には一風変わった男だったし、王都に住んでいる様子もない不安定な冒険者だ。

 もしリアーヌを娶っても、堅実に暮らす保証もない。

 

 自分が無理やりくっつけて、万が一リアーヌが不幸になったらまずいとも思った。

 

 それに恋愛は、他人が不自然に介在しない方が良いと考え直したのである。


 昨夜、壁の向こうからリアーヌの思いつめた声が聞こえた。

 遂にダンへ告白した声が。

 何故か声は途中から聞こえなくなってしまったが、アルバンは「どうか上手くいくように」とお祈りだけをして眠ったのである。


 アルバンが改めて見ると、エリンと仲良く朝食の準備をするリアーヌの表情はやはり明るい。

 多分告白は……成功したのだ。

 

 ダンは、リアーヌの求愛を受け入れてくれたのだろう。

 

 アルバンは一夫多妻制の話をしてからどうかとも思ったが、今考えると結果的には何らかのプラスになったかもしれない。

 そう思うと、少し気持ちが軽くなった。


 やがて、準備が出来て朝食が始まる。

 ダンが、アルバンの思っている通りの性格だったら、そろそろ話があるはずである。

 一風変わった性格ではあるが、律儀で筋を通す男だとは見ているからだ。


「アルバンさん、話がある、リアーヌの事だ。俺はリアーヌも嫁にする」


 やはりというか、ダンはストレートな物言いをした。

 飾り気がなく、逆に良いとモーリスは思う。


「そうか!」


「ああ、俺の無理な求めに、リアーヌも了解してくれた」


「あう!」


 思いがけないダンの言葉に、リアーヌが驚いたように小さな悲鳴をあげた。

 

 アルバンには、ダンの意図が分かる。

 ダンの方からもリアーヌを好きだ、ぜひ嫁にしたいという意思表示をして一方通行ではないことを報せたのだ。

 リアーヌは勿論、アルバンも安心させる為に。


 そしてエリンも、リアーヌへ慈愛の籠った眼差しを向けている。


「お爺ちゃん、エリンも大歓迎だよ」


「エリンさん……」


 エリンの言葉を聞いて、リアーヌはとても嬉しそうだ。

 仲良くやっていけると感じていても、実際に発せられた言葉は、心への確実な力となるからである。


 安心したアルバンは、軽口を叩く。

 ほんの僅かな期待、殆どは諦めの気持ちを持って……


「こうなれば俺達4人で勇者亭をやるって話だな」


 ダンの答えは、アルバンの予想通り……NOである。


「いや、申し訳ない……急で悪いが、リアーヌは今日から俺達と旅に出る、王都を出るんだ」


 分かっていたとはいえ、落胆がアルバンを襲う。

 表情が、少し曇る。

 だが……

 首を振って、気を取り直したアルバンの表情は、さっぱりしていた。

 

 可愛いリアーヌはダン、エリンと共に人生をリスタートするのだから。


「そうか! それも良いだろう」


「済まない……アルバンさんには感謝している。俺のリアーヌがとても世話になった、ありがとう!」


 俺の……リアーヌ。


「あ、ううう」


 愛するダンから、またもや嬉しい言葉を聞けた。

 リアーヌは感動のあまり言葉が出ず、さっきから唸るばっかりだ。


 唸るリアーヌを見ていたエリンが、悪戯っぽく笑う。


「うふふ、リアーヌったら、『ううう』なんてダンと同じ、飢えた狼みたい」


「おいおいおい、エリン、もうそのフレーズはやめろよ」

「あううう、エリンさんたら」


 ダンとリアーヌが、エリンに抗議した。

 「まあ、お約束」といった範囲なので、本気で怒っているわけではない。


「うふふふ」


 エリンも分かっていて、今度はいかにも面白そうに笑った。

 アルバンも、同様に笑う。


「ははははは!」


 エリンとアルバンの両方から笑われたダンは、リアーヌへ指示を出す。


「ったく! それよりリアーヌ、アルバンさんにお礼を言うんだ。散々お世話になっただろう?」


「は、はい! アルバンさん、今までとてもお世話になりました、本当にありがとう! リアーヌは、絶対幸せになります」


 礼を言われたアルバンは、改めてリアーヌが旅立つのだと実感した。

 再び、寂しさと安堵が混在した複雑な感情が生まれて来る。

 

 老齢のアルバンは、生涯独身を貫いて妻も子もなかったが、愛娘まなむすめを嫁にやる親の気分を感じていたのだ。


「そうか、良かったな」


 寂しさを隠すように、あっさりと祝ったアルバンを見て、エリンが笑顔を向けた。


「お爺ちゃん、エリンもリアーヌを必ず幸せにするよ」


「おお、『先輩嫁』としてリアーヌを頼むぞ」


 アルバンが、いきなり聞き慣れない言葉を発した。

 エリンは、とても気になる。


「先輩嫁?」


「ああ、今、俺が思いついたんだ。お嫁さんの先輩だから先輩嫁だ。正妻だの第一夫人などと言うより、全然良いだろう?」


 お嫁さんの先輩!

 エリンには、今の気持ちに「ぴったり」だと感じた。

 だから、喜んで受け入れる。


「うん! お爺ちゃんの言う通り、エリンは先輩嫁! リアーヌ、これから宜しくねっ」


 エリンのノリの良さに触発され、リアーヌもウルトラCを出す。


「はい! じゃあリアーヌもこう呼びます! エリンねぇ、宜しく!」


「うわぉ! 嬉しい! エリンはもう、お姉さんなんだ」


 両手を挙げ、打ち振るエリン。

 その仕草は、可愛くて微笑ましい。

 皆の笑いを誘う。


「あははは」

「はははは」

「うふふふ」


 朝の勇者亭は、ダン達の新たな旅立ちを祝うかのように、楽しそうな笑い声が響いていたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。

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