第70話「度胸と愛嬌」
エリンは、気持ちを固めた。
リアーヌの恋を応援すると。
堅く閉ざされてしまった扉の、鍵だけを「開けてやろう」と決めたのである。
「リアーヌ、それで良いの?」
「それで良い……とは?」
エリンから言われて、リアーヌは、戸惑っているようだ。
相手の真意が見えないから。
それは、仕方のないことであろう。
だからエリンは問いに答えてやる。
「ダンを諦めるのが、よ」
「で、ですが……ダンさんはエリンさんと」
当たり前の質問だった。
だから、エリンは即答する。
「うん、結婚してる」
「…………」
きっぱりしたエリンの物言いに、リアーヌは黙り込んだ。
そこでエリンは、モーリスの提案を引き合いに出す。
「だけど、さっきお爺ちゃんも言っていたじゃない。この国ではリアーヌも『お嫁』さんにしてOKって、ダンに」
「…………」
「エリンはダンと別れない、これははっきり言っておくよ。エリンはダンが大好き、絶対に離れないもの」
「…………」
リアーヌは、ずっと黙っていた。
ここでエリンは、話の核心部分を「ずばり」と言い放つ。
「でもね、もしリアーヌがダンのお嫁さんになりたいのなら……エリンは応援する」
「エリン……さん」
もしや、とは思っていたのだろう。
エリンの提案を聞いて、リアーヌは目を潤ませた。
正妻として、エリンはリアーヌを受け入れる。
認める——そう告げたのだ。
「エリンが出来るのはここまで……後はリアーヌの行動次第、そしてダンの返事次第だね」
いくらリアーヌが「好きだ」と気持ちを伝えても、ダンが応えるかどうか。
断固として、リアーヌを拒否するのなら、エリンだってそれ以上は無理押し出来ない。
一方、リアーヌは再び考え込んでいるようだ。
「…………」
「どうするの?」
エリンは、白黒はっきりさせたい。
リアーヌに答えるよう、再び促したのである。
答えを求められたリアーヌであったが……迷っているようだ。
「い、いえ……私、いきなりそんな事言われても、今は頭の中が真っ白になっちゃって、どう答えて良いのか」
リアーヌの言葉を聞いて、エリンが分かった事がある。
思ったら即、行動するエリンに比べると……
リアーヌは良く言えばとても慎重、悪く言えば臆病なのだ。
しかしリアーヌには、充分に考える時間があった筈である。
『想い』を伝えるチャンスも……
そう、エリンは思う。
「リアーヌ……エリンが、そうだよねぇ、急に言われて無理もないよねって……同意すると思う?」
「…………」
「エリンは、ダンに初めて会った時、助けて貰ってすぐに決めたよ……だけどリアーヌは、ダンを好きな気持ちをず~っと温めて来たんでしょ?」
「で、でも……」
「エリンはすぐ決めた、ダンに付いて行くって……後悔したくないから」
「後悔……」
「これ以上あれこれ言うのも嫌だから、もう最後にするね。多分、明日……エリンとダンは王都を出て旅立つよ。……しばらく戻って来ないと思う」
エリンは、そう言うと満足した。
少なくとも、フェアになった筈だと考えた。
リアーヌも、『戦える舞台』に上げてやったと思う。
「戻って来ない……」
リアーヌは事実を確かめるように、まだエリンの言葉を復唱していた。
躊躇うリアーヌを見て、エリンはもう突き放す事にした。
決断すべき時に、自分の行動を決められなくて、結局後悔するのはリアーヌ自身なのだから。
「じゃあ、お休み~、もう寝るね」
いきなりの就寝宣言に、リアーヌは驚く。
「え?」
「むにゃ……」
エリンの、可愛い声が聞こえた。
リアーヌが気が付けば、エリンは隣のベッドで毛布を掛け、目を閉じて横になっているではないか。
このまま、話が終わっていいわけが……なかった。
「エ、エ、エ、エリンさんっ! ままま、待って下さいっ!」
「むにゃ?」
「起きて下さい、お願いですから寝ないで下さいっ」
リアーヌの、必死な懇願に……
エリンは横になったまま、目を少しだけ開けてリアーヌを見た。
「ん? 起きるけど、どうするの?」
「わ、私、決めました! 告白します! ダ、ダンさんへ好きって言います! こ、後悔したくありませんからっ!」
「分かった! だったらエリンは応援するよ。……後はダン次第だね」
「ううう、自分で決めたのに凄くドキドキします」
リアーヌは、胸を手で押さえていた。
高ぶる気持ちを落ち着かせようとしているらしい。
身体の震えと共に、大きなおっぱいが「ぶるぶる」揺れている。
エリンが改めて見ても、……やはり大きな胸だ。
もしリアーヌがお嫁さんになったら、ダンは自分同様に彼女の胸も好きになるに違いない。
「じゃあ、行こっか?」
エリンが促すと、リアーヌは「きょとん」とする。
「い、行く? 行くってどこへですか?」
「ダンの寝ている部屋だよ」
「ええええっ!? ダダダ、ダンさんの部屋ぁ!」
夜中に、男性の部屋へ行く。
それって!?
驚いたリアーヌの顔が、トマトのように真っ赤になって行く。
「リアーヌ、声大きい。皆起きちゃうよ」
エリンが苦笑して首を振ると、リアーヌは盛大に噛みながら抵抗した。
「だだだ、だって! いいい、今は夜中です、ダダダ、ダンさん寝てますよ」
「だから良いんじゃない! こういう大事な話は静かな夜の方が良いよ。エリンがダンを起こしてあげるから」
「ううう」
筋の通っているような、そうでないような……
微妙なエリンの主張に、主導権を握られたリアーヌは従わざるを得ない。
唸るリアーヌに対し、エリンは「にっこり」笑う。
「昼間言ったよ、仕事は戦い。女子は恋も戦いだって!」
「恋も……戦い」
エリンは、欲しいものは戦って勝ち取れと、告げているのだ。
逃げたり、避けていては、絶対手に入らないと。
「そう、逃げてちゃ、恋は出来ないよ。女は度胸!」
「え? 女は愛嬌じゃないのですか?」
何か違う例えに、リアーヌは怪訝そうな表情になった。
しかし、エリンは笑顔のままきっぱりと言う。
「両方必要!」
「……分かりました、これから告白しに行きます」
遂に、リアーヌの気持ちは固まったようである。
リアーヌの大きな鳶色の瞳が、強い意思の光を宿して、エリンを見つめていたのであった。
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