第65話「エリンのお手伝い④」
ダン達が手伝いに入ってから、3時間後の午後11時過ぎ……
勇者亭は、この日の営業を終了した。
嵐のように混雑した時間は終わり、店内には静けさが訪れている。
更に1時間後の日付が変わった午前0時、厨房手前のテーブルには4人の男女が座っていた。
ダン、エリン、そしてアルバンとリアーヌである。
「エリンちゃん、ダン、手伝ってくれて本当に助かったぜ!」
「ホント、ホント」
すまし顔のダンとエリンに対して、アルバンとリアーヌは感謝しきりだ。
もし助っ人を頑固に断っていたら……
ふたりともあまりの激務に、目を回して倒れていたかもしれない。
普段の勇者亭も結構な混み具合な事は確かだが、店の外で待つ客が、数十人も溢れる盛況ぶりなのは久々である。
特にエリンはホール担当として、リアーヌと共に大車輪の働きぶりであった。
幸いエリンは、この仕事の落とし穴に、はまらずに済んだ。
客から勧められた酒の杯を飲む事は、さすがに断ったからである。
これは、ダンの忠告を素直に守ったといえよう。
エリンにとって、極めて適切な判断である。
飲み過ぎて悪酔いすると困るし、性質の悪い者が飲み物に悪戯する可能性もあるからだ。
また手を伸ばして、身体を触ろうとする客に対しては、巧くかわしたうえで軽く怒ったりもした。
だが、エリンはサービス精神が旺盛であった。
一緒に杯を持って、乾杯のポーズをするのは勿論……
爽やかな笑顔に癒されるから微笑みかけてくれとか、話す声が綺麗だから一緒に歌って欲しいとか、酔客の多種多様な要望に殆ど応えてやったのである。
ダンの方は厨房のアルバンから、ホール担当であるエリンとリアーヌへの橋渡し……
つまり注文の整理というオペレーションに徹した。
厨房仕事の合間を縫って、臨機応変にホール担当もこなしたのである。
ちなみに、大量に出た洗い物等の片付けも、4人で頑張って既に終了していた。
「うん! 改めて乾杯だな、全員、今日はお疲れ様、乾杯!」
アルバンの音頭で、4人は乾杯した。
酒が少しと、アルバンが手際よく作った何品かの簡単な料理で、ささやかな宴を開いたのである。
またアルバンとリアーヌは、ずっと溜まっていた疲れが、いつの間にか消えていた。
ダンがこっそりと、強力な上位治癒魔法を4人全員へかけていたからだ。
最初の乾杯が終わったところで、ダンが愛する嫁を慰労する。
この勇者亭の手伝いだけではなく、冒険者ギルドの登録を始めとして、宿敵のエルフとのやりとり等、初めての王都なのに奮闘したとダンは心の底から思うのだ。
「エリン、今日は本当にありがとうな。生まれて初めての仕事なのに、お前はいろいろ良く頑張ったよ、それにメイド服、とても良く似合うぞ」
「わお! ホント? 凄く嬉しいっ!!」
エリンは、ダンから褒められるのが一番嬉しい。
幸せいっぱいな、満面の笑みを浮かべていた。
その様子を羨ましそうに見ていたリアーヌも、エリンを褒め称える。
エリンの、素晴らしい働きぶりを目の当たりにした、心の底からの賛辞であった。
「ホント、エリンさんって、素晴らしいわ。初めてこの仕事をするのに私と同じ……いえ、それ以上に完璧にこなしていたもの。それにどの席からも引っ張りだこの大人気だったし」
「ううん! エリンはリアーヌの仕事を真似していただけだよ」
「そんな事ないですよ」
「違うって! リアーヌは本当に大変だよ。毎晩、毎晩なんだから。リアーヌこそ偉いよ」
同じ事をやってみて、リアーヌの仕事の大変さを、エリンも実感したようだ。
謙遜しリアーヌを労わるエリンを見て、アルバンは目を細める。
普段ニーナの事を、目の中に入れても痛くないくらい可愛がっているアルバンではあったが、
エリンの事もますます気に入ったようだ。
「ははは、でもエリンちゃんは初めてこの仕事をやったんだろう? 確かに凄い才能だな……どうだ、ダン、冒険者をやめて4人で一緒にこの店をやらないか?」
アルバンの誘いは、半分以上本気であろう。
こんな時は、ダンもむげに断らない。
「ああ、考えときますよ。とても楽しかったからね」
しかしアルバンは、更なる爆弾を投下したのである。
「その場合は……エリンちゃんとリアーヌ、両方お前の『嫁』にするってのはどうだ?」
「えええっ!? アアア、アルバンさん!?」
目を見開き驚くリアーヌ。
「ぶっ!」
飲んだエールを、派手に噴き出すダン。
そんなダンとリアーヌを見て、アルバンは惚けた顔で問いかける。
「何だ、きったねぇなぁ、ダン。お前、リアーヌと結婚するのは嫌なのか?」
「い、嫌っていうか……何でそういう展開になるんだ?」と、苦笑するダン。
「わわわ、私は……そんな」と、頬を染めて盛大に噛むリアーヌ。
ふたりの、反応を見たアルバンは豪快に笑う。
「はっはははは! この国は一夫多妻制だからダンの嫁は何人居ても良いのさ、エリンちゃんさえOKすれば問題ない」
エリンは、やりとりを黙って聞いていた。
どうやらアルバンも、リアーヌの気持ちに気づいている。
それで、可愛い『孫娘』の応援をしているのだ。
いっそう真っ赤になって、俯くリアーヌをスルーして、アルバンは問いかける。
「ダン、今夜はどうする? 当然、宿は取っているんだろうが……」
問いかけるアルバンに、ダンは「しまった!」という感じで頭を掻く。
「あ、ああ、うっかりしてた、今夜の宿を取るのを忘れていたよ」
ダンの言葉は……嘘である。
実のところ、ダンとエリンは転移魔法で、「さくっ」と『自宅』に戻って寝る予定であった。
エリンが、「落ち着いた空気の良い自宅の方で寝たい!」と望んだのだ。
しかし……
「だったら今夜は勇者亭に泊まれ。部屋はいくつかある」
この申し出は、アルバンの好意である。
可愛いリアーヌの為でもあるのだろう。
ダンは、エリンを見た。
エリンは、「勿論OKだ」というように大きく頷いた。
愛する嫁から了解を貰ったので、ダンはアルバンの誘いを、快く受けることにする。
「分かった、了解!」
今夜は、勇者亭に泊まる。
そうと決まればエリンは、ずっと考えていた事を実行に移す。
「リアーヌ、今夜はエリンと一緒に寝よう!」
「え? ええええっ!?」
いきなりのエリンからの『提案』にリアーヌは吃驚し、大声を出してしまったのであった。
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