第64話「エリンのお手伝い③」
「は~いっ! キンキンのエール大マグふたっつ、お待ちっ!」
エリンがエールのマグを運んだのは、先程から何度も催促していた客のテーブルである。
テーブル席には、20歳を少し超えたくらいの若い男達が4人座っていた。
さりげなくエリンが聞くと、彼等はやはり冒険者であった。
昼間にギルドで見かけた、クラン炎と同じような連中らしい。
だらしなく食べ散らかした、料理の皿がテーブルに載っている。
空っぽのワインボトルも数本、横倒しで転がっていた。
顔は皆、赤く染まっている。
もう結構、酒が回っているようだった。
エリンに対して「普段、見慣れない顔だ」という表情で、エールを注文した冒険者が問いかける。
「あれぇ、良く見るとリアーヌじゃない、一体君は誰?」
「エリンでっす」
名を聞かれたエリンが、軽い調子で答える。
こんな時は、固く真面目に答えてはNG。
リアーヌの受け答えを見て聞いて、参考にしたものだ。
「エリン? 見ない顔だな……っていうか、すっげぇ可愛いなぁ! うわ! おっぱいも超でかっ! すっげぇうまそう!」
冒険者の若い男は、エリンを「じろじろ」と舐めるように見た。
男性の本能を剥き出しにした、嫌らしい目付きである。
他の男達も、同様であった。
いつものエリンだったら、容赦なく相手の『頬』くらいは張るであろう。
だが、ヴィリヤの屋敷の門番の時とは違った。
リアーヌの働きぶりから……
このように見られ、言われるのも『仕事のうち』だと、理解しているエリンに怒りは湧かない。
それどころか、逆に礼をいうくらい余裕綽々である。
「うふ、褒めてくれてありがとう。今日はエリン、勇者亭の臨時店員だよ、何か追加の注文ある?」
魅惑的なブラウンの瞳で、じっと見つめられた冒険者は、「ぽおっ」としてしまう。
ダンと結ばれてから……
エリンの笑顔は、自分でも気づかないほど、輪をかけて素敵になっていた。
男性から見たら、とんでもなく『最高の女』なのである。
「追加の注文って……それより君の事がもっと知りたいな? 彼氏居るの? もし居ないなら俺と付き合わない」
酒が入っていて度胸がついた冒険者は、エリンをストレートに口説いた。
当然、エリンの返事はつれない。
ナンパも理解していたから、怒らないで済む。
「あ~、それってナンパ? ダメダメ、エリンにはもう夫が居るのでっす」
エリンに軽くあしらわれて、冒険者は吃驚してしまう。
目の前の超が付く美少女が、既に結婚していると聞いたから尚更である。
思わず、持っていたエールを落としそうになるくらいだ。
「えええ!? お、夫が居る!? 君って人妻ぁ?」
「うふふ♡ もしや人妻ってお嫁さんの事? だったらそうだよぉ!」
エリンは、にっこり笑って肯定した。
自ら「大好きなダンの妻だ!」と言い切るのは、何度やっても嬉しくなる。
しかし、諦めきれない若い冒険者は未練がましく言う。
「で、でも、その夫よりも俺の方がカッコよかったらさ、別れて俺と……」
エリンは、じっと冒険者を見た。
クラン炎のリーダー、チャーリーに似た戦士タイプの冒険者である。
鍛えた身体は逞しく、言うだけあって顔もそこそこだ。
しかし、答えは明らかであった。
「ううん! ダンの方が全然カッコイイよぉ!!」
ダン!?
聞き覚えのある名前が耳へ入り、冒険者が更に吃驚する。
「何だ、君ってあのダンの嫁かよ! あいつ巧い事やりやがって! 畜生、俺はやっぱリアーヌひとすじだ! リアーヌぅぅ!!」
酔っぱらった冒険者は、悲しげに叫んだ。
名を呼ばれたリアーヌはというと、エリンが見ても知らんふり。
かなりの大声だから、しっかりと聞こえているはずだ。
周囲の仲間達が、面白がってはやし立てる。
「へへへ、お前、この前リアーヌへコクって『瞬殺された』癖に何言っているんだよぉ」
「そうだそうだ」
「フラレ男、絶好調!」
仲間達からの散々な物言いに、冒険者は『切れて』しまう。
「くっそ! お前等だって『彼女』が居ないだろうがぁ」
冒険者の反撃に対し、囃し立てた仲間達は顔を見合わせる。
他人の不幸を喜ぶ楽しそうな表情が、極端に変わっていた。
「確かになぁ。俺達、全員リアーヌにきっぱりふられているんだよなぁ……」
「誰が口説いても全然ダメらしいぜ」
「もしかして、どこかに好きな男でも居るのかなあ、ちくしょぉぉ!」
仲間達の愚痴を聞いた、冒険者の目が遠くなる。
「ああ、今度もダメか……色々な女の子にコクって、20連敗! 俺の人生真っ暗だ」
哀愁漂う、男達の愚痴を聞きながら、エリンは思う。
このような店は、酒に酔った勢いもあって、男達はどんどん女を口説く。
リアーヌのような美少女なら、尚更口説かれるだろう。
しかしリアーヌは、男達のありとあらゆる誘いを、一切断っているらしい。
その原因を、エリンは良~く知っている。
「リアーヌ……」
やっぱり……リアーヌは、ダンが好きなのだ。
絶対、一途に惚れているのだ。
エリンは、いろいろと考え込んでしまう。
と、その時。
他の客達からも、エリン達へ声が掛かる。
「お~い、こっち料理追加で~」
「私には赤ワインちょうだい!」
「おいおい、頼んだのはこっちが先だぁ」
エリンに引っ張られて、店内を一時リアーヌが外したから……
客からの注文が、随分と溜まっているようだ。
「は~い、今行きまっす」
エリンは首を軽く振ると、再び仕事に戻ったのであった。
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