第62話「エリンのお手伝い①」
勇者亭の、逞しい老主人アルバン・ワイルダーと美少女従業員リアーヌの手で……
ダン達が頼んだ料理は、「ずらり」とテーブルの上に並べられた。
勇者亭の料理は素朴な田舎料理だが、いかにも冒険者向きである。
新鮮な肉や魚を多く使い、栄養がたっぷり取れるようになっていた。
量も、他の居酒屋に比べると格段に多い。
完全に、倍以上はある。
当然ながら、味も抜群。
それでいて、他の店の一人前以下の値段だから、とても人気があるのだ。
「わあお!」
思わず、エリンは歓声をあげた。
「見た事のない料理ばっかりだあ!」
エリンの言葉を聞いた、アルバンの眉間に一瞬皺が寄った。
ダンの頼んだ料理は、そう珍しいものではないからだ。
しかし、すぐに笑顔を浮かべる。
何も、聞かなかったように……
「ん? そうか! はっははは、俺はアルバン・ワイルダー。この勇者亭の主人だ、お嬢ちゃん」
今度は、『お嬢ちゃん』と呼ばれたエリンの表情が曇る。
子供扱いされたのが、気に入らないらしい。
当然、エリンは反撃する。
「もう、おじいちゃん! お嬢ちゃんじゃないよ、私はエリン! エリン・シリウス、ダンのお嫁さんだよ」
初対面のエリンから『おじいちゃん』と呼ばれてしまった。
だが、細かい事は気にしないとばかり、アルバンは笑顔のまま言葉を返す。
「おう、そうか、そうか。そりゃ、失礼!」
エリンとアルバンの、会話を聞いていたダンがにっこり笑う。
面倒な説明が、省けたという表情である。
「アルバンさん、そういう事なんだ」
「了解だ! ダンが可愛い子を連れて来たってリアーヌから聞いたが、成る程、結婚したのか! うん、そういう事なんだな」
納得して頷くアルバンの傍らで、リアーヌがぎこちなく挨拶する。
「改めまして、エリンさん……リアーヌです」
「よ、よろしくね」
エリンも、先ほどとは打って変わってぎこちない。
ふたりの間に、何かあったと分かっても、アルバンはそんな素振りを微塵も見せない。
「よっし! ダンとエリンちゃんの結婚は日を改めてお祝いしよう」
「ありがとう、アルバンさん。ところで今日はどうしたの?」
「ん? どうしたとは?」
ダンから聞かれたアルバンは、首を傾げる。
質問の意味が、いまいち分からないらしい。
ダンが、苦笑しながら補足する。
「何言ってるんだ、アルバンさん。こんなに忙しいのに、リアーヌがひとりでホール担当をやっているじゃないか? どうしたんだい、他の子達は?」
ダンから言われて、アルバンは「参った」という表情をする。
「それがなぁ……残りのふたりがいきなり風邪をひいてしまってな、休んじまったんだ」
「わ、私なら大丈夫ですよ、ひとりで!」
リアーヌが、すかさず「問題なし」と宣言した。
そう言われ、アルバンは何気なく店内を見渡した。
相変わらず満席だが、殆ど料理が出た後で皆、酒を飲んでいる。
いざとなればアルバンもホールに出れば良いし、リアーヌの言う通り人手には問題なしだろう。
「ん、そうだな。まあ今夜のピークは過ぎたし、風邪組も明日には治って出勤して来るだろう。まあ何とかなるさ」
アルバンの『大丈夫』宣言を聞いても、ダンは納得しないようである。
「そうかなあ……」
「まあ、大丈夫だろ。てなわけで今夜は少し忙しい。ダン……またな」
峠は越えたが、まだ料理や酒のオーダーは多少あるだろう。
モーリスは手を振りながら、厨房へと戻って行く。
「わ、私もまだ仕事がありますので……失礼します」
リアーヌもぺこりと頭を下げると、また仕事に戻って行った。
しかしがダンは、心配そうにリアーヌを見ていた。
そんなダンが、エリンには気になるようだ。
「ダン……やっぱりリアーヌに優しいね」
「え?」
「頑張るリアーヌが、気にかかっているんでしょ?」
「まあな……でも好きとか嫌いとかじゃない、ひとりで働いていて大変そうだなと思っただけだ」
エリンがジト目で告げても、ダンはきっぱりと言い放った。
まっすぐエリンの目を見て。
だからエリンは、満足そうに頷く。
「うん! 分かる、ダンは嘘をついていないよ」
「当たり前だ。さあ、料理が冷めるから食べようぜ」
「うん!」
こうしてふたりは、勇者亭の料理を「ぱくつき」だしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンとエリンは凄い食欲で、あっという間に皿に乗った料理を平らげて行く。
いくつかの皿は空になって、テーブルの片隅に積み上げられている。
「美味いか、エリン?」
「うん、美味しい! すっごく美味しいよ!」
エリンは料理を食べながら、先ほどから『ある人物』を目で追っていた。
「どうした?」
「リアーヌ、相変わらず忙しそう」
エリンが目で追っていた、『ある人物』はリアーヌであった。
先程、アルバンは「ピークが過ぎた」と言ったが、とんでもなかった。
ダン達と話してから、すぐにまた客が大勢押し寄せたのだ。
現在、入りきれない客が行列を作って、店の外で待っているくらいである。
勇者亭の人気……恐るべしだ。
「そうだな……夜も遅くなったのに、客がどんどん来る。ピークを過ぎたって言ってたけど、モーリスさんのとんだ見込み違いだな」
ダンの言葉を聞いたエリンが、「ポン」と手で胸を叩く。
「よっし、エリン、決めたよ」
「何が?」
「うん! エリンには分かる! ダンもそう思ってるし、エリンも同じ。ふたりでリアーヌを手伝おうよ!」
エリンは、ダンの気持ちを理解してくれていた。
そして、嬉しい事を言ってくれた。
ダンは、エリンがますます好きになる。
「そうか、エリンは本当に優しいな……でも手伝えるか?」
「大丈夫、エリン、もうリアーヌの仕事をバッチリ覚えた」
「それでさっきから、リアーヌばっかり見ていたのか」
「うん、完璧だよ!」
エリンの才能は、素晴らしい。
僅かな時間の間に、リアーヌの仕事ぶりを観察して、覚えてしまったらしい。
万が一、手伝いが拙くても、ここはエリンの気持ちを尊重してあげたい。
自分が、多少フォローすれば問題ないだろう。
ダンは決断し、エリンへと告げる。
「そうか……分かった、ふたりでリアーヌを手伝おう」
大きく頷いたダンは、「善は急げ」とばかりにリアーヌを呼ぶ
「お~い、リアーヌ」
大きなダンの声が英雄亭に響き渡り、リアーヌは弾かれたように飛んで来た。
しかし疲れも溜まっているらしく、大きく肩で息をしている。
「はぁはぁはぁ……お、お待たせぃ! ダ、ダン、お料理追加あ?」
「違う! お前、予備の仕事服、持ってたな。見たところ背格好同じようだからエリンへ貸してやってくれ」
「は?」
リアーヌには、ダンの言う意味が分からない。
目を丸くし、「きょとん」としている。
「詳しい話は後だ! お前の仕事は俺がつなぐ、さあ早く! アルバンさんにも言っておくから」
「???」
まだ、呆然としているリアーヌ。
エリンは、「すっく」と立ちあがるとリアーヌの手を取る。
「もう! リアーヌ、早くだよぉ!」
「はっ、はい!」
エリンに促されたリアーヌは、自分の仕事服が仕舞ってある、勇者亭内の私室へと向かったのであった。
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