第60話「勇者亭の美少女」
勇者亭の美少女リアーヌの、いきなりな爆弾発言。
『恋人』と名指しされたダンはエリンの手前、何とか誤解を解きたいと、つい声が大きくなる。
「おい、エリン! リアーヌとは何でもねぇ!」
「本当?」
ダンの言葉を聞いても、訝しげな表情のエリン。
その、理由とは……
先程の、ヴィリヤとの件があるからに違いなかった。
そんなエリンの顔付きを見たダンは、更に声が大きくなる。
「本当だ! 俺はこの店にたま~に来る客、リアーヌはここの従業員ってだけの関係だ」
必死に取り繕うダンを見て、頃合いだと思ったのだろう。
リアーヌは笑顔のまま、ぺろっと舌を出す。
「うふ! 残念ながらダンの言う通りなの、私達は無関係よ」
「…………」
エリンは疑わしそうな視線で、「じ~っ」とリアーヌを見た。
何かを感じる……
これは……ヴィリヤの時と一緒だ。
はっきり、分かった。
この人間の少女リアーヌは、ダンに対してほのかな思いを寄せている。
「ダン、この子、こんな事言っているけど……真っ赤なウソだよ」
自分の言葉が、『真っ赤なウソ』と言われたリアーヌは吃驚する。
エリンの口調は、有無を言わさぬ雰囲気だったからだ。
「え?」
今度は、リアーヌが驚いた。
エリンは、そんなリアーヌを真っすぐ見詰める。
「ねぇ、貴女……名前、リアーヌって言ったよね?」
「え、ええ……」
「貴女って……ダンの事……好きでしょ?」
ストレートなエリンの言葉に、リアーヌは面白いほど動揺する。
「へ? ええええっ!? あ、あのぉ、え~と……」
「隠したってダメダメ。エリンには分かるんだもの」
エリンの攻撃に対して、防戦一方のリアーヌ。
ここは、逃げるしかないと思ったようだ。
「わ、私、今は仕事中ですので」
「あ、誤魔化した」
エリンの追及をかわすように、リアーヌは無理やり事務的な口調で言う。
「お、おふたりさま、ご案内です! こ、こちらの空いているお席へど~ぞ」
「むむむ……」
矛先をかわされて、エリンは不満顔だ。
案内されて着席しても口が尖り、頬がまた思いっきり膨らんでいる。
一方、何とか『態勢』を立て直したリアーヌは、いつもの仕事モードに戻っている。
しかし……
「で、で、ではまずお飲み物をお願いします」
盛大に噛みながらも、何とか仕事をしようとするリアーヌを見てダンは言う。
そろそろ、話を終わらせようと言うように。
「エリン、リアーヌへ飲み物を頼むぞ」
「ダ、ダン!?」
「俺はエール、キンキンに冷えたのを、大マグでな」
「う! じゃ、じゃあ! エリンも同じの」
驚いたエリンだったが、きっぱりとしたダンの物言いに何かを感じたらしい。
素直に、ダンの言うことに従ったのだ。
「は、はい! かしこまりました」
リアーヌは、まるで逃げるように厨房へと去って行った。
追及を中断されたエリンは、ダンを軽く睨む。
「ダンったら」
エリンから睨まれたダンではあったが、「やましい事はない」とばかりにまっすぐ見つめ返す。
「エリン、誤解のないように言うが、俺はリアーヌへ恋愛感情なんか持ってない。好きなのはお前だけだ」
「う~、分かった……でも」
ダンの言う事を認めつつも、エリンは複雑な表情だ。
彼女が反論したいのは、何か理由があるらしい。
ここはしっかり聞いておいた方が良いと、ダンは思う。
「でもって、何だ?」
ダンの疑問に対して、エリンは凄い答えを返して来る。
「うん! 今のリアーヌもさっきのヴィリヤも……それにゲルダもね、ダンの事、凄く好きなんだよぉ」
「はぁ? 何じゃそりゃ?」
「ダンは凄くもてる、人気者だよ。ダンの事を大好きな女の子が一杯居る! エリンのダンなのに、面白くないっ!」
「おいおいおい」
その時である。
リアーヌが、大きなマグをふたつ抱えて現れた。
注文されたエールを持って来たのだ。
「お、お、お、お待たせしましたぁ!」
リアーヌは、相変わらず盛大に噛んでいた。
またエリンから、厳しく追及されると思ったのであろう。
「おい、リアーヌ。料理を頼んで良いか?」
「あ! は、はいっ!」
テーブルに、エールがたっぷり注がれたマグを置いたリアーヌは、注文を聞く準備をした。
「ええっと、パンの各種大皿盛り、豆のポタージュスープ、サラダ大盛り、日替わりパテ、ラグー、ミートパイ。雉の香草焼き。そうだな……豚の串焼きも頼んじゃおうか、味付けは塩で」
「わあ! ダンったら、相変わらず食べるわねぇ」
ダンの注文を聞いて、ついリアーヌが嬉しそうに言う。
そんなリアーヌの表情を見て、エリンはまた「ムッ」としてしまう。
「ちょっとぉ! 料理をいっぱい頼むのはダンだけじゃなくて、エリンも居るからだよぉ!」
「あ! ああ、ご、ごめんなさい」
怒るエリン。
謝るリアーヌ。
しかしダンは、ふたりのやりとりを華麗にスルーした。
「じゃあ、頼むぞ、リアーヌ」
「はっ、はい! か、かしこまりましたあ!」
ダンは、エリンに睨まれたリアーヌのフォローをしたような形になる。
そのリアーヌはまた、逃げるように去って行く。
エリンは、当然面白くない。
「もう、ダン!」
しかし、何事もなかったかのように、ダンはマグを持ち上げる。
「さあ、エリン、乾杯しよう」
「ね、ねぇ、ダン。家でもやったけどカンパイって何?」
「ああ、乾杯っていうのはな……俺とエリンに良い事があったのをお祝いしたり、ふたりの健康や仲がずっと良い事を祈って、このような杯を飲み干す行為なんだ」
「へぇ、面白いね」
エリンは『乾杯』を、面白いと感じてくれたようだ。
どうやらダークエルフたちには、『乾杯』という習慣が全くなかったらしい。
「乾杯をして、お酒を飲むの?」
「まあ、中には体質的に酒を飲めない人も居るから、飲むのは必ず酒というわけじゃない」
「ふ~ん、そうなんだ」
「で、だ。今俺達の目の前にはエールがあるから、ふたりで俺とエリンの出会いに乾杯だ」
「出会いに乾杯? エリンとダンの? 嬉しいっ!」
「ああ、俺も嬉しい。気持ちよく酒が飲めるよ」
「エリンもそう! でも、エール? エリンが飲んだ事のないお酒だね」
エールとはビールの一種で、大麦の麦芽を常温かつ短時間で発酵させたものである。
エリンが見ると、マグの中の液体は黒っぽい色をしていた。
ダンが、補足説明してくれる。
「ああ、ワインに比べると少し苦いかも……あ、そうだ、飲み干すって言ったが、この前のワインみたいに一気に飲むなよ」
ダンの注意を聞きながら、エリンは形の良い鼻を、エールがなみなみと注がれたマグに近づける。
「了解! 気を付けるよ。ふんふん……これだよ、間違いない。さっき嗅いだ、エリンが飲んだ事のないお酒だ」
「そうか、じゃあ早速乾杯しよう」
「う、うん! 分かった、カンパイ!」
斉唱し、ふたりはマグを近づけた。
カチン!
陶器同士がぶつかる乾いた音が鳴り響き、ダンとエリンはふたりの出会いを祝い改めて『乾杯』したのであった。
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