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第59話「不思議な気持ち」

 ダンとエリンは、ゲルダと少し話してから、連れだってヴィリヤの屋敷を出た。

 ゲルダからは今夜泊まるように引き留められたが、丁重に断って出て来たのである。

 屋敷の主であるヴィリヤは、結局自室に籠ったまま、見送りにも出て来なかった。


 時刻はもう、午後7時を回っている。

 日が暮れた王都の道を、魔導灯がぼんやりと照らしていた。

 いつものエリンなら、初めて見る幻想的な王都の夜の光景に珍しがって騒ぐのに、ずっと無言であった。

 どうやら、何かを考え込んでいるようだ。


 エリンと手を繫いだダンも同じく喋らず、黙って歩いて行く。

 やがて……

 エリンは「ぽつり」と呟く。


「ダン……聞いて」


「ん? 何だ」


「エリンね、ヴィリヤとゲルダに会って分かった」


「ふたりに会ってか?」


「うん……エリン、どうしてもエルフは好きになれない」


 エリンはヴィリヤの屋敷を出てから、ずっと宿敵の『エルフ』について考えていたらしい。

 そして出した結論は……嫌い……だった。

 

 はっきり言って、エルフを嫌う理由はエリン自身分からない。

 

 ヴィリヤ達は正面切って、ダークエルフを貶めたわけではない。

 ダンの強力な変化の魔法のお陰で、エリンは人間の少女だと見られており、ダークエルフとの接点などないのだから。

  

 今迄エリンが持っていた、エルフに対する負のイメージ。

 

 地の底に落ちたダークエルフを尻目に、創世神の祝福を受け、地上で繁栄した同族……

 呪われたダークエルフより、自分達の方が遥かに優れていると、勝ち誇った宿敵……


 しかしそれは、亡き父からの教えや、古文書などによる知識でしかない。

 百聞は、一見に如かず。

 実際にエリンが、エルフへ会ってみたら、何かが変わるかもしれない。

 そう思ったのは、浅はかだった。

 やはり、ダークエルフとエルフは相容れないのかと、ダンは感じた。


「そうか……」


 しかし、ダンは肯定も否定もしなかった。

 これこそが現実だし、長い歴史の中で培われた常識は、一朝一夕に変わるとも思えないのだ。


 ただエリンには、まだ言いたい事があるようだ。


「でもね、ダン……思っていたのと、エルフ……ちょっとだけイメージは違ったよ。……少しだけ優しいかな」


 エリンの言葉に微妙な含みがある。

 ダンは、聞き役に徹する事にした。


「おお、エルフは少しだけ優しいか、まあ聞いていただけと、実際に見るのとでは大違いだな」


「うん、違った。それにダン、エリン……何か変なの」


「どうして? どこが変なんだ?」


「ええとね、不思議な気持ちなの」


「不思議?」


「うん! やっぱりエルフは偉そうだから嫌いなのは変わらない。でも……」


 エリンは一体、何が言いたいのだろう。

 ダンは、思わず聞き直す。


「でも?」


「……ヴィリヤは……何か可哀そうだよ……あの子の事考えると憎たらしいのと同時に胸が苦しくなるの」


 エリンは、ヴィリヤの気持ちを汲み取ったに違いない。

 ゲルダの言葉も、効いているのだろう。

 自分が好きな、ダンを慕う『宿敵』の女の子……

 嫌悪は勿論、同情と嫉妬の感情が入り混じっている。


 ダンは思う。

 エリンは優しい。

 以前、アスモデウスの手下へ情けを掛けたように、ヴィリヤの気持ちにも思いを馳せたのだ。

 そんなエリンが、ダンは好きである。

 だから、気持ちが言葉に出た。


「……そうか……エリン、お前は良い子だ」


 いつものエリンなら、ダンに褒められれば飛び上がって喜ぶのに「きょとん」と首を傾げている。

 明らかに、自分の気持ちに戸惑っているのだ。


「エリンは良い子なの? でも嫌いなのに可哀そうって……エリン、変な子だよ、自分が分からない」


 やはりエリンは、自分の気持ちを持て余していた。

 ダンは、笑顔で首を振る。


「いや、エリンは変じゃない、優しいんだ」


「優しいの?」


「ああ、エリンは凄く優しくて良い子だよ、俺はそんなお前が大好きさ」


 愛するダンに『大好き』だと言われて、やっとエリンにも笑顔が戻る。


「うん! エリンもダンが大好き……ダンが居ないと困る」


「ああ、俺もだ。エリンが居ないと困るぞ」


 愛するふたりは、離れてはいけない。

 エリンは、改めて実感する。

 嬉しさが、ふつふつと込み上げて来る。


「嬉しいっ! ダ~ン」


 エリンは、大きな声で叫び、ダンに飛びついた。

 ダンも、がっちり受け止める。

 しかし……


 ぐ~


「あれ? エリン、お腹が鳴ったよ……」


「ああ、俺も腹減ったな、飯でも食おうか?」


 ベルナールからご馳走になった遅いお昼ご飯も、若くて元気なふたりはもう消化してしまったようである。

 ダンの誘いは、渡りに船。

 エリンも、当然快諾する。


「うん! 食べる」


「じゃあ、行こう」


「うんっ!」


 「飯を食おう」と言ったダンには、何か『当て』があるらしい。

 ダンに優しく手を引かれたエリンは、また元気よく歩き出したのである


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 暫し歩いたダンとエリンは、一軒の店の前に立っていた。

 そこそこ大きい2階建てで、古ぼけた木造建築の店だ。

 

「ここ?」


「ああ、ここだ」


「ふ~ん、何か凄そう……大勢の人が中に居る。ふんふん、美味しそうな料理と……あとワイン。……それに嗅いだことのないお酒みたいな匂いがする」


 店の看板には下手な字で『勇者亭』と書いてあった。

 看板自体、木をきちんと製材せず、森から切り出した丸太を割ってその表面に焼印を押した武骨な造りだ。


 『勇者亭』は王都にたくさんある、冒険者や庶民向けの居酒屋(ビストロ)のひとつであった。

 給仕をする女の子が居て、安くて美味い料理を出してくれるので庶民に人気がある店だ。

 大きく開け放たれた店の入り口からは「わあわあ」と喧騒が洩れている。


「ダン、勇者亭って、さっきチャーリーが言ってた店?」


「ははは、そうだ。エリンは鼻も記憶も良いな。そうそうあのチャーリーが奢れと言うくらい、ここの料理は美味いのさ」


「ホント! 楽しみ」


 ふたりは、仲良く店の入り口をくぐった。

 店の中に入ったエリンが見渡すと、店内はそこそこ広かった。

 山小屋風という造りで、看板のイメージに合っている。

 一番奥がカウンターで、10人ほどの『ひとり客』が並んで飲み食いしていた。

 カウンターの奥が厨房らしく、逞しい体躯の男がひとり、汗だくで調理作業を行っている。


 入り口からカウンターまでは、テーブルが6つほどあった。

 店は盛況で、カウンターもテーブルもほぼ満席であったが、運良く隅っこのテーブルだけが空いていた。


 「ラッキーだ」とエリンは思う。

 そして、同じチェックをダンも行ったようだ。


「おお、何とかあそこへ座れそうだな」


「やった! ごはん、ごはん!」


「いらっしゃいませぇ、2名様ですかぁ?」


 入り口に立つふたりへ、メイド服姿の少女が近づいて声を掛けた。

 栗色の髪を三つ編みにした、人間族の少女だ。

 大きな鳶色の瞳が「くりっ」とした、栗鼠のような可憐な少女である。

 胸はエリンと同じくらい大きい。


 少女はこの店の給仕担当のようだ。

 ダンを見て「ハッ」とし、出そうになった叫び声を口で押える。

 そして、深呼吸をして言い直す。


「あ~、ダンじゃなぁい! 暫く見なかったわね」


「おう、リアーヌ、元気だったか?」


 ふたりは、どうやら知り合いのようだ。


 しかし……


 ダンに対する甘い声、馴れ馴れしい態度。

 少女に対するダンの、さっくばらんな対応。


 「むかむかっ」と来たエリンの眉間に皺が寄る。

 不思議なものだ。

 宿敵であるエルフのヴィリヤには同情しても、目の前の人間の少女には嫉妬を感じる。

 

 その瞬間、エリンへ爆弾が投下される。


「ねぇ、この女の子、誰? ダンったら、ちょっと王都に居ないと思ったら、大事な恋人の私を差し置いてぇ! もしかして浮気?」


「な、何ですってぇ! ダン、どういう事ぉ」


 少女=リアーヌの衝撃発言に反応したエリン。

 手を振り上げ、店中に轟く声で叫んだ。


 びっくりしたのは、ダンである。


「ば、ば、馬鹿! リアーヌ、お、お前、な、何言っている!?」


 しかしリアーヌは怒るエリンと慌てるダンを見て、にこにこと笑っていたのであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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