第56話「王宮魔法使いの叫び」
ここは、アイディール王国王宮魔法使いヴィリヤ・アスピヴァーラの屋敷……
エリンに殴られた門番は治癒され、ダンのかけた束縛の魔法は解除。
……騒ぎは収まっていた。
ダンとエリンはヴィリヤの書斎に案内され、豪奢な肘掛け付き長椅子に座っている。
向かい側の肘掛け付き長椅子には、金髪のヴィリヤが座っており、その背後には彼女の『お付き』である栗毛のゲルダ・ボータスが立っていた。
ヴィリヤは菫色の瞳で真っすぐにダンを見つめており、先ほどからエリンを見ようともしない。
ゲルダはというと、無表情を装っているが、良く見れば懸命に笑いを堪えているようだ。
真面目な表情のヴィリヤが、厳かな口調で言う。
「ダン、この度も、良く務めを果たしてくれました」
しかし、ダンは首を振った。
「……それは良いが、まず挨拶だろ? お前には初対面の、俺の連れを紹介させてくれよ」
門番とのトラブルを収集した際も、今もヴィリヤはエリンを見もしない。
まるでエリンなど、最初から居ないというような態度であった。
当然、エリンはご機嫌ななめだ。
ダンにそう言われても、無視してヴィリヤは話を進める。
「……貴方を呼んだのは、魔王アスモスを見事に倒したと、巫女様から任務完了の神託があったからです」
「おいおい無視かよ! ……まあ良いけど」
ダンは、苦笑していた。
ヴィリヤの話が、だんだん熱を帯びて来る。
「何とも素晴らしい! 貴方は今回も難事を成し遂げてくれたのです! これも創世神様のご加護! 偉大なる創造主に感謝を捧げ……」
自分に酔ったヴィリヤは、いつも話が長い。
変に、勿体ぶっている。
創世神へ深い信仰があるせいだろうが、ダンからすれば御免こうむりたい。
「うん、分かった! じゃあさっさと報酬くれ」
あまりにもストレートなダンの物言いを聞いて、ヴィリヤの目が大きく見開かれる。
「報酬!? ま、まだ、話が終わっていませんっ!」
「良いよ、もう……どこかの校長の朝礼みたいな、くだらない長話はやめてくれ」
「はい~っ? あ、貴方には、創世神様を敬う心がないのですか?」
「ない!」
きっぱりと、言い切るダン。
傍らで、エリンも吃驚している。
この世界で、創世神を信じないと言い切るのは大変な事なのだ。
「ななな、何ですって!?」
案の定、ヴィリヤは口をぱくぱくしている。
まるで、酸欠に陥った金魚のようだ。
そんなヴィリヤへ、ダンは「しれっ」と言い放つ。
「俺は自分の為、そして金の為にやっている、割り切ってな。ほら、大事な家族も出来たから稼がにゃならん」
「だ、大事な家族? そ、その子が?」
「お? ようやく現実逃避をやめたか……そうさ、エリン、自己紹介しろ」
話の流れで、仕方なくエリンを認めたヴィリヤ。
ここぞとばかりに、ダンが促す。
エリンが、自己紹介する絶好のチャンスである。
「了解! うっふふ、私がダンのお嫁さんのエリンでっす」
「は? な、何? 貴女、誰?」
ヴィリヤは、往生際が悪い。
どうしても、現実を受け入れたくないようだ。
エリンは、止めを刺すように大声で叫んでやる。
「お・よ・め・さ・ん!」
「おおお、お嫁さん!? 誰の?」
「ダンのお嫁さんに決まってるじゃない? 馬鹿なの、貴女?」
「馬鹿なのって!? 失礼な! この高貴な私に向かって!」
「馬鹿だから馬鹿って言っているの! 何度も同じ事言わせるからよ」
エリンの罵倒に、耐え切れなくなったのであろう。
ヴィリヤは、ダンに向き直る。
「ありえない! な、何故!? 女嫌いの貴方が結婚するのですか!」
とんでもないヴィリヤの質問を聞いて、ダンが肩を竦める。
「話をねつ造するなよ……何で、俺が女嫌いなんだ……」
エリンには、はっきり分かる。
ヴィリヤの動揺した態度。
そして、隠せない波動。
ダンに対して、ヴィリヤのほのかな思いを感じる。
何故? という気持ちはあるが、ここは憎き相手に連続攻撃するしかない。
「そうだよ! ダンが女の子嫌いなわけないじゃん! 結婚したのはエリンと愛し合っているからだよ~、ね~、ダン?」
エリンは甘えた声で言うと、ダンに飛びついた。
「おお、そうだな」
ダンもエリンをしっかりと受け止め、ふたりは熱く抱き合っているような雰囲気となる。
こうなると、ヴィリヤは我慢出来ない。
「や、やめなさい、公衆の面前で何と破廉恥な!」
「良いじゃないか、お前だって普段、婚約者とハグしているだろう?」
エリンは、首を傾げる。
このエルフ女には、婚約者が居るのだ。
多分同族なのだろう。
なのに、何故?と思う。
一方、ヴィリヤはダンの指摘を真っ向から否定する。
「してません! 結婚するまで、わわわ、私は清らかな身体でいるのですから」
「分かった! じゃあ頑張って清らかでいてくれ! もう話は終わりだ、報酬くれ!」
「イヤ!」
「はぁ? イヤって何言ってんだ?」
「報酬は……支払いません、私が納得するまでは」
「おいおいおい! ヴィリヤ……俺が誰と結婚しようが関係ないだろ? お前が納得出来る、出来ないは関係ない。それに支払うのはお前の金じゃねぇ、俺宛に支給された王家の金を預かっているだけじゃね~か」
「嫌です! 断固として支払いません」
ダンは、既視感を覚えた。
以前エリンと交わしたのと同じような会話だ。
エルフ族は皆、こう駄々っ子なのかと思う。
ダンは苦笑すると、ヴィリヤの背後に立っているゲルダに視線を向けた。
「仕方ない……ゲルダ、支払い頼む」
「分かったわ、今回の報酬は金貨5千枚ね」
主を擁護するかと思いきや、ゲルダは素直に応じた。
「おう、確かその金額だ。お前は主人と違って分別がある」
ダンが褒めても、ゲルダは表情を変えない。
「当たり前だ」という顔付きをしている。
「当然です、契約なのですから」
ここでヴィリヤが金切り声をあげる。
「ゲルダ! 勝手に払わないで!」
しかし、ヴィリヤの叫びは華麗にスルーされた。
ダンとゲルダの話は、粛々と進んで行く。
「ダン、支払いは大きいの、小さいの、どっち?」
ゲルダの質問は、金貨の単位に関してである。
高額な金貨は、かさばらないが使いにくい。
だが、金貨5千枚は重すぎる。
普通に考えたら、持ち歩くなど不可能だ。
ダンは収納の魔法を使うから不可能ではないが、ゲルダの方も運んで来るのが大変だから。
「取り混ぜたい、内訳は任せる」
ダンの希望は、いくつか金貨の種類を混在させ、バランス良く支払って欲しいというものだ。
至極、真っ当な答えである。
当然、ゲルダは快諾する。
「了解!」
「やった! ダン、お金一杯貰えるね」
「ゲルダぁ!」
エリンも加わったダン達の話を止めようと、再びヴィリヤが叫ぶ。
まるで、聞き分けの無い子供のように。
だが、ゲルダは首を横に振る。
言う事を聞かない子供には、きちんとした躾が必要なのだ。
「ヴィリヤ様! これは王家とダンの契約です、私達は仲介者に過ぎません。貴女の勝手な意思で、報酬を不払いにするなど許されないのです」
「何故!? 私はエルフの長であるソウェルの孫娘よ、お前は私の言う事が聞けないの?」
「聞けません! いくらヴィリヤ様の希望でも……創世神様の神託もありますから」
「ううううう~」
ヴィリヤは凄い目でエリンを睨み、犬のように唸ると、「すっく」と立ち上がる。
そして書斎の扉を開けると、荒々しく閉めて退室してしまったのであった。
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