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第55話「無礼者!」

 冒険者ギルドを出た、ダンとエリンは王都の街中を歩いている。

 夕日が街並みを赤く染めて、普段にぎやかな街がやや寂しそうに見えていた。

 普段はほがらかで饒舌じょうせつなのに……

 何故か黙っていたエリンが切なそうな表情をする。


「ねぇ……ダン」


「どうした、エリン」


「うん……ベルナール様……さっき泣いてた、心の中で泣いていたよ……すまない、自分だけ生きていてすまないって……」


 エリンは、人の心の波動を感じる事が出来る。

 どんどん、その力は強まっているようだ。


「エリン、ベルナール様は……奥様と息子さんを亡くされている」


「え?」


 家族が死んだ。

 それはもう、なにものにも代えられない辛さである。

 エリンも、嫌というほど味わった。


「ダン……それって……」


「ああ、とても辛い思いをして来た。だが彼は悲しみを乗り越えて、息子さんの遺志を継いだんだ」


「息子さんの遺志?」


「うん、俺も人から聞いた。……詳しい事は、いずれ話すよ」


 ベルナールがダンの事情を知っているように、ダンもベルナールの過去を知っているようである。

 しかし今のエリンは、根掘り葉掘り聞く気にはなれなかった。


「そうなの……ベルナール様、可哀そう……エリン、分かるよ、凄く分かるんだ」


 エリンも、愛する父を亡くした。

 怖ろしい悪魔達により、目の前で無残に殺されてしまったから。


 ベルナールの忸怩(じくじ)たる思い、そしてエリンの張り裂けそうな気持ちを考えると、ダンは発する言葉が見つからない。


「…………」


「でも、エリンにはダンが居る」


「…………」


「もしも……ひとりぼっちだったら……エリンは駄目になっていたかもしれない……でも、ダンが居てくれるから……辛い事を思い出しても、嫌な事があっても……前を向けるよ」


 エリンは、真っすぐにダンを見ていた。

 ストレートな眼差しには、強い気持ちが込められている。


「そうか、ありがとう、俺だってそうさ」


 笑顔を向ける、エリンの気持ちが嬉しい。

 ダンの気持ちに、温かさが満ちて来る。


 そんなダンを見て、エリンも満足げに頷く。


「うん! ベルナール様もダンと話していて心が温かくなっていた、ダンが癒しているんだよ、エリンを癒すのと一緒だ」


「……癒してやるなんて偉そうな事は言えないが、俺が少しでも彼の役に立っているのなら嬉しいさ」


「ダン……」


「俺だけじゃない、あの様子ならエリンの笑顔にも凄く癒されたさ、ベルナール様は」


「うん……そうなっていたら、エリンも嬉しいよ」


 エリンは、握っていた手に「そっ」と力を込めた。

 ダンも、優しく握り返す。

 ふたりは次に向かう場所へ、力強く歩み始めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「へぇ、これが?」


「ああ、これがそうだ」


 ダンとエリンが到着したのは、豪奢な邸宅が建ち並ぶ王都貴族街区の一角……

 ダンをこの世界へ召喚したエルフの王宮魔法使い、ヴィリヤ・アスピヴァーラの屋敷である。


 既には落ちて辺りはもう薄暗く、道に設置された魔導灯が淡く光っていた。


「何か、凄い! この家って冒険者ギルドと同じくらい?」


「ははは、まあそこまでは行かないが、結構な大きさなのは確かだ」


 エリンが言う通り、目の前にある白壁4階建ての屋敷は高い柵で囲まれ、広大な敷地を有していた。


「でも、あの門……閉まっているよ。どうやって入るの? ダンの力でぶち破るの?」


「ぶち破るって……エリン、たまにお前凄い事言うなあ」


「うふ! もしぶち破るんだったら、エリンも岩弾飛ばして手伝う」


「いや、ぶち破らないって……」


「むむむ! じゃあこっそり潜入?」


「いや、潜入もしないって……ごく普通に面会を頼むんだよ」


「ぶ~! つまんない! 敵地なのにっ」


 「ぷりぷり」するエリン。

 宿敵のエルフ――ヴィリヤとかいうリョースアールヴの女には、先制パンチを見舞っておきたい。


 エリンの意図が見え見えなので、ダンはスルーして促す。


「……行くぞ、エリン」


「あ、待ってよぉ、ダ~ン」


 期待した展開に持ち込めず、不満を見せるエリンであったが、とりあえずダンに付いて行くしかない。

 ふたりは、屋敷の正門へ近付いて行く。


 堅く締め切った鉄製の正門前には、エルフの門番がふたり立って辺りを睥睨していた。

 ダン達が屋敷へ向かって来ると見て、門番は鋭い視線を投げかけ良く通る声で制止する。


「止まれっ、この屋敷を王宮魔法使いの屋敷と知って……ん!? な、何だ、ダンか、ヴィリャ様からそろそろ来るだろうとは聞いているぞ」


 相手がダンだと知った、門番達の表情が和らぐ。

 口調も、一気に砕けたものとなった。


 門番の、表情を見たダンも軽口となる。


「じゃあヴィリャは居るのかい?」


「ああ、ご在宅だ……しかし」


「しかし? 何だ?」


「ふむ、お前は人間にしては良い奴だと思うが……唯一、我らのヴィリヤ様を呼び捨てにするのだけはムカつく。まあ、あの方が許されているから仕方がないが」


 主人が屋敷に居る事を認めた門番であったが、人間であるダンが呼び捨てにするのは気に入らないようだ。


 しかし、ダンはさして気にする様子がない。


「まあ……そういうこった」


 軽く流すダンに、門番はエルフ特有の端正な顔を歪める。


「ふん、仕方がない、通れ! って、む!? 待て! この者は誰だ?」


 門番はダンに続こうとするエリンを見て、慌てて割り込むと両手を広げて制止した。

 呆気に取られるエリンを、門番は頭からつま先まで、「じろじろ」と見渡す。


 ダンが振り返って、エリンへ手を差し伸べる。

 門番へ、きっぱりと言い放つ。


「この子は俺の『嫁』だ。一緒に通して貰っても問題ないだろう?」


「ま、待て! そんな身元不明の女など通せないぞ、ヴィリヤ様にお聞きしてからだ」


 その瞬間!


 びった~ん!

 大きな音が鳴り、門番は派手にぶっ倒れた。

 片方の頬が、真っ赤になっている。


 エリンが素早く近づいて、門番へ思い切りビンタしたのだ。


「無礼者め! 気持ちの悪い目付きで私を見おって、何が身元不明だ! 私はエリン・シリウス! ダン・シリウスの妻だ! それ以上でもそれ以下でもないっ」


 ダンも驚いた。

 

 いつものエリンの物言いとは、まるで違っていた。

 アスモデウスと戦っていた時の、凛々しいダークエルフの姫エリン・ラッルッカの雰囲気へ戻っている。


 頬を打たれた門番は気を失って倒れており、それを見たもうひとりの門番が、血相を変えてエリンへ詰め寄った。


「な、な、何が無礼者だっ! こんな事をして絶対に許さんぞ、さあ大人しく詰め所へ来て貰おうか」


 もうひとりの門番は、ダンの見覚えのないエルフの男である。

 まだ王都に来て、日が浅いのだろう。


「いくらヴィリヤ様の客人とはいえ、暴力はけして許さん!」


「おいおい、嫁がぶっ叩いたのは詫びるが、冷静になってくれよ」


「ふざけるな、貴様ぁ! 容赦せんぞお!」


 激高した門番は、とうとう剣を抜いてしまう。


「あ~あ、抜いちゃったか……しゃあねえ」


 ダンは、「ピン」と指を鳴らす。

 剣を抜いて向かって来た門番の身体が硬直し、その場に崩れ落ちた。


 ダンが『束縛の魔法』を発動し、相手を無力化したのである。


「悪いな、面倒は御免なんだ」


「あ? ダン! 誰か来るよ、ふたりだよ」


 エリンが何者かの気配を察知し、叫ぶ。

 

 やがて……

 門から見える屋敷の扉が開き、金髪の小柄なエルフ女性が現れた。

 傍らには、少し背の高い栗毛のエルフ女性が控えている。


「これは何の騒ぎです? ああ、ダンですね……待っていました」


 さらさらな金髪をなびかせ、美しい菫色の瞳でダン達を見つめたのは、

 この屋敷のあるじ……ヴィリヤ・アスピヴァーラであった。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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