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第４８話「ベルナールからの戒め」

　人っ子ひとり居ない、がらんとした大型の観客席。

　そして……

　緑の芝鮮やかで広大なフィールドには、たったふたりの人物しか居ない。

　ここは、人払いした冒険者ギルド専用の闘技場……

　アイディール王国冒険者ギルドマスター、ベルナール・アスランは最高難易度の依頼を遂行する時と同じ装備に身を固めていた。

　かつてベルナールが倒した、竜の皮素材から特注で作らせた、漆黒の竜鎧(ドラゴンメイル)を始めとした一式である。

　手には、使い慣れた練習用のバスタードソードが、しっかりと握られていた。

「マスター、ベルナール。ちょっと宜しいでしょうか？」

「ん？　何だね、イレーヌ」

「初めて登録する冒険者ギルドの志願者……それも華奢な女性に対して、その出で立ちは少々大袈裟だと思いますが」

　ベルナールの傍らには、サブマスターのイレーヌ・リーが控えていた。

　イレーヌの言う事は、尤もである。

　アイディール王国の英雄、誉れ高き『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』が、直接志願者のランク判定をするだけでも異例なのに。

装備さえも、ベルナールにとっては万全ともいえる装いで臨んでいるからだ。

　しかし、ベルナールは笑顔で首を振る。

「ランク判定試験とはいえ、私はエリンさんと全力で戦う。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言うではないか」

「し、しかし……」

「エリンさんの実力は、あのダン殿が保証したのだ。愛する妻だろうが彼は嘘をついて贔屓などしない……それに私も油断していた……改めて見て分かったが、エリンさんは只者じゃない」

　上司の言葉を聞いたイレーヌは、怪訝な表情をする。

　普段、彼女がこの敬愛する上司に反論するなど滅多にない。

　ベルナールの、圧倒的な強さを知っているからに他ならないからだ。

「お言葉を返すようですが……エリンさんの魔導カードには単に地の魔法使いとだけ出たのですよね？　……私から見ても、ごく普通の可愛い魔法使いにしか見えませんが……」

「ははは、イレーヌ」

　ベルナールは笑顔のまま、イレーヌへ顔を向けた。

「はい！　マスター」

「良いかね？　決して自分の目に見えるモノだけを過信するな。人間の目はとても不確かなものなのだ。下手な先入観を持ってはいけない」

「は、はいっ！」

　イレーヌが見たベルナールの表情は、笑顔ではあったが、目は笑っていない。

　彼は上司として、部下のイレーヌへ戒めていたのである。

　戒められたイレーヌは、背筋を伸ばして立つ。

　まるで直立不動である。

　そんなイレーヌへ、ベルナールは諭すように告げる。

「もう一度言う、物事を最初から決めつけるな。そして常に注意深く観察して、色々な可能性を想定し、常識にとらわれない判断をしなさい、良いかね？」

「は、はい！　マスター！　反省します」

「ふむ、君が近いうちにマスターになった時に、今の教訓は良く分かる。私のアドバイスは必ず役に立つだろう」

「え！？」

　ベルナールの言葉を聞いたイレーヌは大いに慌てた。

　マスターであるベルナールは、「抜きん出た」と言っても良い冒険者ギルドの大黒柱だ。

　近いうちに私がマスター？　　

　それはベルナールが勇退する事を意味している？

　冗談じゃない！

　私など、まだまだ未熟者で全然力不足だというのに！

　イレーヌは、普段の冷静な彼女には珍しく、感情を込めて言葉を発する。

「そ、そんな！　マスターは！　ベルナール様はまだまだこのギルドの！　い、いえ！　このアイディール王国の為に必要な人材です」

　イレーヌはきっぱりと言い放ち、声のトーンを著しく落として言葉を続ける。

「ディーン様の為にもまだまだ頑張って頂かないと……」

「そう……だな」

　イレーヌの口から、出た名を聞いたベルナールの目が遠くなった。

　先程、ダンを見た眼差しを同じである。

　と、その時。

「ベルナール様、お待たせした！」

　ダンの鋭い声が、闘技場に響く。

　ベルナールとイレーヌの視線が、声の響いた方へ向く。

　立っているふたつの人影。

　やはりダンとエリンのふたりであった。

　ふたりはベルナールのいかつい雄姿を見詰めて感慨深げだ。

「ダン、やっぱり……ベルナール様は強そうだね」

「ああ、凄く気合が入っている。やはり俺のひと言が効いたのだろう、最強装備を身に着けているぞ」

「最強装備……」

「うん！　あれは竜鎧(ドラゴンメイル)だ。竜の素材で作られた地上最強という触れ込みの防具さ。ちなみにあの練習用の剣は、両手でも片手でも使用出来る鋼鉄製のバスタードソード……ベルナール様が、最も得意とする武器だ」

　ダンの説明を聞いた、エリンは吃驚してしまう。

　手加減でもしそうな、ベルナールの雰囲気が一変していたからだ。

「す、凄いね！　本気なんだ！」

「ああ、ベルナール様は最初エリンを甘く見ていたが、今は認めている。でも好都合だな」

「好都合？」

「あの竜鎧セットなら、多少の攻撃にはびくともしない。エリンが魔法で思い切った攻撃をしても大丈夫だ」

「了解！」

　ダンへ返事をしながら、エリンは呼吸を整える。

　体内魔力を高める為だ。

　強敵を目の前にして、エリンは自然と戦闘態勢に入っていたのであった。

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