第44話「冒険者ギルド⑥」
ベルナールはダン達へ、香りの良い紅茶を淹れてくれた。
ダンの家で飲むより、ずっと高級な茶葉である。
地上に出てから、紅茶が大のお気に入りとなったエリンは、鼻を「ひくひく」させながら、繊細な味を楽しむ。
とても、ご機嫌だ。
ダンがエリンを紹介すると、ベルナールは丁寧に挨拶した。
「エリンさん、アイディール王国冒険者ギルドのマスター、ベルナール・アスランです。今後とも宜しく」
続いてベルナールは、ダンへ向かって深々と頭を下げる。
「ダン殿、礼を言う。貴方の『お陰』で、我々はこの世界で平穏に暮らせる」
ベルナールの言う『お陰』とは、創世神の神託による、ダンの仕事遂行の事を言っているのだろう。
しかし、ダンは首を振った。
この国の宰相フィリップから貰った、自由に暮らす権利に付随する義務の遂行……ダンにとっては、ただそれだけなのだ。
「いや、そんなに感謝されて申し訳ないが、俺も自分の為にやっています。それに王家からしっかり報酬も貰っていますから」
ダンの言葉を聞いたベルナールは、相変わらず優しく微笑んでいる。
少し、目が遠い。
ベルナールの視線は、ダンを見ているようでいて、実は他の誰かを見ているようだ。
「ダン殿は、相変わらず奥ゆかしいですね。それで今日はどのようなご用向きですかな?」
「この子です、冒険者登録したい」
エリンを冒険者にというダンの言葉に、ベルナールが少し驚く。
「ほう! 奥様を冒険者に?」
「はい、ギルドの登録をしておけば、後々いろいろと便利ですから」
「…………」
エリンが見るところ、どうやらベルナールはダンの『事情』を知っているようである。
しかしベルナールは、物の道理をわきまえていた。
余計な事は、詮索しないのが方針らしい。
と、いうのは……
エリンの素性は勿論、ダンがエリンとどこで出会ったとか、結婚した経緯など、全く聞こうとしないのだ。
「分かりました、ではまずギルドの登録者証を作りましょう。その後にランク判定の実戦テストですね」
「助かります」
ダンの返事が終わらないうちに、ベルナールは「すっく」と立ち上がる。
自分の執務用の机に赴き引き出しを開けたベルナールは、何かを取り出した。
戻って来て……
応接テーブルの上に置いたのは、先程ダンからエリンが見せられたのと同じ銀色をした金属製のカードであった。
ベルナールは、エリンの前にカードを置いた。
カードからは、結構な魔力を感じる。
「エリンさん、このミスリルの魔導カードは貴女の魔力に反応するように作られています。手をかざして貰えますか」
ベルナールが促すが、エリンは首を振り、断固として従おうとしない。
ダンの指示する事以外は、絶対にOKしないと心に決めているからだ。
だからエリンは、ダンへお伺いを立てる。
「ダ、ダン?」
「大丈夫だ、ベルナール様の仰る通りにしてご覧」
「う、うん……」
ダンの許しは得たものの、エリンは口籠る。
何かの拍子に、ダークエルフである自分の正体がばれてしまうのではと危惧しているのだ。
ダークエルフなのを、恥じる事はない。
エリンは、そう決意した筈であった。
しかし……
ダンの家へ初めて訪ねて来た時のアルバート達の態度が、ひと時でも見せた自分への嫌悪と差別がエリンを臆病にしていた。
だが、このままこうしていても何も話が進まない。
不安そうなエリンが、再びダンを見る。
ダンが頷いたので、おずおずと手をかざすとカードが白く眩く輝き出した。
「きゃっ!?」
カードは思いっきり輝いた後に、表面にはいくつかの文字と何かの紋章が浮かび上がっていた。
エリンは、その紋章を良く知っている。
「こ、これは大地の精霊の紋章!」
「はい、その通り! どうやらエリンさんは地の魔法使いのようですね」
「…………」
ローランドが、当たり前のように言い切った。
エリンはびっくりしているが……
この登録カードは込められた魔力により、魔法適性を始めとした個人情報を読み取る事が出来るカードだ。
魔法適性と共に種族、性別、氏名、年齢、職業などを認識して記録する。
しかしダンの強力な変身魔法が種族と氏名、そして年齢に関しては偽りの情報を与える形となっていた。
エリンは、ダンの魔法の凄さをそこまで知らなかったから、自分の素性を知られるのではと、びくびくしてしまった。
当然ベルナールは、エリンの正体を知る由もない。
見たカードには人間族、エリン・シリウス、18歳、地の魔法使いとしか記録されていないから。
当然『偽り』のデータである。
それほどダンの魔法は強力なのだ。
呆気に取られるエリンへ、ベルナールが言う。
「これで登録は完了。もうエリンさんはこのギルド所属の冒険者だ」
「ええっ!? ダン! 冒険者の登録って、こ、こんなに簡単なの?」
カードに手をかざしただけで、もう冒険者とは……
あまりにも安易過ぎる手続きに、戸惑うエリンである。
しかし、これは特例ともいえる措置なのだ。
王国から、特別扱いされているダンの特別な事情がある。
「そんなわけないさ」
エリンの疑問に対して、ダンは微笑んで首を横へ振った。
「本来はもっといろいろ聞き取りをするんだ。種族とか出身地とかの身辺調査をね。そして今のカードを使って整合性があるかどうかを見る」
「整合性がある? 整合性って何?」
エリンの知らない言葉がまた出て来た。
勉強しないと!
前向きなエリンは、当然質問した。
「ああ、整合性があるというのは矛盾がないとか、理屈に合っているって事だ。例えばエリンが申告した事と、魔力が示した事実が合っているかどうかだな。エリンがもし嘘をついていたら、当然失格になる」
ダンは、顔色を変えずに平然と言い切った。
凄い! と、エリンは思う。
ダンは人間に化けさせて、ダークエルフであるエリンの正体を隠しているのに……
エリンは「どきどき」しているのに、ダンは顔色ひとつ変えていない。
いわば、ポーカーフェイスという奴だ。
エリンは質問の答えを知ると同時に、ダンの度胸にも驚いてしまう。
「ふぇ~」
「ははは、その上、冒険者講習とランク判定試験まで受けなきゃいけない。それがこんなに簡単なのはギルドマスターであるベルナール様のお力だよ」
「いえいえ、お安い御用です。このような事でダン殿のお役に立てるなら何よりだ」
ベルナールは、あくまでも低姿勢だ。
というか、心からダンに尽くしたいという気持ちが出ている。
それが何故なのか、エリンには分からないが……
王都という街は、確かに怖いし疲れる。
だが、王都に来る前に予想していたより、ずっと人間は優しい。
チャーリーを始めとしたクラン炎の連中も、案内してくれた職員も、サブマスターのイレーヌも。
ダンのお陰かもしれないが、目の前に居るベルナールもエリンにも気を配ってくれている。
エリンはとても嬉しくなって、幸せな気分に満ちていたのであった。
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