第40話「冒険者ギルド②」
エリンは、もう一度貼り紙を読み直した。
書いてある事は、間違いなく『愛犬の散歩』であった。
エリンは、じっくりと考えてみる。
犬の散歩とははっきりしないが……
ダンの家に居るケルベロスのような、ああいった生き物と、ただこの街を歩くだけなのだろう。
戦うとか探索するとか、勇ましい『冒険』をするイメージを冒険者に対して持っていたエリンには、とんだ拍子抜けである。
そんなエリンに構わず、ダンは他の貼り紙を指さした。
「じゃあ、これは?」
「自宅前のどぶ掃除をしてくれる人……募集?」
どぶ……掃除って何だろう?
エリンの頭の上に、?マークが飛び交っている。
「じゃあこっちは?」
「市場の買い物の手伝いを求む、重い荷物を運ぶ為、腕力に自信がある方……って、ええっ? ねぇ……ダン、これが冒険者の仕事なの?」
「うん、これも立派な冒険者の仕事だ。まあ俺やエリンでも、簡単に出来る雑務だな。じゃあこっちを見てくれ」
「ええっと……森を荒らすゴブリンの大群の討伐人募集? 賃金はずむって? あ、あれぇ!? こ、こっちは女性の敵オークを倒せる方、美人冒険者は特に危険な為要注意!? って! 全然違うよぉ、ダン、何これぇ!」
ゴブリンやオークは、エリンも知っている。
地下世界における悪魔との戦争では、ダンが倒した魔王アスモデウスの手先であり、一族の仇ともいえる凶暴な怪物だ。
数を頼んで、攻め寄せる厄介な相手でもある。
エリンは、あんな怪物共が地上にも存在する事に驚いた。
生まれて初めて見た地上の世界……ダンの家の周囲の森や草原は美しく平和だった。
狼という肉食動物は見たが、気高く美しい獣であり、醜悪なゴブリンやオークとは比べ物にならない。
そして同時に驚いたのは、奴らと戦う『仕事』が、先に見た貼り紙の、まるで使用人がやるような雑務と並んで貼られていた事にである。
呆然とするエリンへ、ダンが言う。
「そうだな。前にも言ったように冒険者というのは何でも屋だ。犬の散歩からオーク討伐まで様々な依頼がある。そして依頼によって報酬……すなわち貰えるお金が違って来るんだ、良く見てご覧」
「え? そ、そうなの?」
ダンに言われてエリンが慌てて見ると、確かに依頼によって金額が違う。
全然違う。
「えっと……犬の散歩は大銀貨2枚で……オーク討伐は王金貨5枚? 本当だ、全然違う!」
「分かるか、エリン。ちなみに銀貨や金貨はこの前話したお金というものだ。こうやって働いた代償にお金を貰う。大銀貨2枚は……そうだな。俺やエリンのどちらかひとりが最も安い宿に泊まれるくらいかな?」
「え? 王都で泊まるのに、お金が要るの?」
「ああ、人を泊めるのを仕事にしてお金を貰うのが宿屋。泊まる人の食事も用意しなければならないし、当然お金が掛かるからこちらが対価を払うのは当然だ。それにいきなり見ず知らずの他人の家には泊まれないだろう?」
「うう、確かに! じゃ、じゃあ王金貨5枚は?」
「うん、王金貨5枚は……ええっと、王都で一番安い家が買えるくらいだな」
「家!? ふわぁ! 違うね! 全然違うね、報酬!」
「ははは、違うな。ちなみに紙の色が違うのは、依頼を受ける事が可能な冒険者ランクが違うって事だ。ランクというのは……分かり易く言うのなら、貴族の爵位みたいなものだな」
貴族の爵位?
ダークエルフにも、貴族階級は存在した。
だからエリンは、ダンの言う意味が分かる。
「依頼はランクによって受けられるものと、受けられないものがある。高ランクの依頼は難易度に比例する。見たら分かると思うが、犬の散歩は比較的容易い。だけど、オークを倒すのはとても骨が折れる仕事だ。だからその分報酬金額も高い」
ダンの説明は、やはり分かり易い。
エリンは、砂漠の砂が水を吸い込むように理解して行く。
「そうなんだ! エリン、分かって来たよ。ちなみにダンのランクってどれくらいっ?」
「俺? 俺はランクBさ」
「Bって……一番強いの? この世界で最強なの?」
「ええっと……いや、冒険者ランクで最強というか最上はS。その次がAで、そのまた次がBなんだ」
「え~っ!? 3番目なのぉ、それっておかしいよぉ!」
ダンより、強い冒険者が居る?
エリンの中に、違和感が広がって行く。
頬を膨らませるエリンに、ダンは微笑む。
「ははは、エリン、俺がBなのは理由があるんだ。後で説明するから、とりあえず依頼の内容とランクは理解したな?」
「う、うん……」
不満そうなエリンを宥めるダン。
そこへ……
「おう、やっぱりダンか! 久しぶりだな」
ダンとエリンへ声を掛けて来たのは先程、肘掛け付き長椅子に座ってだべっていた、冒険者クランの男達である。
リーダーらしい若い男が、ダンへ問う。
戦士らしく、逞しい体つきだ。
「おお、その子、すっげぇ可愛いなぁ! 勇者亭でまたナンパしたのか、ダン」
「むむう、勇者亭でナンパ!? な、何ですってぇ!!」
ダンより先に、素早く反応したのがエリンである。
何せ、禁断のキーワードが入っていたから尚更である。
「あ、馬鹿! チャーリーの奴」
折角、『封印』されていた話題だったのに……
チャーリーと呼ばれたクランリーダーへ、怒りの余り大股で詰め寄って行くエリンを見て、ダンは大きなため息をついたのであった。
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