第39話「冒険者ギルド①」
冒険者ギルドの正面には、頑丈な鉄門がある。
金属鎧を纏ったふたりの屈強な門番が、出入りする人間をいちいちチェックしていた。
ダンは王都の門番だけでなく、彼等とも知り合いらしい。
無言で手を挙げると、門番達は特に何も言わず、微笑んで通してくれたからだ。
果たして、冒険者ギルドとやらの中には、一体何があるのだろうか?
エリンはダンに手を引かれて、冒険者ギルドへ入ると、またきょろきょろしてしまう。
さすがに王都の街壁には劣るが……
それでも、5mほどの高い壁にぐるりと囲まれた冒険者ギルドの内部は、エリンの想像以上に広大であった。
正面には、先ほどエリンが仰天した5階建ての建物が威容を誇っている。
その周りの敷地は、芝生が一面に植わっており、目に鮮やかな緑が飛び込んで来る。
他にもいくつか建物があり、人間より聴覚の良いエリンの耳には、何か戦いをするような音も聞こえて来る。
しかし『本気』での戦いというわけではなく、何やら訓練をしているらしかった。
冒険者の訓練って、何をするのだろう?
エリンは、とても興味をひかれたが、とりあえずは目の前の事に注力しようと、視線を戻す。
周囲には所々ベンチが備えられており、そのいくつかには様々な鎧に身を固めた老若男女の冒険者らしき連中が座っていた。
話の内容も聞こえて来たが、たいしたものではない。
仕事が楽とか、きついとか。
報酬が良いとか、割に合わないとか、他愛ないものであった。
ここでもダンの顔は知られているらしく、冒険者の何人かが挨拶して来た。
エリンの手を右手で引きながら、ダンは空いた左手を挙げて彼等に応える。
当然一緒に居るエリンにも視線が集中し、彼女の美しさに街中同様男性の目が釘付けになる。
少しは慣れたとはいえ、やはりエリンは男性の視線に緊張してしまう。
やがてダンとエリンは正面の本館の1階、開け放たれた両開きの巨大な扉から中へ入った。
建物の1階は、広大なフロアである。
時刻は午前10時過ぎ……
冒険者ギルドは依頼申し込みと報告の兼ね合いから、混むのは朝早くと夕方遅めなので、今は閑散としていた。
しかし、フロア内には若干の冒険者達が居る。
肘掛け付き長椅子に座って何やら話して込んでいた冒険者クランもダンと顔見知りらしい。
「おっ」という表情でダンを見た。
だがダンは特に気にせず、エリンを連れてどんどん歩いて行く。
正面に、長大な木製のカウンターがある。
重厚で頑丈そうなカウンターだ。
カウンターにはたくさんの窓口が設置されており、ピーク時ではないせいか、殆どは閉鎖されていた。
だが、開いているいくつかの窓口では、数人の冒険者がギルドの職員と一対一でやりとりをしていた。
ダンが、カウンターを指さして言う。
「あのように、カウンターで依頼受付けと報告をする」
「依頼受付け? 報告?」
エリンは、全くわけが分からない。
ダンから説明は受けたが、まだ冒険者自体を良く理解していないのだ。
「依頼っていうのはな……うん! 見た方が早いな、あっちに行けば分かる」
「あっち?」
首を傾げるエリンを、ダンが連れて行ったのは、1階の一角である。
「ふえ~! 何これ?」
エリンが目の当たりにしたのは、壁面にびっしりと貼られた一杯の紙……
おびただしい依頼書であった。
良く見ると貼られた紙は色違いで、違う場所に貼り分けてあるのはランク別という事のようだ。
書かれている内容をエリンは理解出来るのか?
いや、それ以前に……
ダンは気になったので改めて問う。
「エリンは紙に書かれている、この文字が読めるか?」
「う~んと……何とか読める」
目を凝らしたエリンが、ゆっくりと頷いた。
ダンは「納得した」という感じでポンと手を叩く。
「そうか! やはりこの世界の文字の源流は古代アールヴ語なんだな。人間が使っている文字も元は同じということか」
「古代アールヴ語?」
「ああ、エリン達デック、そしてヴィリヤ達リョースの両アールヴ、つまりふたつのエルフ族は元々同じ種族で、同じ文字と言葉を使っていたという事だろう」
「そう……なんだ」
元気なく口籠るエリンを見て、ダンは「しまった」という表情をした。
片や創世神に祝福されて地上で栄えるエルフに比べて、エリン達ダークエルフは地下へ追いやられた上にほぼ滅んだ。
生き残りは、エリンたったひとりだけなのだから。
ダンは、自分の迂闊さを反省した。
ここは謝った方が良いだろう。
「御免……エリン」
ダンが謝るのを、エリンは弱々しく微笑んで受け止める。
辛い事を思い出してしまったが、やはりダンは優しい。
それが嬉しい。
「ううん……いいの……エリン、読めるよ、この文字」
「そうか……じゃあこの白い紙から読んでご覧」
ダンが指さした紙に書かれた内容を、エリンがゆっくりと読み上げて行く。
「えっと……あ、愛犬の散歩担当を募集? 朝晩いずれか? な、何これ!?」
ギルドの依頼書に書かれていた仕事の内容を見て、エリンはまたも吃驚してしまったのであった。
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