第34話「仲直り④」
「う、美味い!」
「本当! 凄い!」
エリンが、パンに感動してから1時間後……
様々な料理が運ばれ、朝食が始まった。
今朝も、鱒の料理がメインである。
鱒のバターソテー、鱒と野菜を煮込んだスープ。
そして、スクランブルエッグ。
「えへへ! エリンの料理、褒められちゃった」
「おお、エリン。俺だけじゃなくてふたりからも褒められて良かったな」
ダンの言葉を聞いたアルバートとフィービーは、意外そうな表情になる。
「え? これってダンじゃなくて、エリンちゃんが作ったのか?」
アルバートに聞かれたダンが答える前に、エリンが拳を突き上げる。
「うん! そうだよ、エリンが作った! 昨夜ダンが作るのを見て覚えたの」
エリンの言葉を、ダンが補足説明してやる。
「そうなんだ。昨夜初めて俺が作るのを見て、すぐに出来るようになった」
「え? たった一回見ただけで……この料理を? す、凄いな」
アルバートが驚くのも、無理はなかった。
昔フィービーと一緒に、王宮でご相伴にあずかった、王宮料理人の料理にも引けを取らないのだ。
フィービーも追随して頷く。
「本当よ! 凄い!」
「さあ! 愚図愚図していると、冷めて美味しくなくなるから、食べて、食べてぇ」
エリンの声に促されるかのように、全員が料理をぱくつく。
少し温めたパンも、料理に良く合った。
エリンはというと、生まれて初めて食べるパンの食感と味に感激して、目を白黒させていた。
「いや~! 王都の料理人にも負けないよ、エリンちゃんの料理」
アルバートが感嘆の声をあげた時。
「やったぁ! アルバート兄ありがとう!」
「え? アルバート兄?」
一瞬、吃驚するアルバート。
『アルバート兄』
……それは、遠い昔に呼ばれた事がある……甘く切ない記憶。
驚くアルバートを、エリンが満面の笑みを浮かべて見つめていた。
エリンの表情が、昔の記憶とだぶって来る
「うん! だってアルバート兄はフィービー姉の旦那様でしょう? だったらエリンのお兄さんだよねっ」
「…………」
黙り込んでしまったアルバート。
これは、先程のフィービーの反応と一緒だ。
エリンの表情に、不安の陰が差す。
「嫌……なの?」
「ち、違う! 逆! 逆だよっ! どんどん呼んでくれ」
「じゃあっ! アルバート兄」
「あおうっ!」
エリンが呼ぶ声を聞いたアルバートが、心臓を矢に射抜かれたようなポーズで、大きくのけぞった。
でも、顔には満面の笑みを浮かべながら。
「もう! アルバート兄ったら大袈裟だよぉ」
「うん、うん! そうだな! 俺って大袈裟だよな」
答えるアルバートの目が、何故か遠くなっている。
その理由を幼馴染であり、妻でもあるフィービーは良く知っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝食が終わってからも、エリンにとっては楽しい事が一杯である。
ハーブティを飲みながら会話が弾む。
その大きな原因は、アルバート達が持って来た荷物の中身。
ダン達への『差し入れ』であった。
中には、女物の服が結構ある。
勿論、エリン用だ。
エリンは目を輝かせて、服を触っている。
「凄い! 凄いよぉ! いろんな服がい~っぱい!」
王都市民が着る一般的なブリオーがいくつかある。
そうかと思えば、農民男性が作業をする際に着用する、ジャーキンという上着にホーズというズボンの上下。
同じく、農民女性が着る可愛らしいカートルに、エプロンのセット。
これには、カーチフという被り物とパンプスまでついている。
また、旅行者が良く着るダルマティカという服とドミノというフードのセットに、渋いストローハットまであった。
ひと通り見たダンが、深く深く頭を下げる。
「悪いな、フィービー。俺同様、エリンの服まで一杯貰っちゃって! 本当に助かったよ、ありがとう!」
「良いのよ! 全部着なくなった私のお古だから」
「フィービー姉ありがとう! エリン、すっごく嬉しいよ」
「うふふ、こんな山の中でも、少しはお洒落出来るね」
「うん! エリン、色々着てみるよっ」
「ははは、エリンちゃん。今度俺にも着て見せてくれよ」
「うん! エリン、アルバート兄に見せるよっ。似合うと良いなぁ」
「ああ、カートルにエプロンなんて、可愛い村娘って感じで最高だ」
またもや、アルバートの目が遠くなっていた。
エリンを、誰かにだぶらせている事は間違いなかった。
夫の様子を見ていたフィービーが、「そっ」と囁く。
「あなた……よかったわね」
「う、うん……俺、久々に思い出したよ……ジュディの事をさ」
アルバートには、今は亡きジュディという妹が居た。
年が10才以上も離れた、兄に良く懐いた可愛い妹。
アルバートも、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。
アルバート兄!
アルバート兄!
どこへ行くのにも、ちょこちょこと、この幼い妹は付いて来た。
しかし!
別れは、唐突にやって来た……
流行り病にかかったジュディは、呆気なくこの世を去ったのだ。
葬式が行われ、ジュディの小さな亡骸が墓地へ埋められるのを見て、アルバートは呆然としていた。
愛する者が、この世に居ない……
もう、二度と会えないのだという悲しみを、当時少年のアルバートは嫌というほど味わったのだ。
この子は、もしかしたら……
神様が、遣わしてくれたのかもしれない。
ジュディの生まれ変わりとして……
だって!
心が、とっても温かくなっているのだから。
守るよ、ダン。
俺もフィービーもこの子を!
それに信じるよ!
呪われてなんているもんか!
俺達夫婦を、こんなに幸せな気持ちにしてくれるこの子が!
アルバートは、花が咲くように笑うエリンを見て、強く強く決意していたのだった。
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