第22話「眩い大地②」
ダンとエリンが草原を歩いて行くと、小さな川が見えて来た。
川幅は2mほどで、ゆっくりと静かに流れている。
「ダン、あれが川? 地上を流れる川なんだね」
エリンの言う通り、彼女が生まれて初めて見る地上の川だ。
「ああ、そうだよ」
ダンが頷くと、エリンは川とはどんなものかと見たがった。
「エリンは古文書で読んだわ。ね、ねぇ、近づいても大丈夫?」
「うん、あの川なら危険はない、大丈夫だ」
エリンが聞くと、ダンはこの辺りは良く歩くという。
「素敵!」
エリンは小さく叫び、川に近づくと川面を覗き込んだ。
「ああ、綺麗な水! 底まで見えるわ! ダン、見て見て」
エリンに呼ばれたダンも、一緒に川を見た。
目を凝らしたエリンの瞳に、小さな影がいくつも映る。
「あれ? ダン、あれ、何? 何か泳いでいるよ」
「あれは魚だな」
「魚? 地上の魚って何か小さくて可愛いな」
エリンの言葉は、今迄見た事がある『魚』と比較しているようだ。
ダンは、何の気なしに聞いてみる。
「地下世界にも魚って居たのか?」
「ええ、もっと怖い顔をしていて大きいの」
「ははは、想像がつかないな……食べたのか?」
「食べる? ダークエルフは魚なんて食べないよ。だって気味悪いもの」
どうやら地下の世界の魚は、食用に向かなかったらしい。
もしくは、ダークエルフ達に魚を食べる習慣がなかったのか。
「そうか……じゃあエリンは焼き魚や魚のスープは厳しいかな。美味しいけどな」
「ええっ? 美味しいの? 魚が?」
魚が美味しい?
常識が覆される言葉を聞いた、エリンが目を丸くした。
驚くエリンに、ダンが説明する。
「ああ、目の前の魚は小さすぎて食べられないが、この川の少し先に湖がある。そこには大きな鱒が居る」
「鱒? 鱒って魚?」
「ああ、食用になる、結構美味い。トムなんか、魚が大好物だ」
「え、あの妖精猫ちゃんが?」
エリンは、黒猫が喜んで魚を食べるシーンを想像してみた。
まるで、イメージが浮かんで来ない。
「おう、はぁはぁ言って暴れるくらいだ。早く食わせろって」
「うふふ、暴れるの? それって面白い! だったらエリンも食べるの挑戦しようかなぁ」
「ぜひ挑戦してくれ。……じゃあエリン、川に入ってみようか?」
ダンのいきなりな提案に、エリンはまた吃驚する。
「え? 大丈夫?」
「ああ、ここは深さが膝くらいまでしかない。ちなみにエリンは泳げるのか?」
「泳ぐ? エリンは地下温泉で、少しくらいなら泳いだ事があるよ」
「ははは、まあ良いだろう。じゃあ俺が先に入るよ」
「あ、待って」
エリンがためらっていると、ダンは靴を脱いでさっさと川に入った。
「おお、さすがに冷たいな。でもこれくらいなら大丈夫そうだ、エリン、おいで」
「う、うん……」
ダンが手を伸ばしている。
少し躊躇した後にエリンは靴を脱ぎ、片足を水に恐る恐るつけた。
「つ、冷たい!」
「ほらっ」
ダンは、「ぐいっ」とエリンを引っ張った。
「ばちゃん」と音がして、気が付くとエリンは川の中で立っていた。
「うわぁ、つめた~いっ……でも」
エリンはそう言うと、ダンの顔を見つめる。
ダンは優しく微笑んで、エリンを見守っていた。
だからエリンは、安心して甘えたくなる
「ダン、見て! 水が流れる中にエリンが立っているよ。何か不思議、そしてとっても気持ち良いわ」
「良かったな、エリン」
「うふふ、ありがとう、ダン」
幸せそうに笑うエリンを、ダンは「きゅっ」と抱き締めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
川から出た、ダンとエリンは更に歩く。
草原はもう少しで終わろうとしていた。
その先には深い森が、もっと先には高い山々がそびえている。
果たしてダンは自分をどこへ連れて行くのか?
エリンは問う。
「ダン、どこまで行くの?」
「もう少し先に俺が気に入っている場所がある。見せたいものってそこから見る景色なんだ。そこへエリンを連れて行きたい」
「そうか! そうだよね、ダン、エリンと約束していたものね」
ダンがお気に入りの場所に連れて行ってくれ、特別なものを見せてくれる……
特別なもの、ダンがエリンへ見せたいもの……
ダンは約束を忘れてなどいなかったのだ。
エリンには、それがとても嬉しかった。
「さあ、俺の手をしっかり握れ」
「はいっ!」
「飛翔魔法を使えば、その場所まではすぐに行けるけど、エリンにはいろいろ教えたいからな」
「うん、教えて、教えてっ」
エリンに教える。
ダンはエリンに対し、今迄も素晴らしい事を教えてくれた。
これからも聞きたい。
教えて欲しい。
好奇心旺盛なエリンは、とてもわくわくしていた。
「じゃあ、早速……これから森の中に入るが……森の中って方向感覚が狂いやすいんだ」
「方向感覚?」
「自分が今どこに居るか、どちらへ向かっているかをしっかり把握する事が大事なんだ。俺達は家からここまで来た。帰る時にどちらへ歩けば良いか、ちゃんと分かっておくことだ」
「うん! エリン、分かるよ。迷子にならないようにって事だよね」
「おお、偉いぞ、エリン。たとえば今日みたいに晴れた日なら太陽が目印になる。太陽は東から昇って南を回り、西に沈む。これを覚えているだけでも大きいぞ」
「うん! 分かった、エリンは理解したよ……じゃあダン、太陽がない日は?」
「そうだな、エリン。曇りや雨の日、そして夜は太陽が出ない、そんな時の為に俺は手を打ってある」
ダンは、指を差した。
エリンが見ると、見上げるような大きな木のてっぺんに、赤い旗が揺れている。
どうやら……ダンが取り付けたものらしい。
「俺達は、まっすぐ北へ向かって歩いて来たから、この赤い旗は目印になる。旗はいくつかつけてあるぞ。そしてあれもそうだ」
ダンが今度は、森の中を指差した。
一本の木の幹に、大きな板が打ちつけてあり、白い矢印が描かれていた。
「矢印の方向は俺達の家だ。迷ったら矢印の方向を目標に歩く。この板もあちこちにつけたんだ。俺達は夜目が利くから昼は勿論、真夜中でも見える筈さ」
「おお、ダンは偉い!」
「ははは、エリンに褒められて嬉しいぞ」
「うん、さすがエリンの夫だ」
「ははは、どんどん褒めてくれと言いたいが、ちょっと避難しよう」
ダンが急に避難しようと言い出したので、エリンは眉を顰める。
何か危険が迫っているのだろうか?
「避難?」
「エリンは気配を感じないか? 俺は索敵の魔法を使えるけど」
ダンの問いにエリンは首を横に振る。
「ううん、エリンは索敵が出来ない」
「そうか……」
エリンが索敵の魔法を行使出来ないと聞いて、ダンは残念そうだ。
敵の来襲を予測出来れば、こちらから先手を打てる。
これがあるとなしでは、差がとても大きいのだ。
しかし、エリンの尖った耳がぴくりと動く。
「……でも……ああ、でもエリン感じるよ。誰かが追われてる。そしてたくさんの気配が追って来ている」
「そうだ、エリン。その感覚は大事にするんだ、敵が来たらすぐに分かるからな」
ダンはそう言うと、いきなりエリンを横抱きにする。
「え? これって」
「うん! エリンの思った通りさ、飛翔!」
ダンの放った言霊により、ふたりの身体が浮き、凄まじい速度で上昇する。
気まぐれな風の精霊は、あっという間にダンとエリンを大空へ放り投げたのであった。
いつもご愛読頂きありがとうございます。
※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。
宜しければ、下方にあるブックマーク及び、
☆☆☆☆☆による応援をお願い致します。




