第21話「眩い大地①」
翌朝……まだ夜明け前で辺りは真っ暗だ。
コケコッコー、コケコッコー!
ニワトリの声に促され、エリンは気持ちよく起きる。
昨夜は……
ぐっすり眠る事が出来た。
ダンには絶対言えないが、家の中にトイレが完備されたのも大きい。
傍らのダンも目を覚まして微笑んでいた。
「おはよう、エリン」
「おはよう、ダン」
今迄とは違う……
そんな気持ちがする。
何故ならば、ふたりは昨夜……結ばれた。
男と女の関係になった。
肉体的に結ばれてふたりは思う。
相手の隅々まで見て、触って感じて……
全てが分かったような気がして、心の結びつきまでが強くなったと。
ダンが慈愛を込めてエリンを見ると、彼女は俯いて人差し指と人差し指をつつき合っていた。
「……上手く愛せたかな? ダン……気持ち良かったかな? エリン、一生懸命頑張ったけど……」
エリンの呟きを聞いたダンは、とても愛おしさを感じる。
「俺もだ……エリンに満足して貰えたか……心配だよ」
昨夜の行為は、お互いに生まれて初めての経験だった。
声といい、仕草といい、普段の自分でない自分を見せたような気がして、少し恥ずかしい。
「エリンはね、気持ち良かったよ、ダンに抱かれて凄く安心したよ」
「ああ、俺もそうさ」
見つめ合うふたり。
全てを許し合った、愛する人が居る。
もうこの世界に、ひとりきりじゃない。
今迄にない充足感が、ダンとエリンを満たしていた。
ダンは、窓を見た。
ガラス越しに見える外は暗いが、そろそろ起きて支度をする。
今日は、出掛けなくてはならないのだ。
「さあ、起きようか。今日はエリンに見せたい、とっておきのものがあるんだ」
「エリンに見せたいもの? わあ、楽しみだぁ! さあ頑張って仕事しよ!」
「ああ、頑張ろう」
ふたりは、手早く着替えて庭へ出た。
今朝も犬と猫、そしてニワトリは元気に迎えてくれた。
しかしエリンは少し違和感を覚えた。
何かが……違う。
「あれ?」
「どうした?」
「犬って……一匹じゃなかったっけ?」
エリンが指摘してもダンは驚かず屈託なく笑っている。
「ははは、今頃気付いたか」
「???」
不思議そうに首を傾げるエリン。
ダンは、笑顔のまま片手で拝むようなポーズをする。
「エリン、黙っていて悪かったな。先に謝っておくぞ」
「え? 何?」
「この犬達は、両方とも俺の従士だ」
「犬が……従士……え、まさか!?」
従士と言われ、エリンの記憶が甦る。
あの恐ろしい怪物ケルベロスの姿が……
「そう、お前も既に会ったケルベロスに、もう一匹はケルベロスの弟でオルトロスだ……今は普通の犬に擬態している」
「えええっ!?」
エリンの目の前に居る犬達は、魔族が擬態した姿だったのだ。
しかし敢えて言わなければ、誰にも分からない容姿である。
二匹とも狼のような野性的な風貌だが、一見して普通の犬だから。
ちなみにケルベロスが白毛、オルトロスが茶毛である。
「この姿ならもう怖くないだろう?」
「うんっ!」
「ちなみにケルベロスからは既に報告を受けている、スケベ魔王の手下どもの死骸は綺麗に片づけたってさ」
「スケベ魔王?」
エリンにはピンと来た。
スケベ魔王とは……
エリンを『てごめ』にしようとした悪魔アスモデウスであると。
「ああ、奴から助ける事が出来て良かったよ。エリンは『俺のモノ』になってくれたしさ」
ダンにそう言われて、エリンも実感が湧いて来る。
怖ろしい悪魔に、身も心も穢される寸前で救われた。
助けてくれた、ダンの優しさに触れて大好きになった。
そして、気持ちだけでなく、身体もダンの妻になったのだと。
「うん! うん! エリンもだよ、ダンの『お嫁さん』になれて本当によかった!」
「はははは」
「あははは」
ふたりが笑い合った、その時である。
「にゃあご、にゃあご」
傍らで「話を聞いているぜ」と言うかのように猫が鳴く。
犬が白、茶と来てこちらは真っ黒な猫である。
「あら?」
「俺を忘れるな! と言っている」
猫の鳴き声を訳すように、ダンが言い苦笑した。
エリンが、目を丸くする。
「へぇ、ダンは猫の言葉も分かるの?」
しかし!
何と言う事か、いきなり黒猫が喋ったのである。
「こら、ダークエルフ! おいらはただの猫じゃねぇ、妖精猫だ」
「あああ、ね、ね、猫が? 喋った?」
「おい、ダークエルフ。ちゃんと認識しろって言ってるだろう! おいらは猫じゃねぇ、妖精猫のトムだって」
妖精猫とは一見猫の風貌をしているが、人語を操り二本足で直立して歩く妖精族だ。
ダンはケルベロス達のみならず妖精猫までも抱えていたのである。
笑顔のダンが、エリンを改めて紹介する。
「ははは、トム。彼女はエリン、顔は知っているだろう? 今度俺の嫁になった」
「ちっ、知ってるよ。ったく、昨夜あんなに大きな声でエッチしやがって眠れやしねぇ」
何と!
昨夜の行為が筒抜けだった?
エリンは驚き、顔が真っ赤になる。
「えええっ!?」
「こら、トム」
ダンが叱ると、トムは舌をちろっと出す。
「えへへへへ、寂しいエルフのエリンちゃんよぉ、せいぜいダンと幸せになりなぁ~」
トムはそう言い捨てると、身を翻し家の裏へ駆けて行った。
エリンは、苦笑する。
しかしトムの口調には、温かさと優しさが籠もっていたから、エリンの表情は明るかった。
そしてエリンが感じた事を、ダンも感じていたらしい。
「エリン、あいつったら本当は照れ臭いんだ。とても口が悪いけど……ケルベロス達同様、すっごく良い奴なんだよ」
「うん、分かる! エリンもそう思う」
「でも……」
「でも?」
「トム、あいつ……朝飯、要らないのかな?」
暫くすると……
いかにも恥ずかしそうな表情で、トムは「すごすご」と戻って来た。
そしてケルベロス達と、朝食を食べ始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンとエリンは朝食を摂った後、早速出掛けた。
ふたりとも革鎧を着込み、腰からショートソードを提げる。
誰も居ない家が一瞬気になったエリン。
しかし、留守番役はケルベロス達がしてくれると、ダンから聞いたので安心だ。
ダンの家の周囲は草原で、ところどころ雑木林が点在している。
朝日が漸く地平線に顔を出したくらいで、辺りはまだ薄暗い。
ふたりは、雑木林を避けて草原を歩く。
木々から小鳥のさえずる声がする。
草の間で、何か小動物が動いている。
茶色の体毛をした、エリンが見た事のない、耳の長い生き物であった。
「おお、ウサギが居るな」
「ええっ? あれがエリンが食べたウサギなんだ……美味しそう」
「可愛いじゃなくて、美味しそうなんて、エリンは肉食系女子だな」
「何、それ?」
エリンにとって、そこかしこが生まれて初めて見る景色である。
空から見るのとも、まるで違う。
深呼吸すると、相変わらず空気が美味しい。
上を見上げると、真っ青な空が大きく広がっており、どこまでも果てしがなかった。
今迄暮らして来た地下世界とは、全く雰囲気が違うのだ。
エリンは、目の前の木を指さした。
「ねぇ、ダン。庭にもあったけど……あちこちに生えているこれは? 緑色のひらひらが一杯付いているよ」
「木だ。ニンジンと種類は違うが同じ植物で、この木が一杯あると林、もっと多いと森になる。種類にもよるが切った木は色々と使えるんだ。昨日、トイレを造る時に使っただろう」
「ああ、あれかぁ……エリンにも見覚えがあるよ。そして木が一杯あって林、もっと多いと森……なんだ」
エリンは納得して頷いた。
ふと見ると、少し離れたくさむらから一羽のウサギがこちらを眺めている。
「あ、お肉ぅ!」
エリンはつい声をあげて捕まえようとした。
しかしウサギはあっという間に姿をくらましてしまった。
「あう~」
ウサギに逃げられて、悔しがるエリン。
思わずダンは、笑ってしまう。
「ははははは、ウサギは結構素早いぞ」
ダンに笑われたエリンは余計意地になったらしい。
「むむむ、こうなったらエリンの岩弾でやっつける……」
「わぁ、やめろ。それはやり過ぎ!」
魔族の群れをも粉砕した魔法を発動しようとしたエリンを、ダンは慌てて止めたのであった。
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