第177話「最後の神託①」
……ダンの話が終わった。
デックアールヴが一族の悲願ともいえる、地上への帰還を果たす為……
『全てを投げうつ』覚悟をした事一切を……告げたのである。
さすがに、フィリップとベアトリスは大きなショックを受けていた。
デックアールヴという種族が完全に消えてしまう……
単に血筋というだけではない。
アイデンティティを失うのが、どれだけ辛い事か、凄まじい事なのか……
容易に想像出来るからだ。
「まさに肉を切らせて骨を断つ方法……お気の毒に……リストマッティ様……そうお決めになるまでに、とてもお悩みになったでしょうね」
「ああ、私もそう思うぞ、ベアトリス」
「ですが……その方法なら、論より証拠……いずれ真実を明かした時、誰もがデックアールヴ達を受け入れてくれるでしょう」
ベアトリスの言う通りだ。
一緒に過ごしてみて、呪いなど、何も起こらない事が証明されれば……
つまらない迷信など、いずれ消滅する……
そして難儀する、世界中の人々を助ければ、真の信頼関係も築けるだろう。
ベアトリスの言葉に納得し、フィリップも大きく頷く。
「うむ! ベアトリス、私も全く同感さ」
「ではフィリップ様」
と、ダンが確かめるように尋ねると、フィリップは「にっこり」笑った。
誰が見ても分かる、協力OKの笑顔である。
偉大な開祖ゼブランさえも成し遂げられなかった、長年の望みを……
末裔たる自分が遂に叶える!
無上の喜びも、同時に現れていた。
「ああ、私もヴェルネリ殿同様、全面的に協力させて貰おう」
話は、無事まとまった。
ダンは、使者としての役目を見事にやり遂げたのだ。
後はもう少し事実を、ダン達が置かれている現状を、この兄妹へ伝えねばならない。
「じゃあ、もう少し俺達の報告を……」
と、ダンが言いかけた時。
ベアトリスから、ストップが掛かる。
「ちょっと待って下さい、ダン」
「おお、そうだ、神託があったな」
「はい!」
少し前からフィリップは感じている。
ダンとベアトリスの会話がとても近しいと……
良く言われる男と女の友情ではなく……
親友という表現も超えたような……
お互いを信頼し心を許し合った感がある。
妹ベアトリスは……
ダンに好意を持っている。
『隠れ勇者』の事を話す度、フィリップはそう思っていた。
しかし少女らしく、憧れに等しい『淡い初恋』だとも判断していた。
「ダン、私からお兄様へ告げましょう……この場にいらっしゃる他の方は、もうご存知のはずでしょうから」
「え? 私だけ知らないとは? 何の事だね、ベアトリス」
「はい! ダンは先日、高貴なる4界王のおひとり、水界王アリトン様から加護を受けました」
「な!? 高貴なる4界王! 水界王アリトン様だと?」
「はい! その結果、ダンは全属性魔法使用者となり、同時に偉大なる『救世の勇者』にもなりました。これはアリトン様の加護を受けたヴィリヤが、ダンと結ばれたのがきっかけです」
「ええええっ!?」
ダンが単なる勇者ではない?
救世の勇者!?
驚愕するフィリップを尻目に、ベアトリスは淡々と告げる。
「そしてエリンさん、貴女、実はデックアールヴですよね?」
「ええええ~っ!!!」
「何も知らなかった」のは……やはりフィリップだけであった。
『創世神の巫女ベアトリス』は、下された『神託』により、全ての事情を既に承知していたのだ。
果断なく襲う『サプライズ』に、フィリップは混乱した気持ちを抑えきれない。
「ベアトリス! ダンが『救世の勇者』って!? ほ、本当か? それにこのエリンさんがデックアールヴとは!」
フィリップは拳を握りしめ、噛みながら尋ねる。
視力を失ったベアトリスだが、子供の頃一緒に遊んだ記憶から、幼い兄の姿が浮かんで来る……
今や成長し、立派な大人の筈なのに……
つい「可愛い」と思ってしまう。
厳しい表情で政務に没頭する、日頃の兄とはまるで違うだろうから。
まるで子供が、誕生日プレゼントのサプライズにびっくりするような仕草なのだろうと。
「もう、お兄様ったら! 宰相たる者、もう少し落ち着いてくださいませ」
「ベアトリス! そ、そんな事を言ったって!」
目を丸くする兄へ、ベアトリスは優しく微笑んだ。
「うふふ、お兄様、何をそう慌てていらっしゃるのですか?」
「むむむ……」
「怪しい占い師のお告げではないのです。創世神様のれっきとしたご神託なのですから」
「…………」
「それに、アリトン様が降臨された時、この場の皆さんは立ち会っておられたのでしょう?」
ベアトリスが問いかけると。
エリン、ヴィリヤ、ゲルダも間を置かずに返して来る。
「うん、エリンは、はっきり見た」
「私も! 直接アリトン様と、お話しましたから」
「わ、私も! し、しっかりと見ました!」
「…………」
唯一、リアーヌだけは話を聞いたのみなので、黙って微笑んでいた。
否定しない4人の答えを聞き、満足そうに頷いたベアトリスは、更に言う。
「加えて……この場にはいらっしゃいませんが、ヴェルネリ様もアリトン様をご覧になっています。ねえ、ヴィリヤ、そうでしょう?」
再び、ベアトリスから問われたヴィリヤは、力強く言い放つ。
「はい! ベアトリス様。お祖父様、いえ、我がソウェルはアリトン様をはっきりとご拝顔し、ありがたいお言葉を頂きました。アリトン様はダンの事を救世の勇者、そして神の代理人だと仰せになりました」
「ですって、お兄様、いかが?」
澄ました顔で聞くベアトリスを見て、フィリップは瞬時に判断した。
証人が目の前にこれだけ居る。
リョースアールヴの長までが証人なのだと。
こうなれば、今迄のダンへの『扱い』を、まるっきり変えないといけない。
このアイディール王国でもアールヴ達同様、伝説とされた『救世の勇者』は、『神に極めて近い存在』だと信じられていたのだ。
「ダ、ダン様、これまでの無礼をどうかお許し下さいませっ!」
フィリップは叫ぶように謝罪すると、ダンへ向かい、深々と頭を下げたのであった。
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