第１７６話「妹からの叱咤激励②」
可憐な妹から、敬愛する兄への激しく厳しい叱咤激励……
臆さぬ堂々とした物言い……
目を瞠り、息を呑むフィリップ。
しかしベアトリスは、真剣な表情から一転して微笑むと、申しわけなさそうに深く頭を下げた。
「お兄様……ごめんなさい。私の申し上げ方が、だいぶきつくなってしまいました」
ベアトリスの謝罪を聞き、フィリップは手を勢い良く左右に打ち振った。
そして、切ない眼差しを最愛の妹へ向ける。
「い、いや！ 厳しい物言いも、私の事を案じて言ってくれていると理解出来る。ベアトリス、お前の気持ちはとても良く分かっている……私達は、ずっと一緒に育った兄妹なのだから」
労わるフィリップの言葉を聞き、ベアトリスは安堵したらしく軽く息を吐いた。
しかし彼女の話はまだまだ残っていた。
「ではお兄様、未熟で若輩者の私がこのように申し上げるのは……いかがなものかとは思いますが……もう少しお話しさせて下さいませ」
「わ、分かった！ ベアトリスよ、存分に話してくれ…………」
ベアトリスは、一体何を告げるのだろう……
フィリップだけではなく、この場の誰もが彼女に視線を注いでいた。
誰もが無言とがなった、部屋は静まり返り……
静寂の中で、ベアトリスはゆっくりと、言葉を噛み締めるように話し始める。
「人は……各自が置かれた状況下で、可能な範囲内において、ベストを尽くせば良い、私はそう信じております」
「ベアトリス……」
思わず、フィリップは愛する妹の名を呼んだ。
思い描いた己の信念が貫けずに……不実行となってしまっている。
何も出来ずに無為に時間だけが過ぎている……
あの幼き日々のように……
自らは動けない無力な人形のような、虚しい心情を……
愛する妹が告げてくれたと思ったのだ。
そんな兄の気持ちを、しっかり受け止めるかのように、ベアトリスの話は続く。
「もしも苦しければ……思うようにいかなければ……心と身体を休めても構わない。否！ 現実から逃げても構わないのです。後々巻き返す為の、一時的な勇気ある撤退だとお考えになればよろしいのです」
「後々巻き返す為の……一時的な……勇気ある撤退……か」
「はい！ 何故ならば……人とは常に強くはあれません。却って弱き者……うつろい、流されやすい者なのですから……」
「…………」
「しかし！ 人にとって一番大切なのは、何があっても、けして諦めない事、つまり向上心を捨てぬ事だと私は信じております」
「…………」
黙り込んだフィリップに対し、ベアトリスはにっこり笑う。
「大丈夫！ 自信をお持ちになって！ お兄様は、やるべき事に対し、ベストを尽くしていらっしゃいます。いえ、絶対に退かず妥協せず、やり過ぎるくらいです。素晴らしい向上心もお持ちだし、臆せず堂々と胸を張ってよろしいのだと思います」
「あ、ありがとう！ ベアトリス！」
己の行いを見ていてくれる者が居る。
挫けそうな弱気を支え、励ましてくれる者が居る。
それが最愛の妹だと思うと……
フィリップは、たまらなく嬉しいのだろう。
感極まって礼を言うフィリップに対し、ベアトリスは何故か含み笑いをする。
自虐的ともいえる、複雑な笑いを……
「うふふ、お兄様。繰り返しになりますけど……人とは、何という弱い生き物なのでしょうね……私は日々、実感しております」
「…………」
「先ほどお兄様は、私をとても褒めて下さいました」
「そうだ！ ベアトリス、お前は私の誇らしく美しい妹だ！」
兄の賛辞を聞きつつも、ベアトリスは寂しそうに笑った。
「お兄様、正直に告白致します。日々、神託を待ち、伝えるだけの私が……この世に存在する価値などあるのかと、常に深く思い悩んでおります」
自分の存在価値に、ベアトリスが思い悩んでいた？
世界を救う巫女としての自信に溢れる、聡明な妹が！？
フィリップは思わず絶句した。
「な！ ベアトリス……」
「ただ、流されるだけの……自分の人生に……絶望しかけた事もありました」
「おお、ベアトリス！」
「だけど……こんな私でも、アイディール王家の一員として、お兄様を支えられる。そしてこれからも支える事が出来る。そう考えれば、とても前向きになれます」
「ああ……」
ベアトリスは、ここまで深く思い悩んでいた。
創世神の巫女として、崇高な使命を受け、前向きに生きていると思っていたのに。
勝手な、勘違いだった。
全くの錯覚だった。
ベアトリスの辛い心情を、全く見抜けなかった自分の愚かさ……
だが、自分の日々の行いが、この薄幸な妹を支えていたと知り……
フィリップは安堵したのだ。
更にベアトリスは、自身の未来への思いを語る。
表情も徐々に変わって来る。
希望に満ちた、晴れやかな表情へ。
「恐る恐るでも……とてもゆっくりでも、いっぱい休みながらでも……けして諦めず……向上心を持ち、ベストを尽くせば、何らかの道は開けるのです。以前、ダンの話を聞き、私はその思いを更に強くしました」
「…………」
フィリップも、ベアトリスと同じ思いだ。
自分の生き方が肯定され、心と身体に力が漲って来る。
兄へ、伝えるべき言葉を告げ終えたベアトリスは、
次に……ダンへ、物見えぬ美しい瞳を向けた。
ベアトリスは、ダンへも優しく微笑みかける。
「ダン、貴方の今の話には……まだ続きがあるはずです。お兄様と私に対し、『新たな道』を示す話が、運命の扉を開ける話が」
「新たな道か、おお、あるさ！」
先ほどから無言で、ずっとベアトリスの話を聞いていたダンであったが……
質問には、即座に肯定で答えた。
万が一の場合は諦めるしかない。
だが……
新たな国を築く為、アイディール王国の協力は必要不可欠である。
それが開祖バートクリード、弟ローレンスの遺志を受け継ぐ事にもなるからだ。
「その話を！ ぜひして下さい！ その後に……私は神託を告げましょう」
ダンの話の後に、創世神の神託が告げられる……
いよいよ話は『大詰め』に向かうと、この場の誰もが実感していたのである。
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