第175話「妹からの叱咤激励①」
応接のテーブルへ一緒に並べられた銀の指輪と一枚の古ぼけた紙片。
複雑な表情で凝視するフィリップ。
ダンは言う。
「これらは秘めたる宝です。全部で3セットあります。存在は限られた一部の人しか知らないのです」
「…………」
「しかし、代々大切に受け継がれて来ました」
「…………」
「フィリップ様、この指輪と誓約書に見覚えはありますか? それとも、全くご存知ではなかったのか……」
「…………」
ダンの問いかけに対して、フィリップは答えない。
黙ったまま、目の前の『宝』を凝視するだけだ。
「俺が持参した指輪は銀製。同じデザインのプラチナ製のものが、イエーラにあります。同じ内容の誓約書と一緒にね」
「…………」
「お察しだとは思いますが……俺達はヴェルネリ様から指輪と誓約書を見せて頂いた。そしてお互いの気持ちをひとつにし、協力の約束をして頂いたのです」
「…………」
「この宝の謂れを……俺が聞いた話を、フィリップ様へお伝えしたいのですが……宜しいでしょうか?」
「あ、ああ……ぜひとも頼む」
フィリップの意向を受け、ダンは話し始めた。
失われた民デックアールヴのリストマッティから聞いた、彼等の悲惨な歴史を……
そして地下へ追われたデックアールヴ達と、この国の開祖ゼブラン・アイ ディール、そして弟ローレンスの運命的な出会いを。
更にリョースアールヴ4代目の長テオドルを加え、3者の間に築かれた新たな友情を……
フィリップは目を閉じ、黙って聞いていた。
傍らのベアトリスも、同様である。
やがてダンの話が終わると……
フィリップはゆっくりと目を開けた。
大きなため息をつく。
「ある程度は認識している思っていた。だが……私の知らぬ事実が数多あった」
「知らぬ事実が数多? そうなのですか?」
「うむ、ダン。君の話を聞く事が出来て、我が遠き先祖の事を改めて知った。それも深くはっきり知る事が出来た。誠に嬉しい限りだ」
「それは本当に良かったです」
「そして認めよう……確かに、我がアイディールにも全く同じ秘宝がある。指輪の材質も、ダンの言う通り金製なのだ」
「ならば、今度は逆にフィリップ様から、いろいろとお聞きかせ願いたい。お話し頂けますか?」
「ああ、ぜひ話をさせてくれ」
フィリップはそう言うと、少し遠い目をして話し始める。
「幼き子供の頃……ある晩、私は夢を見た。王宮の宝物庫奥深くに、見た事もない宝が眠っている夢だった」
「…………」
「とはいえ、小さな子供がひとり、勝手に宝物庫へ入るなど不可能だ……好奇心に満ち溢れた幼い私は悶々《もんもん》として無為に時間を過ごした」
「…………」
「夢を見てから3年後……遂に願いは叶った。私は適当な口実を作って、ひとりだけでこっそり宝物庫へ入った」
「…………」
「果たして……やはり宝はあった! 何の変哲もない平凡な箱に、それらは収められていたのだ」
「…………」
「手に取って、記された誓約書の内容を読んだ瞬間、私の心は遥か古の時代へと飛ばされていた。心の底から湧き上がる感動で身体がぶるぶる打ち震えてしまったのを今でもはっきりと覚えている……」
「…………」
「この指輪と誓約書は、開祖ゼブラン様の末裔たる私にとって、最も大切な宝だ。周囲にあったどんなに高価できらびやかな宝よりも、断然輝いていた」
「…………」
「宝物と巡り会って数か月後……誓約書に書かれていた古代アールヴ語も、独学で覚え、何とか読む事が出来た。更に膨大な数の古文書も読み、私は一体何があったのか、ゼブラン様の真のご遺志が何であったのか……推測する事が出来た」
「…………」
「しかし……まだ幼い少年の私には何の権限もなく、どうする事も出来なかった……」
「…………」
「物心ついた頃から、ダークエルフ……つまりデックアールヴ族は忌避すべき存在だと教えられていたし、彼等が今どこで何をしているのか、探し確認する手立てもなかった。現在の状況が全く不明であり、有効な方策も思い付けなかった」
「…………」
「多分、アイディール歴代の王も同じ思いだったに違いない」
「フィリップ様、イエーラのヴェルネリ様も同じ事を考えたと、仰っていましたよ」
「ああ、そうだろうな……良く分かるよ……彼等は私とは全く違う立場だから、悩みは相当深いだろう」
フィリップはそう言うと、ヴィリヤとゲルダを見た。
しかし、ふたりは胸を張り、優しく微笑んでいる。
前向きな気持ちに満ち溢れていた。
釣られて微笑んだフィリップは、軽く息を吐く。
「話を続けよう……やり場のない無力感に満たされながらも、幼い私は考えた。己の行うべき事を絶対に貫こうと、全うしようとね」
「素晴らしいお考えだと思います」
ダンはフィリップを称えると、いくつかの事象を思い浮かべた。
幼少の頃から……
日々、兄の国王リュシアンを助けて政務に奔走する日々。
斬新ともいえる様々な革新的改革も行った。
フィリップもまた、リョースアールヴの長ヴェルネリと同じく身を粉にして働いて来たのだ。
ダンはギルドマスターのベルナール・アスランから聞いていた。
冒険者ギルドの大改革を、しっかり後押ししてくれたのもこのフィリップなのである。
ダンに信念を認めて貰い、フィリップは嬉しそうである。
「ありがとう! そして……妹が……ベアトリスが大いなる啓示を受け、創世神様の巫女となった時、私はその思いを新たにした」
「…………」
「巫女の力と引き換えに、不自由な身体となった妹を労わり守りつつ、自分に課せられた使命を絶対に果たそうとね」
フィリップはそう言うと、傍らのベアトリスを見た。
慈愛の籠った優しい眼差しである。
「我が妹ながらこの子は素晴らしい! 己の身体を張って、世界を災厄から救ってくれている。私はベアトリスの、命を削るような頑張りに支えられているのだ」
「お兄様……」
「片や、私自身はどうだろうか? ……いろいろとやったが、所詮はゼブラン様のご遺志を継げなかった。単なる現実逃避でしかないと感じていた」
「違うわ!」
フィリップの言葉をさえぎるように、ベアトリスが否定の言葉を叫んだ。
「フィリップ兄様がどんなに素晴らしい方なのか、私は存じ上げております! リュシアン兄様を陰日向に助け、日々どれだけ粉骨砕身されているのか、……幼い頃から夜もろくに寝ず、休みも全く取らず、今迄ずっと政務をされていらっしゃるのですよ!」
「ベアトリス!」
「お兄様! ご自分をそのように卑下されてはいけません!」
ベアトリスは大好きな兄を、強く激しく、叱咤激励したのであった。
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