第173話「ダンの遺言、ヴェルネリの決意」
ダンとヴェルネリが……
遂に打ち解けた。……
場の空気は、完全に和やかとなった。
こうなれば、『今後の事』をどんどん具体的に詰める事が出来る。
ダンとヴェルネリ、そしてエリン、ヴィリヤ、ゲルダは、全員で様々な事を話し合った。
数多の意見が出され、吟味と検討の上、取捨選択された。
更に精査され絞られ、最後にはまとめられた。
特に、イエーラを率いる長ヴェルネリのアドバイスと判断は貴重なものが多かった。
皆、これから創られる新たな国へ思いを馳せ、大きな夢と明るい希望をこめ、話し合ったのだ。
これからアイディール王国へ行き、宰相フィリップと会い、協力を要請する。
とダンが告げたら……
ヴェルネリは、更に新たなアドバイスをし、その上ダン達を励ましてくれた。
そして事が事だけに……
万が一他者の手に渡っても支障がないよう、表題無しという体裁で協力をする『誓約書』を書いてくれたのである。
この誓約書を見せれば、各所でいろいろな手助けになると。
ちなみに……
最初からヴェルネリが同行しないのは、下手に目立つ事を避ける為である。
またヴェルネリは、リョースアールヴ秘蔵の『お宝一式』もダン達へ見せてくれた。
……リストマッティの言った通りであった。
やはり同じものがイエーラにも存在したのだ。
ダン達が見やれば……
誓約書の内容は全く違わない。
指輪のデザインも一緒。
材質だけが異なり、プラチナ製なのである。
旧きふたつの指輪。
同じく、遥か遠き時代に記された深い想いのこもった2枚の誓約書。
古に交わされた誓いと約束が……
ここに来て、ようやく果たされる時が来た。
さすがに、ヴェルネリは感慨深いようだ。
5人は暫し、机上に並べられた指輪と紙片に見入っていた。
と、その時。
ダンがいきなり手を挙げた。
どうやら発言をするらしい。
デックアールヴ特有の、鋭い勘を持つエリンは……
何となく、悪い予感がした。
「改めて言いたい事がある。全員、心して聞いて欲しい」
「「「「…………」」」」
ヴェルネリも含め、他の3人も何かを感じたのだろう。
全員が黙って、ダンの話を聞く態勢に入った。
4人を見やったダンは頷き、話を続ける。
「俺の話を聞いても、けして後ろ向きにはならないで欲しい」
ダンの話を聞いて、後ろ向きに?
いちいちそんな事を断るなど、やはり『良い話』ではないようだ。
心配になったエリンは我慢出来なかった、
つい、ダンへ尋ねてしまう。
「旦那様、どういう事?」
切ない眼差しを向けるエリンへ、ダンは優しく微笑む。
「エリン、お前と出会った時、『寿命の話』をしたのを覚えているか?」
「うん、覚えてるよ」
エリンは記憶を手繰った。
彼女は思い出す……
人間の寿命はすぐ尽きると言われたのだ。
「ずっと、一緒に居られないぞ」と、何度も諭されたのに……
エリンは恋する気持ちが抑えきれなかった。
強引に無理やりダンの下へ『押しかけ』たのだから。
今となっては懐かしい想い出……
遠い目をするエリンへ、ダンは言うのだ。
「俺達は信じ合える家族になった。だが……永遠に一緒には居られない」
それは当たり前だ、とエリンは思う。
人間は勿論、妖精族の末裔たるアールヴとて不老不死ではない。
成人すれば老化は緩やかであり、見た目はあまり変わらない。
しかし与えられた数千年の寿命が尽きれば、死が人間と同じく平等に訪れる……
つらつら考えるエリンへ、他の者達へダンは話を続ける。
「人間とアールヴは種族としての寿命が全く違う。だから俺とお前達とは数十年後、確実に別れが来る」
しかし!
あの時とは全く状況が違う。
と、エリンは首を振った。
何故ならば……
偉大なる『救世の勇者』となったダンは……
もう『生と死』さえ自由になるのではと、エリンには思えるのだ。
だから事実確認を、否、願いを告げてしまう。
「で、でも! 旦那様ならば、魔法を使って何とかなるんじゃない?」
「いや! ここで、はっきりと言っておく。俺は人間として、自然に生き、自然に死ぬ。魔法で延命したりはしない」
思いがけないダンの衝撃発言が出た!
魔法を使わずに、人間として……自然に死ぬ……
つまり、これはダンの『遺言』なのである。
だが……
エリン、ヴィリヤ、ゲルダはダンの言葉が信じられない。
水界王アリトンから水の魔法の加護を受け、全属性魔法使用者として、ダンは覚醒した。
更に『救世の勇者』という、お墨付きも貰った。
その上、神に代わる者『代理人』とまで、呼ばれたのだ。
今後、常人を超える存在として、数千年共に歩んでくれると思ったから。
長き時を共に生きる頼もしい同志として。
「旦那様!」
「どうして!」
「ダン! 何故?」
「…………」
叫ぶ、疑問を投げかけるエリン達女子3人とは対照的に……
ヴェルネリだけが目を閉じ、黙ってダンの話を聞いていた。
更に……
ダンの『遺言』は続いて行く。
「俺はそう決めたが、他にいろいろな考え方があると思う」
「「「「…………」」」」
「新たな国において……救世の勇者たる俺の役割は確かに重い」
「「「「…………」」」」
「国の行く末を最後まで見届ける義務と責任があるだろう。その為にはどんな手を使っても生きのびるべきだ、そう言われるかもしれない」
「「「「…………」」」」
「だが、俺は人間として限られた生を全うしたい。……それが有限たる人間の証だと考えるからだ」
「「「「…………」」」」
「お前達アールヴより俺は先に逝く。リアーヌもそう、彼女の兄ルネもそう、チャーリー達もアルバンさんもそうだ」
「「「「…………」」」」
「仲間になる事をお願いしたベルナール様、イレーヌさん、これから、そうなってくれる事を期待するフィリップ様やベアトリスもそうだ」
「「「「…………」」」」
「だが俺達人間は与えられた短い時間を精一杯生きる。限られた命を完全に燃やし尽くす。新しい国の為、やれる事を、ベストを尽くす……それも人間たる証だ」
「「「「…………」」」」
「だから……アールヴのお前達に頼みたい」
「「「「…………」」」」
「人々の心は……うつろいやすいという。これから代を重ねれば、いろいろと心変わりする者も出て来る。事実を都合良く歪曲する、とんでもない考え方も出て来るに違いない」
「「「「…………」」」」
「幸い……アールヴ族は俺達人間の、数十倍の寿命がある。俺達が先に旅立った後は、遺志をしっかりと継いで欲しい」
「「「「…………」」」」
「俺達が居なくなっても、立派な国を造り上げてくれ。宜しく頼む」
「「「「…………」」」」
ダンが『遺言』を告げても、全員が黙っていた。
まだ、ダンの『決意』を受け入れる事が出来ない。
信じあえる仲間となった、人間達の死があっという間に訪れる厳しい現実を突きつけられたから……
ダンは僅かに微笑むと、ヴェルネリに呼び掛ける。
「爺ちゃん!」
「おお、なんだ?」
「貴方が中心となって皆を引っ張って欲しい! 俺が死んだら、ヴィリヤとエリン、そしてゲルダを助け、リストマッティ達と協力し、新たな国を良き方向へ導いて欲しいんだ」
ヴェルネリには、思うところがあったようだ。
目を大きく見開き、即座に返事を戻す。
「うむ! ……分かった! ダンの遺言、しかと受け取った!」
力強い『祖父』ヴェルネリの声を聞き、『孫』であるダンの顔がほころぶ。
「ありがたい!」
「みずくさい! 礼など言うな!」
「いや、親しき中にも礼儀ありって言うじゃないか」
軽口を叩くダンへ、ヴェルネリはきっぱりと言い放つ。
「お前の願いは当たり前の事だ。私より先に逝く、不肖の孫の遺言しかと聞いた。全て任せろ!」
厳しい現実を受け止め、別離の深い悲しみが生まれた為……
辛そうに顔を歪めるエリン達の傍らで……
ひとりヴェルネリは、しっかりとダンを見据えていたのである。
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